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「はい、次! この予算申請書、目的が『社交の充実』? 却下ですわ! 書き直す暇があるなら、自分の贅肉を削って経費を捻出しなさい!」
王宮の政務棟に、私の怒号が響き渡る。
国王陛下との契約締結から、わずか二十四時間。
私は王宮の全ての窓を開け放ち、淀んだ空気と一緒に、無能な役人たちの意識を叩き直している最中だ。
私の机の横には、信じられないほどの高さまで積まれた「処理済み」の書類が並んでいる。
かつてカイル殿下が数ヶ月かけても終わらせられなかった量を、私は午前中だけで片付けた。
効率。それこそが私の美学であり、最高の攻撃手段なのだ。
「師匠、こちらの部署の裏帳簿も確保いたしましたわ! 賄賂の額を円グラフにまとめましたが、あまりに低レベルな金額で、作成中に鼻で笑ってしまいました!」
ミーナ様が、これまた素晴らしい速さで不正の証拠を叩きつけた。
彼女は今や、不正を見つけると瞳が輝く「公金横領ハンター」と化している。
「よくやったわ、ミーナ様。その担当者は即刻解雇、及び全財産の差し押さえの手続きを。……さて、残りの無能たちは? 私の前に並ぶ覚悟はできていらっしゃるかしら?」
廊下に並んでいた役人たちが、一斉に悲鳴を上げて逃げ出した。
私の「悪役令嬢」としての評判は、今や「王宮に棲まう生ける死神」へと進化を遂げている。
だが、それでいい。恐れられることは、管理を円滑にするための潤滑油のようなものだ。
一通りの嵐が過ぎ去った夕暮れ時。
私は新しく用意された「国家最高顧問室」のバルコニーで、ようやく一息ついていた。
心地よい疲労感が脳を刺激する。
「……随分と派手にやったな、ルゥ。王宮の廊下を歩く役人たちが、皆、亡霊のような顔をしていたぞ」
背後から聞こえた低い声に、私は振り返ることなく微笑んだ。
フェリクス様だ。
彼は私の「私設騎士」としての誓いを立てて以来、影のように私の背後を守ってくれている。
「あら。私はただ、不純物を取り除いただけですわ。これで明日からは、この国の歯車がようやく正しい速度で回り始めますわよ」
「ああ、お前なら一週間でこの国を大陸一の強国に作り変えてしまいそうだな。……だが、ルゥ。仕事の話はここまでだ」
フェリクス様が私の隣に立ち、私の手をそっと取った。
彼の大きな掌の中に、私の指が包まれる。
祭りの夜に感じたあの熱が、再び私の全身を駆け抜けた。
「何かしら、フェリクス様。また筋肉の構造についての追加講義?」
「いいえ。……今日は、これを受け取ってもらいたい」
フェリクス様が懐から取り出したのは、小さな、けれど重厚な輝きを放つ箱だった。
彼がそれを開くと、中には大粒の魔鉱石……グランザード領で採掘された、最高純度の蒼い宝石が嵌められた指輪が収められていた。
「……これは。物理的な資産価値としては、かなりのものですわね」
私は動揺を隠すために、必死に「査定」の言葉を並べた。
だが、フェリクス様の瞳は、どんな宝石よりも強く私を射抜いていた。
「資産価値などどうでもいい。これは、俺の生涯をかけた契約の証だ。……ルゥ。俺の妻になれ。お前の隣で剣を振るう権利を、正式に、永久に、俺に独占させてくれ」
「……フェリクス様。独占契約は、独占禁止法に抵触すると申し上げたはずですが」
「お前が法なら、俺はその法を命がけで執行する守護者になる。……お前を、もう誰の『悪役』にもさせない。俺だけの、愛おしい女性でいてくれ」
心臓が、耳元でうるさいほどに鳴り響く。
論理的思考。合理的判断。
そんなものが、彼の真っ直ぐな言葉の前では、砂の城のように崩れ去っていく。
(……ああ、もう。本当に非効率だわ、この鼓動は)
私はため息をつき、それから彼の手にある指輪に、自分から指を差し出した。
「分かりましたわ。……その契約、謹んで受注させていただきます。ただし、私の生活習慣の管理、並びに一生分の愛の供給。一秒の遅延も許しませんからね?」
「ああ。納期は一生だ。覚悟しておけ」
フェリクス様は私の指に指輪を嵌めると、そのまま私を抱き寄せ、深い接吻を落とした。
夕闇に染まる王宮で、私たちは誰にも邪魔されない、最高の「非効率な時間」を共有した。
私たちの婚約は、翌日の新聞で「最強の悪役令嬢、最強の騎士を配下に置く」という、微妙に事実が歪曲された見出しで報じられることになるのだが。
