悪役令嬢、本日をもって返上!本気で泣くとでも思いました?

ツナ

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煌びやかなシャンデリアの光が、王立学園の卒業パーティー会場をこれでもかと照らしている。
着飾った貴族の子女たちが談笑する中、突如として音楽が止まった。
会場の中央、人だかりを割って進み出てきたのは、この国の第一王子であるカイル・ド・ヴァルディア殿下だ。
その隣には、彼に守られるようにして男爵令嬢のミーナが寄り添っている。

カイル殿下は、私の正面で立ち止まると、芝居がかった動作で指を突きつけてきた。

「ルチアーナ・ベルシュマン! 貴様との婚約は、本日この時をもって破棄とする!」

会場が水を打ったように静まり返る。
次の瞬間、蜂の巣をつついたような騒ぎが起きた。
ベルシュマン公爵家の令嬢であり、次期王妃と目されていた私が、まさかこの場で断罪されるとは誰も思っていなかったのだろう。

私は手にしていた扇子をゆっくりと閉じ、殿下を真っ直ぐに見据えた。
私の目つきは生まれつき鋭い。
黙っているだけで「不機嫌そうだ」「誰かを呪い殺そうとしている」と噂される私の視線に、殿下が一瞬だけ身を震わせた。
だが、彼は隣のミーナに勇気づけられたのか、さらに声を張り上げる。

「貴様の罪状は枚挙にいとまがない! ミーナへの執拗ないじめ、教科書を破り、階段から突き落とそうとしたその卑劣な行い! 聖女のように慈悲深い彼女を苦しめた貴様を、私は断じて許さない!」

殿下の叫びに、周囲からは私を蔑むような視線が突き刺さる。
しかし、私の脳内では全く別の思考がフル回転していた。

(えっ、今なんて言った? 婚約破棄? つまり、あのクソ忙しい王妃教育から解放されるってこと? 毎朝四時に起きて、一時間かけて姿勢を正し、三時間かけて歴史を叩き込まれ、昼食はマナーの確認で味もしないあの生活を、もうしなくていいの?)

驚きを通り越して、心の中に花火が打ち上がったような気分だった。
この十年間、私は自由を捨てて国のために尽くしてきた。
それが「クビ」だという。
しかも退職金代わりの慰謝料まで期待できる状況ではないか。

私は、必死にこみ上げてくる笑いを堪えた。
だが、感情を抑えようとすればするほど、私の表情は冷徹さを増していくらしい。
周囲には、私が怒り狂っているように見えているのだろう。

「殿下、確認させていただきたいのですが。その罪状に証拠はございますか。私はその時間、図書館で次年度の国家予算案の予備資料をまとめておりました。司書の先生も証人として立てられますが」

私の言葉に、カイル殿下は顔を真っ赤にした。

「黙れ! 証拠ならミーナの涙が証明している! 彼女が嘘をつくはずがないだろう!」

「……涙が証拠、ですか。それはまた、ずいぶんと情緒的な裁判ですね」

私はため息をついた。
正直、この王子との会話はいつもこうだ。
論理的思考が一切通じない。
今までは婚約者として彼の足りない頭を補佐してきたが、もうその必要もない。

(やった。やっと辞められる。ブラック企業から脱出する時って、こんなに空が綺麗に見えるのね。あ、ここ室内だったわ)

私は一歩前へ踏み出した。
ミーナが「ひっ」と短い悲鳴を上げて、殿下の背中に隠れる。
彼女は震えているが、その瞳の奥にはどこか別の感情が見える気がした。
怯えているというより、私を観察しているような、妙に熱い視線だ。

「分かりました。殿下がそこまで仰るのであれば、謹んでお受けいたします」

「な、なんだと? もっと見苦しく泣き叫び、許しを乞うのではないのか」

カイル殿下が拍子抜けしたような顔をする。
彼は、私に縋り付かれるのを期待していたのだろうか。
残念ながら、私の優先順位の一位は常に「効率」だ。
愛情のない男に縋る時間は、人生の無駄以外の何物でもない。

「いいえ。殿下が私を王妃に相応しくないと判断されたのであれば、私がここに留まる理由はございません。ただ、一方的な婚約破棄となりますので、後ほど我が公爵家より正式な手続きと、相応の条件を提示させていただきます。よろしいですね」

