悪役令嬢、本日をもって返上!本気で泣くとでも思いました?

ツナ

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「ふわぁぁ……よく寝たわ! 最高に爽やかな目覚めだわ!」

私は天蓋付きのベッドの中で、思い切り手足を伸ばした。
いつもなら早朝四時にマナー講師の絶叫で叩き起こされるはずが、今日はもう日が天高く昇っている。
誰にも邪魔されない睡眠。
それは、婚約破棄という名の「解雇通知」が私にもたらした、最初の恩恵だった。

私はベッドから跳ね起きると、部屋の隅にある大きな姿見の前に立った。
鏡に映っているのは、昨夜のパーティーで婚約を破棄されたばかりの「悲劇のヒロイン」だ。
だが、その顔には悲劇の欠片もなかった。

「だめよルゥ、これじゃあ計画が台無しだわ。もっと悲しそうな、今にも消えてしまいそうな顔を練習しなくちゃ」

私は頬に手を当てて、無理やり口角を下げた。
王家からふんだんな慰謝料と、希望する領地を毟り取るためには、私は「不当に傷つけられた被害者」でいなければならない。
公爵家としても、娘がショックで寝込んでいるという事実は、交渉における強力な武器になる。

私は鏡に向かって、眉を八の字に下げ、潤んだ瞳を作ろうと努力した。

「ああ、殿下、どうして私を捨ててしまわれたの……。なんて、これでいいのかしら」

鏡の中の私は、どう見ても「獲物を仕留める直前の肉食獣」のような顔をしていた。
生まれつきの鋭い目つきと、意志の強そうな眉が、悲しみの表情をことごとく「復讐の決意」へと変換してしまう。
微笑めば不敵な笑みに見え、悲しめば暗殺を企んでいるように見える。
これが私の、悪役令嬢たる所以である。

「お嬢様、失礼いたします。お目覚めでしょうか……」

控えめなノックと共に、侍女のサーシャが入ってきた。
彼女は私の顔を見るなり、持っていたお盆をガタガタと震わせた。

「お、お嬢様! どうかお気を確かに! お怒りはごもっともですが、どうか、どうかその、国を滅ぼすようなことだけは思い留まってくださいませ!」

「何を言っているのサーシャ。私はただ、婚約破棄されたショックで打ちひしがれているだけよ」

「そのお顔で言われても説得力がございません! 目が、目が完全にカイル殿下の息の根を止める時のそれです!」

サーシャは涙目で叫びながら、震える手でハーブティーを机に置いた。
やはり練習が必要らしい。
私はもっと力を抜いて、儚げな令嬢を演出する方法を模索した。
だが、自由への喜びが内側から溢れ出してしまい、どうしても口角がピクピクと上がってしまう。

「ふふ、ふふふ……。あ、いけない。ああ、悲しいわ、本当に悲しい。あまりのショックで、王都の最高級スイーツを全種類制覇しないと立ち直れそうにないわ」

「お嬢様、それはただの食欲です」

「いいのよ。精神的な飢餓感は、物質的な甘味でしか埋められないの。これも立派な治療の一環だわ」

私は着替えを済ませると、父であるベルシュマン公爵の執務室へと向かった。
交渉の軍資金、もとい、慰謝料の要求リストを提出するためだ。
廊下ですれ違う使用人たちが、私の顔を見るなり一斉に壁際に張り付き、深々と頭を下げる。
まるで行軍する将軍でも迎えるような空気だが、今の私にはそれすらも心地よかった。

執務室の扉を開けると、そこには頭を抱えて机に突っ伏している父の姿があった。

「お父様、おはようございます。昨夜の件でご報告に参りました」

父は弾かれたように顔を上げた。
彼の目には深い隈があり、一晩中対応に追われていたことが伺える。
娘が泣き叫びながら帰ってくると思っていた父は、私の「悲しみに満ちた(はずの)」顔を見て、さらに顔色を悪くした。

「ルゥ……。すまない、私に力がなかったばかりに。だが安心しなさい、王家には断固として抗議する。君を侮辱したカイル殿下には、相応の報いを受けてもらうつもりだ」

「まあ、頼もしい。では、これをお願いします」

私は用意していた羊皮紙を、父の机の上にスッと置いた。
そこには、王領にある温泉地の譲渡、向こう五十年の公爵家への免税措置、そして多額の現金支給といった項目が、美しく整った筆跡で並んでいる。

父はそれを見て、目を見開いた。

「これは……要求リストか?」

「ええ。私が受けた精神的苦痛を数値化したものです。あ、特にこの温泉地は譲れません。私の傷ついた心を癒やすには、良質な硫黄泉が必要なのです」

「ルゥ、お前……。本当にショックを受けているのか?」

父の問いに、私は練習通りの「悲劇の表情」を浮かべた。

「もちろんです。あまりのショックに、頭の中が今後の資産運用のシミュレーションでいっぱいになるほどですわ」

「それはショックではなく、ただのやる気だな」

父は力なく笑ったが、その目はどこか安心したようだった。
彼もまた、私がこの婚約を重荷に感じていたことを薄々勘付いていたのだろう。

「分かった。このリストを元に、王宮へ乗り込んでこよう。ベルシュマン公爵家の虎の尾を踏んだことを、国王陛下にもじっくりと思い知らせてやる」

「よろしくお願いいたしますわ、お父様」

私は満足して執務室を後にした。
これで人生の第二章、完全無欠のニート……ではなく、自由な独身令嬢としての基盤が整いつつある。
あとは、あの騎士団長が言っていた奇妙なプロポーズさえ忘れれば、私の未来は輝かしい。

(フェリクス様、あんな強面で冗談を言うなんて思わなかったわ。きっと、婚約破棄された私を不憫に思って、彼なりのユーモアで励ましてくれたのね)

そうに違いない。
あの鉄血の騎士団長が、本気で私のような「悪役令嬢」を妻にしたがるはずがない。
私はそう自分に言い聞かせ、次なる目的地であるスイーツショップへの計画を立てることにした。

だが、この時の私はまだ知らなかった。
フェリクス・グランザードという男が、戦場において一度決めた目標を、決して逃さない「狂犬」と呼ばれていることを。
そして、彼が今この瞬間も、私を「再雇用」するための書類を山のように作成していることを。
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