悪役令嬢、本日をもって返上!本気で泣くとでも思いました?

ツナ

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「全員、並びなさい。今この瞬間から、この城の時計は私が動かしますわ」


グランザード城の大広間。
集められた五十名ほどの使用人たちは、幽霊のように青白い顔で私を見上げていた。
彼らの目には「また新しい支配者が来て、無理難題を押し付けるのだろう」という諦念が張り付いている。
私はその視線を、扇子でピシャリと叩き伏せるように一喝した。


「まず、自己紹介をさせていただきます。私はルチアーナ・ベルシュマン。昨日まで王太子殿下の婚約者でしたが、あまりに有能すぎてクビになった女ですわ」


広間にざわめきが走る。
自らを「有能すぎてクビ」と称する令嬢など、彼らも聞いたことがないのだろう。
私は隣に立つフェリクス様に視線を送った。
彼は腕を組み、仁王立ちで私を全面的に肯定している。


「次に、この城の現状を申し上げます。不潔、非効率、そして絶望的なまでの無気力。これらはすべて、管理者の責任です。つまり、フェリクス様が悪いのですわ」


「……否定はせん。すべてお前の言う通りだ」


領主本人の潔い認めっぷりに、使用人たちのざわめきがさらに大きくなる。
私は一段高い場所へ登り、全員の顔を見渡した。


「ですが、今日からは違います。私の辞書に『現状維持』という言葉はありません。今日から一週間、この城は徹底的な大掃除と再編を行います。私の指示に従い、完璧に仕事をこなした者には、現在の二倍の給与を約束しますわ」


二倍、という言葉に、死んでいた使用人たちの瞳にわずかな光が宿った。
やはり、精神論よりも金銭的な報酬が一番の特効薬だ。
私はさらに畳み掛ける。


「ただし、サボる者、虚偽の報告をする者、そして『以前はこうだった』と変化を拒む者は、即刻解雇いたします。退職金は一ピカも出しません。……よろしいかしら?」


私はあえて、王宮で培った「最凶の悪役令嬢」の笑みを浮かべてみせた。
逆らえば命はない、と思わせるほどの威圧感。
これこそが、沈みかけた組織を浮上させるための劇薬である。


「わ、分かりました! やらせてください!」


一人の若い下働きの少年が、震える声で手を挙げた。
それを皮切りに、次々と「はい!」という声が広間に響き渡る。
私は満足して頷き、横でメモを取っているミーナに視線を向けた。


「ミーナ様、あなたの出番よ。彼らを適材適所でチーム分けしてちょうだい。あなたは元・ヒロインなのだから、笑顔で彼らを励ましつつ、裏でしっかりとサボりがないか監視するの。いいわね?」


「お任せください、師匠! 『飴と鞭』の飴担当として、彼らの心を掌握しつつ、鞭でビシバシと叩き上げますわ!」


ミーナはどこで用意したのか、ピンク色の可愛らしい手帳を広げて、テキパキと指示を出し始めた。
彼女は案外、人心掌握の才能があるらしい。
「守ってあげたいヒロイン」の仮面を被りながら、鋭い言葉で男たちを動かしている。


掃除が始まると、城内は戦場のようになった。
フェリクス様は「物理担当」として、巨大な棚を一人で運び出し、詰まった煙突を素手で掃除している。
私は司令塔として、各部署から上がってくる「不明な書類」を片っ端から仕分けしていった。


「フェリクス様、この地下倉庫にある古びた鎧の山は何?」


「ああ、先代がコレクションしていた壊れた防具だ。いつか直そうと思っていたらしいが」


「全部売却してちょうだい。鉄屑としての価値はあるわ。その資金で、厨房の古い釜を買い換えます。美味しい食事が作れない厨房など、城の心臓が止まっているのと同じですわ」


「承知した。すぐに騎士たちに運ばせる」


私の指示は止まらない。
無駄を省き、資産を現金化し、それを働く者の環境改善に投資する。
このサイクルが回り始めると、城の空気は目に見えて変わっていった。


その頃、王都の王宮。
カイル殿下は、目の前にそびえ立つ「ルチアーナがいない二日分」の書類の塔を見上げて、魂が抜けかかっていた。


「……なぜだ。なぜ、ルチアーナがいた時は、これらが夕方には消えていたんだ」


「殿下、それはルチアーナ様が、各部署への根回しと優先順位の選定を完璧に行っていたからです。現在は、すべての部署が自分たちの都合だけで書類を投げ込んでくるため、渋滞が起きております」


側近の声も、どこか投げやりだ。
彼らもまた、ルゥという最強の調整役を失った痛みを全身で感じていた。


「ミーナ……ミーナはどこへ行った! 彼女がいれば、私は癒やされるはずなのに!」


「ミーナ様は、ルチアーナ様を追いかけて北のグランザード領へ向かわれたとの報告が入っております。……どうやら、あちらで熱心に『悪役令嬢修行』をされているとか」


「修行!? 悪役令嬢の!? 意味が分からん! ミーナは聖女のように優しい乙女だったはずだろう!」


カイルは頭を抱えて叫んだが、返ってくるのは虚しいエコーだけだった。
彼は気づいていなかった。
自分が手放した「悪役」が、実はこの国で最も有能な「救世主」であったことを。
そして、彼が守ろうとした「ヒロイン」が、実は誰よりも「悪役」の強さに憧れていたことを。


一方、グランザード城では。
夕食時、新しくなった釜で炊かれた温かいスープが振る舞われた。
使用人たちは、昨日までとは見違えるような活気で食事を楽しんでいる。


私は食堂の片隅で、その光景を眺めながら小さく息をついた。
隣では、煤だらけになったフェリクス様が、満足げにスープを啜っている。


「ルゥ。お前が来てから、この城が生き返ったようだ」


「まだ始まったばかりですわ。明日は、いよいよこの領地の最大の問題……あの膨大な赤字家計簿を解体しますからね。覚悟しておいてちょうだい」


「ああ。お前となら、どんな地獄の帳簿でも怖くない」


フェリクス様の瞳に、昼間の覇気とは違う、穏やかで熱い光が宿る。
私はそれを直視できず、慌てて残りのスープを飲み干した。


自由なニート生活への道は、さらに遠く、険しいものになりそうだった。
けれど、私の心は、かつてないほど「効率的」な喜びに満たされていたのである。
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