「くっ、勝手にするがいい! 慰謝料でも何でも払ってやる! その代わり、二度と我々の前に姿を現すな!」

「承知いたしました。では、失礼いたします」

私は優雅に一礼した。
ドレスの裾を翻し、出口に向かって歩き出す。
野次馬たちが道を開ける。
彼らの目には、婚約破棄されてもなお傲慢な態度を崩さない「悪役令嬢」の姿が映っているはずだ。

一歩、会場の外へ出る。
夜風が頬を撫でた。
なんて気持ちがいいんだろう。
明日からは昼まで寝ていられる。
おやつに高カロリーなケーキを三つ食べても、マナー講師に怒鳴られることはないのだ。

「ふ、ふふふ……」

誰もいない廊下で、私はついに堪えきれず声を漏らした。
肩が震える。
口角が勝手に上がってしまう。
最高だ。人生で一番幸せな日かもしれない。

「……随分と楽しそうだな、ルゥ」

突然、背後から低い声が響いた。
心臓が跳ね上がる。
私は即座に「冷徹な悪役令嬢」の仮面を被り直し、ゆっくりと振り返った。

そこに立っていたのは、漆黒の騎士服を纏った大男だった。
王宮騎士団長、フェリクス・グランザード。
私の数少ない幼馴染であり、この国で最も「敵に回してはいけない男」と恐れられている人物だ。

「フェリクス様。見ていらしたの?」

「ああ。盛大な茶番だったな。カイル殿下は、自分がどれほど大きな損失を出したか分かっていないらしい」

フェリクスは無表情のまま私に近づいてくる。
彼の体格はカイル殿下よりも二回りは大きく、放たれる威圧感だけで並の貴族なら失神するだろう。
だが、私は知っている。
この男が、見た目に反して非常に面倒見が良く、そして……。

「それで。自由の身になった気分はどうだ」

「最高よ。今なら王都を三周くらい走れそうだわ」

「そうか。なら、その体力を別のことに使わないか」

フェリクスが私の目の前で足を止める。
彼の鋭い瞳が、じっと私を射抜いた。
その距離が近すぎて、鼻をくすぐる鉄と革の香りに、私の心臓が少しだけ騒ぎ出す。

「別のことって?」

「俺の再雇用先になれ。……いや、訂正する。俺の妻になれ」

「……はい?」

私は思わず聞き返した。
婚約破棄されてから、まだ十分も経っていない。
失業して即座にヘッドハンティングを受けるなんて、私の市場価値は一体どうなっているのだろうか。

「待って。あなた、正気なの? 私は今、国中の貴族から『悪役令嬢』として蔑まれているのよ?」

「それがどうした。お前のその鋭い目も、容赦のない正論も、俺は昔から嫌いじゃない」

フェリクスはそう言うと、私の手を取り、その甲に無骨な唇を落とした。
その動作は驚くほど丁寧で、大切に扱われているのだと嫌でも自覚させられる。

「俺は、お前の能力も、その裏にある努力も知っている。カイルには過ぎた女だったが、俺ならお前を使いこなせる」

「使いこなすって、私は道具じゃないわ」

「ああ、言い方を間違えた。俺の隣で、誰に気兼ねすることもなく笑っていてほしいだけだ」

(えっ、何この展開。ユーモアが過ぎるわよ。自由な独身生活を満喫する予定が、秒速で次の縛りが発生しそうなの?)

私は混乱した。
カイル殿下との婚約破棄という最高にハッピーなイベントの直後に、最強の騎士団長からのプロポーズ。
私の人生、どうやら平穏とは程遠い方向に加速し始めたらしい。

「返事は、今すぐでなくていい。だが、俺は本気だ。逃がすつもりもない」

そう言い残して、フェリクスは足早に去っていった。
残された私は、赤くなった自分の手を見つめながら立ち尽くす。

「……まずは、温泉に行ってゆっくり考えたかったんだけどな」

私の独り言は、静かな廊下に虚しく響いた。
こうして、私の「悪役令嬢」としての看板は外され、新たな波乱の日々が幕を開けたのである。
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