今の私には、その評判すらも新しい事業の宣伝材料にしか見えていなかった。
王宮の政務棟に、私の怒号が響き渡る。
国王陛下との契約締結から、わずか二十四時間。
私は王宮の全ての窓を開け放ち、淀んだ空気と一緒に、無能な役人たちの意識を叩き直している最中だ。
私の机の横には、信じられないほどの高さまで積まれた「処理済み」の書類が並んでいる。
かつてカイル殿下が数ヶ月かけても終わらせられなかった量を、私は午前中だけで片付けた。
効率。それこそが私の美学であり、最高の攻撃手段なのだ。
「師匠、こちらの部署の裏帳簿も確保いたしましたわ! 賄賂の額を円グラフにまとめましたが、あまりに低レベルな金額で、作成中に鼻で笑ってしまいました!」
ミーナ様が、これまた素晴らしい速さで不正の証拠を叩きつけた。
彼女は今や、不正を見つけると瞳が輝く「公金横領ハンター」と化している。
「よくやったわ、ミーナ様。その担当者は即刻解雇、及び全財産の差し押さえの手続きを。……さて、残りの無能たちは? 私の前に並ぶ覚悟はできていらっしゃるかしら?」
廊下に並んでいた役人たちが、一斉に悲鳴を上げて逃げ出した。
私の「悪役令嬢」としての評判は、今や「王宮に棲まう生ける死神」へと進化を遂げている。
だが、それでいい。恐れられることは、管理を円滑にするための潤滑油のようなものだ。
一通りの嵐が過ぎ去った夕暮れ時。
私は新しく用意された「国家最高顧問室」のバルコニーで、ようやく一息ついていた。
心地よい疲労感が脳を刺激する。
「……随分と派手にやったな、ルゥ。王宮の廊下を歩く役人たちが、皆、亡霊のような顔をしていたぞ」
背後から聞こえた低い声に、私は振り返ることなく微笑んだ。
フェリクス様だ。
彼は私の「私設騎士」としての誓いを立てて以来、影のように私の背後を守ってくれている。
「あら。私はただ、不純物を取り除いただけですわ。これで明日からは、この国の歯車がようやく正しい速度で回り始めますわよ」
「ああ、お前なら一週間でこの国を大陸一の強国に作り変えてしまいそうだな。……だが、ルゥ。仕事の話はここまでだ」
フェリクス様が私の隣に立ち、私の手をそっと取った。
彼の大きな掌の中に、私の指が包まれる。
祭りの夜に感じたあの熱が、再び私の全身を駆け抜けた。
「何かしら、フェリクス様。また筋肉の構造についての追加講義?」
「いいえ。……今日は、これを受け取ってもらいたい」
フェリクス様が懐から取り出したのは、小さな、けれど重厚な輝きを放つ箱だった。
彼がそれを開くと、中には大粒の魔鉱石……グランザード領で採掘された、最高純度の蒼い宝石が嵌められた指輪が収められていた。
「……これは。物理的な資産価値としては、かなりのものですわね」
私は動揺を隠すために、必死に「査定」の言葉を並べた。
だが、フェリクス様の瞳は、どんな宝石よりも強く私を射抜いていた。
「資産価値などどうでもいい。これは、俺の生涯をかけた契約の証だ。……ルゥ。俺の妻になれ。お前の隣で剣を振るう権利を、正式に、永久に、俺に独占させてくれ」
「……フェリクス様。独占契約は、独占禁止法に抵触すると申し上げたはずですが」
「お前が法なら、俺はその法を命がけで執行する守護者になる。……お前を、もう誰の『悪役』にもさせない。俺だけの、愛おしい女性でいてくれ」
心臓が、耳元でうるさいほどに鳴り響く。
論理的思考。合理的判断。
そんなものが、彼の真っ直ぐな言葉の前では、砂の城のように崩れ去っていく。
(……ああ、もう。本当に非効率だわ、この鼓動は)
私はため息をつき、それから彼の手にある指輪に、自分から指を差し出した。
「分かりましたわ。……その契約、謹んで受注させていただきます。ただし、私の生活習慣の管理、並びに一生分の愛の供給。一秒の遅延も許しませんからね?」
「ああ。納期は一生だ。覚悟しておけ」
フェリクス様は私の指に指輪を嵌めると、そのまま私を抱き寄せ、深い接吻を落とした。
夕闇に染まる王宮で、私たちは誰にも邪魔されない、最高の「非効率な時間」を共有した。
私たちの婚約は、翌日の新聞で「最強の悪役令嬢、最強の騎士を配下に置く」という、微妙に事実が歪曲された見出しで報じられることになるのだが。
今の私には、その評判すらも新しい事業の宣伝材料にしか見えていなかった。
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