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「……は? 不正輸出疑惑、だと?」
レムリア王国のゲルマン外務大臣は、馬車の窓から私を見下ろし、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「無礼な! どこの馬の骨とも知れぬ小娘が、一国の大臣に向かって何を言うか! 名誉毀損で投獄されたいのか!」
広場の空気が凍りつく。
周囲の市民たちが怯えて遠巻きにする中、私は大根を持ったキースの手を離し、一歩前に進み出た。
「名誉毀損? 事実陳列罪の間違いではありませんか?」
私は懐から、一枚のメモを取り出した。
「読み上げますね。『レムリア暦〇年〇月、王立鉱山より魔石三百キロ横領』。『同年翌月、闇ルートを通じてグランディール領の反乱分子へ売却』。『その利益、金貨五万枚を大臣の個人口座へ送金』……」
「な、ななな……!?」
ゲルマンの目が飛び出さんばかりに見開かれた。
「嘘だ! なぜその情報を……それは極秘の裏帳簿にしか……!」
「ああ、やっぱり裏帳簿があるんですね。自白ありがとうございます」
私はニッコリと笑った。
「情報源は企業秘密です。ただ、私は『情報』という商品には金を惜しまない主義でして。……特に、我が領地の利益を損なう害虫に関しては、徹底的に調べ上げます」
そう。
私はこのデート(視察)に来る前、すでにエレオノーラ王女の周辺調査を済ませていた。
彼女は単なる「恋する暴走王女」だが、その背後にいるこの大臣は、キースの領地を脅かす「寄生虫」だという情報を掴んでいたのだ。
「き、貴様……! 生かしてはおけん!」
ゲルマンが顔色を変え、護衛の兵士たちに指示を飛ばした。
「やれ! その女を捕らえろ! 公爵も同罪だ、始末してしまえ!」
「はっ!」
武装した兵士たちが、剣を抜いて殺到してくる。
広場に悲鳴が上がる。
私は動かなかった。
逃げる必要がないからだ。
「……おい」
私の背後で、低い声が響いた。
「俺の許可なく、俺の『デート』を邪魔するな」
ドォォォォォォン!!
爆音と共に、地面から巨大な氷の槍が突き出した。
「うわぁぁっ!?」
兵士たちが吹き飛ばされ、宙を舞う。
キース公爵が、片手で大根を抱えたまま、もう片方の手で魔法を放ったのだ。
「……言ったはずだ。俺を脅すのか、と」
キースの全身から、青白い冷気が立ち昇る。
その瞳は、絶対零度。
「俺の領地で、俺の女に剣を向けた罪……万死に値するぞ」
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
ゲルマンが腰を抜かし、馬車の中に逃げ込もうとする。
「逃がさん」
キースが指を振るうと、馬車の車輪が一瞬で凍りつき、粉々に砕け散った。
ガシャーン!
傾いた馬車から、ゲルマンが転がり落ちてくる。
「あ、あわわ……悪魔だ! 氷の悪魔だ!」
「公爵様、殺さないでくださいね。死体処理代がかかります」
私は冷静にキースを止め、震えるゲルマンの前にしゃがみ込んだ。
「さて、大臣閣下。交渉の時間です」
「こ、交渉……?」
「はい。貴方が犯した『不正輸出』の証拠。そして今、公爵家当主への『殺人未遂』。これらを王立騎士団とレムリア国王に通報されたくなければ……わかりますよね?」
私は電卓を取り出し、カチャカチャと叩いた。
「口止め料、および精神的苦痛への慰謝料。締めて金貨一万枚。……即金でお願いします」
「い、一万枚!? ぼったくりだ!」
「嫌なら通報します。国際問題になりますよ? 貴方の政治生命と首が飛びますが、よろしいですか?」
「……っ!!」
ゲルマンは脂汗を流し、私と、殺気立ったキースを交互に見た。
そして、震える手で懐から小切手帳を取り出した。
「は、払う……払うから許してくれ……!」
「賢明なご判断です」
サラサラと震える文字で書かれた小切手を受け取り、私は満面の笑みを浮かべた。
「商談成立です! いやぁ、良いデートになりましたね!」
「……二度と来るか! こんな恐ろしい国!」
ゲルマンは従者に支えられ、壊れた馬車を捨てて脱兎のごとく逃げ去っていった。
広場に残されたのは、私とキース、そして大根三本だけ。
周囲の市民たちが、ポカンとしてこちらを見ている。
「……ふぅ。片付きましたね」
