悪役令嬢、本日をもって返上!本気で泣くとでも思いました?

ツナ

文字の大きさ
5 / 28

5

しおりを挟む
「ああ、お天道様が高いわ。これが、これこそが真の自由というものね」

私はベッドの中で、猫のように背中を丸めて幸せを噛み締めていた。
時刻はすでに正午を回っている。
かつての私なら、この時間は国王陛下との退屈な昼食会で、嫌味な王妃から「もっと少食になりなさい」と説教を食らっていたはずだ。
それが今や、パジャマ姿で煎餅をかじっていても誰にも文句を言われない。

「お嬢様、お昼寝の邪魔をして申し訳ございません。ですが、玄関先に少々……いえ、かなり異様なものが届いております」

サーシャが、またしても困惑した表情で部屋に入ってきた。
彼女の最近の口癖は「大変です」から「異様です」にレベルアップしたらしい。

「異様なもの? 殿下から『やっぱり戻ってきて』という泣き言の手紙でも届いたのかしら。それなら、火に焚べておいてちょうだい」

「いいえ。王宮騎士団の運搬用馬車が三台ほど横付けされまして。フェリクス・グランザード様より『ルチアーナ嬢の再雇用待機手当、兼、精神的慰労品』との伝言を預かっております」

「……はい?」

私は反射的に起き上がった。
再雇用待機手当。
何その、聞いたこともない福利厚生のような響きは。
私は急いでガウンを羽織り、玄関ホールへと向かった。

そこには、騎士団の屈強な男たちが、黙々と巨大な木箱を運び込んでいた。
その数、実に十個以上。
通りがかった父が「我が家は武器庫になったのか?」と震えながら見守っている。

「お待ちになって! これ、一体何が入っているの?」

私が箱の一つを指差すと、騎士団のリーダー格の男が、爽やかな笑顔で敬礼した。

「フェリクス団長より、ルゥ様の健康を維持するための物資一式です! 『あいつは放っておくと、菓子ばかり食べて運動不足になるからな』とのことです!」

「……余計なお世話だわ」

私は溜息をつきながら、開けられた箱の中身を確認した。
一つ目には、最高級の干し肉と栄養価の高そうな保存食がぎっしり。
二つ目には、なぜか最新式のトレーニング用木剣と、重りのついたリストバンド。
そして三つ目には、王都で一番人気の高級温泉旅館の「永久フリーパス」が入っていた。

「……何、この『健康的なニートになれ』という無言の圧力は」

極め付けは、一番小さな箱に添えられた一通の手紙だった。
封蝋には、グランザード家の紋章である猛禽の姿が刻まれている。

『追伸。
それらの品は、あくまで一週間分の支給品だ。
明日、それを使って体調を整えたお前を、俺の別邸に招待する。
断る権利はお前にあるが、断った場合、俺は騎士団の演習をベルシュマン公爵家の庭で開始する許可を親父殿に取ってある。
覚悟しておけ』

「……あの脳筋騎士、公爵家の庭を演習場にするなんて、どんな脅迫よ!」

私は手紙を握りつぶした。
父を見ると、彼は「ああ、フェリクス君なら安心だ。庭くらい、いくらでも使っていいと言っておいたぞ」と、力なく笑っている。
公爵家の当主が、若き騎士団長の威圧感に完敗していた。

「ルゥ様、このリストバンド、一つで五キロもありますよ。どうしますか?」

サーシャがプルプルと腕を震わせながら、鉄の塊を持ち上げようとしている。

「……置いておいて。明日のデート、いえ、強制連行の際に、これをフェリクス様に投げつけるための武器にするわ」

「やっぱり、お嬢様は悪役令嬢としての格が違いますね」

私は頭を抱えた。
せっかく手に入れた平穏な無職生活が、別の意味で忙しくなり始めている。
カイル殿下という「無能な上司」から解放されたと思ったら、今度はフェリクスという「有能すぎる暴君」にロックオンされたらしい。

「ミーナ、あなたも何とか言いなさいよ。私の弟子なんでしょう?」

いつの間にか私の隣で干し肉をかじっていたミーナが、目を輝かせて頷いた。

「流石はフェリクス様! 強引な囲い込み、まさに略奪愛の極意ですわ! 私、ルゥ様がどうやってこの猛犬を飼い慣らすのか、横でじっくり観察させていただきます!」

「あなた、帰ってちょうだい!」

私は叫んだが、ミーナはどこ吹く風で「悪役令嬢の心得その三、周囲の男はすべて手駒にするべし!」と手帳にメモを取っている。

その頃、王宮の会議室では。
カイル殿下が、目の前に置かれた「温泉地の譲渡契約書」を見て、顔を真っ青にしていた。

「な、なんだこれは……。ベルシュマン家からの請求額が、我が国の年間娯楽予算を超えているぞ!」

「殿下。ルゥ様がいなくなったことで、現在、王宮内の事務処理速度が通常の四分の一に低下しております。その損害賠償も含めれば、妥当な金額かと」

側近の言葉に、カイルはガタガタと震えた。
彼はようやく気づき始めていた。
自分が手放したのは、ただの「口うるさい女」ではなく、この国の経済を支えていた最強の「システム」だったのだと。

「ルチアーナ……。戻ってきてくれ、せめてこの領土問題だけでも片付けてから、改めて婚約破棄を……」

「殿下。ルゥ様は今、フェリクス団長から贈られた最高級の温泉パスを持って、休暇を満喫されているそうですよ」

「な、なんだと! フェリクスだと!」

カイルの悲鳴が王宮に響き渡るが、ルゥの耳には届かない。
今の彼女にとって最大の懸念事項は、明日のフェリクスとの会合で、何を「効率的」に要求し、いかにして自分の平穏を守り抜くか、その一点に尽きていたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

婚約破棄イベントが壊れた!

秋月一花
恋愛
 学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。  ――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!  ……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない! 「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」  おかしい、おかしい。絶対におかしい!  国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん! 2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?

宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。 そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。 婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。 彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。 婚約者を前に彼らはどうするのだろうか? 短編になる予定です。 たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます! 【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。 ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

地味で無才な私を捨てたことを、どうぞ一生後悔してください。

有賀冬馬
恋愛
「お前のような雑用女、誰にでも代わりはいる」 そう言って私を捨てたディーン様。でも、彼は気づいていなかったのです。公爵家の繁栄を支えていたのは、私の事務作業と薬草の知識だったということに。 追放された辺境の地で、私はようやく自分らしく生きる道を見つけました。無口な辺境伯様に「君がいなければダメだ」と熱烈に求められ、凍っていた心が溶けていく。 やがて王都で居場所をなくし、惨めな姿で私を追いかけてきた元婚約者。 「もう、私の帰る場所はここしかありませんから」 絶望する彼を背に、私は最愛の人と共に歩み出します。

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

処理中です...