私は小切手にキスをして、ポケットにしまった。
「公爵様、ありがとうございます。ナイスアシストでした」
「……お前、デート中に恐喝をする令嬢がどこにいる」
キースが呆れたようにため息をついた。
「恐喝ではありません。示談交渉です」
私は彼の手から大根を受け取ろうとしたが、キースは渡さなかった。
「いい。俺が持つ」
「え? でも、重いですよ」
「俺の女を守るのも、男の役目だ」
キースはそっぽを向いて言った。
「それに……悪くない連携だった」
「……はい?」
「お前が追い込み、俺が仕留める。……やはり、お前は最高の共犯者だ」
彼は少しだけ笑った。
その笑顔は、どんな宝石よりも輝いて見えた。
「……公爵様。それ、プロポーズの続きですか?」
「解釈は任せる」
私たちは顔を見合わせて、小さく笑った。
「さあ、帰りましょう。おでんが待っています」
「ああ。……ちなみにノワル、その一万枚はどうするつもりだ?」
「もちろん、屋敷の修繕費と……今夜の晩酌代に消えますよ」
「……俺への返済には回らんのか」
「優先順位の問題です」
私たちは夕暮れの街を歩き出した。
手をつなぎ、大根をぶら下げて。
これが私たちの「初めてのデート」。
ロマンチックのかけらもないけれど、収支は大幅な黒字。
私にとっては、これ以上ない完璧なデートだった。
***
「――まあっ! おかえりなさいませ!」
屋敷に戻ると、エレオノーラ王女が玄関で待ち構えていた。
彼女は私たちを見るなり、目を輝かせた。
「どうでしたの!? デートは! 手はつなぎましたの!? キスはしましたの!?」
「手はつなぎました。キスはしていません」
私が淡々と報告すると、エレオノーラ様は「むぅ」と頬を膨らませた。
「進展が遅いですわね! ……でも、お二人の雰囲気、出かける前より良くなっていますわ」
彼女は勘が鋭い。
「ところで、ゲルマン大臣は見かけまして? わたくしを連れ戻しに来ると連絡があったのですが」
エレオノーラ様が不思議そうに尋ねる。
「ああ、あの方なら」
私はニッコリと笑った。
「急用を思い出されたようで、全速力で帰国されましたよ。……多額の寄付金を残して」
「あら、そうですの? 相変わらずせっかちな方ですわね」
エレオノーラ様は何も疑わずに笑った。
「まあいいですわ! それより夕食です! 今夜はわたくしが用意させた最高級の……」
「今夜はおでんです」
キースが遮った。
「は? おでん? なんですのそれは」
「大根を煮込んだ料理だ。……俺たちが買ってきた」
キースが得意げに大根を掲げた。
エレオノーラ様は絶句した。
「こ、公爵様が……大根を……!? 庶民の食べ物を……!?」
「文句があるなら食うな。俺はこれを食う」
キースはさっさと食堂へと向かってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし! わたくしも食べます! キース様が召し上がるなら、それはきっと宝石の味がするはずですわ!」
エレオノーラ様がドレスの裾を翻して追いかける。
私はその後ろ姿を見ながら、苦笑した。
この王女様、意外とたくましい。
もしかしたら、この屋敷の生活に馴染む素質があるのかもしれない。
「……さて。おでんの仕込みをしますか」
私は厨房へと向かった。
ゲルマン大臣という邪魔者は排除した。
懐には一万枚の小切手。
そして、心の中には、少しだけ温かい思い出。
(……悪くない休日だったわね)
私はエプロンを締めながら、自然と鼻歌を歌っていた。
だが、平和な時間は長くは続かない。
この屋敷には、まだ「解決していない問題」が残っている。
それは、キース公爵を狙う、もう一人の「ライバル」の存在……ではなく。
もっと根本的な、私の「実家」の問題だった。
翌日。
一通の手紙が届く。
差出人は、ヴァレンタイン公爵――私の父。
内容はシンプルだった。
『借金取りが去った。帰ってこい』
私はその手紙を暖炉に放り込んだ。
「……今さら何を寝言を」
だが、手紙はそれだけではなかった。
『お前の新しい婚約者が決まった。金持ちの伯爵だ。結納金で借金を返すぞ』
「……は?」
私のこめかみに、青筋が浮かんだ。
どうやら、あの父親には、一度きっちりと「引導」を渡してやる必要がありそうだ。
レムリア王国のゲルマン外務大臣は、馬車の窓から私を見下ろし、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「無礼な! どこの馬の骨とも知れぬ小娘が、一国の大臣に向かって何を言うか! 名誉毀損で投獄されたいのか!」
広場の空気が凍りつく。
周囲の市民たちが怯えて遠巻きにする中、私は大根を持ったキースの手を離し、一歩前に進み出た。
「名誉毀損? 事実陳列罪の間違いではありませんか?」
私は懐から、一枚のメモを取り出した。
「読み上げますね。『レムリア暦〇年〇月、王立鉱山より魔石三百キロ横領』。『同年翌月、闇ルートを通じてグランディール領の反乱分子へ売却』。『その利益、金貨五万枚を大臣の個人口座へ送金』……」
「な、ななな……!?」
ゲルマンの目が飛び出さんばかりに見開かれた。
「嘘だ! なぜその情報を……それは極秘の裏帳簿にしか……!」
「ああ、やっぱり裏帳簿があるんですね。自白ありがとうございます」
私はニッコリと笑った。
「情報源は企業秘密です。ただ、私は『情報』という商品には金を惜しまない主義でして。……特に、我が領地の利益を損なう害虫に関しては、徹底的に調べ上げます」
そう。
私はこのデート(視察)に来る前、すでにエレオノーラ王女の周辺調査を済ませていた。
彼女は単なる「恋する暴走王女」だが、その背後にいるこの大臣は、キースの領地を脅かす「寄生虫」だという情報を掴んでいたのだ。
「き、貴様……! 生かしてはおけん!」
ゲルマンが顔色を変え、護衛の兵士たちに指示を飛ばした。
「やれ! その女を捕らえろ! 公爵も同罪だ、始末してしまえ!」
「はっ!」
武装した兵士たちが、剣を抜いて殺到してくる。
広場に悲鳴が上がる。
私は動かなかった。
逃げる必要がないからだ。
「……おい」
私の背後で、低い声が響いた。
「俺の許可なく、俺の『デート』を邪魔するな」
ドォォォォォォン!!
爆音と共に、地面から巨大な氷の槍が突き出した。
「うわぁぁっ!?」
兵士たちが吹き飛ばされ、宙を舞う。
キース公爵が、片手で大根を抱えたまま、もう片方の手で魔法を放ったのだ。
「……言ったはずだ。俺を脅すのか、と」
キースの全身から、青白い冷気が立ち昇る。
その瞳は、絶対零度。
「俺の領地で、俺の女に剣を向けた罪……万死に値するぞ」
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
ゲルマンが腰を抜かし、馬車の中に逃げ込もうとする。
「逃がさん」
キースが指を振るうと、馬車の車輪が一瞬で凍りつき、粉々に砕け散った。
ガシャーン!
傾いた馬車から、ゲルマンが転がり落ちてくる。
「あ、あわわ……悪魔だ! 氷の悪魔だ!」
「公爵様、殺さないでくださいね。死体処理代がかかります」
私は冷静にキースを止め、震えるゲルマンの前にしゃがみ込んだ。
「さて、大臣閣下。交渉の時間です」
「こ、交渉……?」
「はい。貴方が犯した『不正輸出』の証拠。そして今、公爵家当主への『殺人未遂』。これらを王立騎士団とレムリア国王に通報されたくなければ……わかりますよね?」
私は電卓を取り出し、カチャカチャと叩いた。
「口止め料、および精神的苦痛への慰謝料。締めて金貨一万枚。……即金でお願いします」
「い、一万枚!? ぼったくりだ!」
「嫌なら通報します。国際問題になりますよ? 貴方の政治生命と首が飛びますが、よろしいですか?」
「……っ!!」
ゲルマンは脂汗を流し、私と、殺気立ったキースを交互に見た。
そして、震える手で懐から小切手帳を取り出した。
「は、払う……払うから許してくれ……!」
「賢明なご判断です」
サラサラと震える文字で書かれた小切手を受け取り、私は満面の笑みを浮かべた。
「商談成立です! いやぁ、良いデートになりましたね!」
「……二度と来るか! こんな恐ろしい国!」
ゲルマンは従者に支えられ、壊れた馬車を捨てて脱兎のごとく逃げ去っていった。
広場に残されたのは、私とキース、そして大根三本だけ。
周囲の市民たちが、ポカンとしてこちらを見ている。
「……ふぅ。片付きましたね」
私は小切手にキスをして、ポケットにしまった。
「公爵様、ありがとうございます。ナイスアシストでした」
「……お前、デート中に恐喝をする令嬢がどこにいる」
キースが呆れたようにため息をついた。
「恐喝ではありません。示談交渉です」
私は彼の手から大根を受け取ろうとしたが、キースは渡さなかった。
「いい。俺が持つ」
「え? でも、重いですよ」
「俺の女を守るのも、男の役目だ」
キースはそっぽを向いて言った。
「それに……悪くない連携だった」
「……はい?」
「お前が追い込み、俺が仕留める。……やはり、お前は最高の共犯者だ」
彼は少しだけ笑った。
その笑顔は、どんな宝石よりも輝いて見えた。
「……公爵様。それ、プロポーズの続きですか?」
「解釈は任せる」
私たちは顔を見合わせて、小さく笑った。
「さあ、帰りましょう。おでんが待っています」
「ああ。……ちなみにノワル、その一万枚はどうするつもりだ?」
「もちろん、屋敷の修繕費と……今夜の晩酌代に消えますよ」
「……俺への返済には回らんのか」
「優先順位の問題です」
私たちは夕暮れの街を歩き出した。
手をつなぎ、大根をぶら下げて。
これが私たちの「初めてのデート」。
ロマンチックのかけらもないけれど、収支は大幅な黒字。
私にとっては、これ以上ない完璧なデートだった。
***
「――まあっ! おかえりなさいませ!」
屋敷に戻ると、エレオノーラ王女が玄関で待ち構えていた。
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「どうでしたの!? デートは! 手はつなぎましたの!? キスはしましたの!?」
「手はつなぎました。キスはしていません」
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「進展が遅いですわね! ……でも、お二人の雰囲気、出かける前より良くなっていますわ」
彼女は勘が鋭い。
「ところで、ゲルマン大臣は見かけまして? わたくしを連れ戻しに来ると連絡があったのですが」
エレオノーラ様が不思議そうに尋ねる。
「ああ、あの方なら」
私はニッコリと笑った。
「急用を思い出されたようで、全速力で帰国されましたよ。……多額の寄付金を残して」
「あら、そうですの? 相変わらずせっかちな方ですわね」
エレオノーラ様は何も疑わずに笑った。
「まあいいですわ! それより夕食です! 今夜はわたくしが用意させた最高級の……」
「今夜はおでんです」
キースが遮った。
「は? おでん? なんですのそれは」
「大根を煮込んだ料理だ。……俺たちが買ってきた」
キースが得意げに大根を掲げた。
エレオノーラ様は絶句した。
「こ、公爵様が……大根を……!? 庶民の食べ物を……!?」
「文句があるなら食うな。俺はこれを食う」
キースはさっさと食堂へと向かってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし! わたくしも食べます! キース様が召し上がるなら、それはきっと宝石の味がするはずですわ!」
エレオノーラ様がドレスの裾を翻して追いかける。
私はその後ろ姿を見ながら、苦笑した。
この王女様、意外とたくましい。
もしかしたら、この屋敷の生活に馴染む素質があるのかもしれない。
「……さて。おでんの仕込みをしますか」
私は厨房へと向かった。
ゲルマン大臣という邪魔者は排除した。
懐には一万枚の小切手。
そして、心の中には、少しだけ温かい思い出。
(……悪くない休日だったわね)
私はエプロンを締めながら、自然と鼻歌を歌っていた。
だが、平和な時間は長くは続かない。
この屋敷には、まだ「解決していない問題」が残っている。
それは、キース公爵を狙う、もう一人の「ライバル」の存在……ではなく。
もっと根本的な、私の「実家」の問題だった。
翌日。
一通の手紙が届く。
差出人は、ヴァレンタイン公爵――私の父。
内容はシンプルだった。
『借金取りが去った。帰ってこい』
私はその手紙を暖炉に放り込んだ。
「……今さら何を寝言を」
だが、手紙はそれだけではなかった。
『お前の新しい婚約者が決まった。金持ちの伯爵だ。結納金で借金を返すぞ』
「……は?」
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どうやら、あの父親には、一度きっちりと「引導」を渡してやる必要がありそうだ。
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