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王都の正門前には、前代未聞の光景が広がっていた。
追放される令嬢を見送るにしては、あまりにも荷馬車の数が多い。
しかも、その馬車からは「ニャー」「フギャー」という、およそ貴族の旅路には似つかわしくない大合唱が響き渡っている。
「お嬢様、本当に行くのですね……。四十二匹の猫様と共に……」
侍女のアンナが、遠い目をして猫専用馬車を見上げた。
馬車の中は、私が徹夜で設計図を引いた「多機能猫マンション」仕様になっている。
ふかふかのクッション、爪研ぎ用の柱、そして揺れを吸収する特製サスペンション完備だ。
「ええ。見てちょうだい、アンナ。ミケもクロも、新しい旅立ちに胸を躍らせているわ。……あ、ミケ! そこはクロの指定席よ、喧嘩しちゃダメ」
私は馬車の窓から顔を出し、一匹ずつに声をかける。
周囲で見守る兵士たちは、もはや同情を通り越して「関わりたくない」という顔で私を避けていた。
「ロゼル、達者でな。……たまには手紙を書くんだぞ。猫の写真同封でな」
見送りに来た父、オーシュ侯爵が、こっそりと私の手に「猫のおやつ代」と書かれた分厚い封筒を握らせてくれた。
実はお父様も隠れ猫好きだったことを、私はこの時初めて知った。
「お父様、ありがとうございます! 山猫の生写真、期待していてくださいませ!」
私は高らかに宣言し、御者に合図を送った。
四十二匹の猫と一人の変態、もとい、愛猫家を乗せた馬車隊が、ゆっくりと王都を離れていく。
私の心は、まだ見ぬ辺境の「もふもふ」たちへの期待で、春の陽だまりのように温かかった。
一方その頃。王宮の美しい庭園では、ウィルフリード殿下とマリア様が優雅なティータイムを楽しんでいた。
「ようやく静かになったな、マリア。あの不気味な女がいなくなって、王宮の空気も清々しい」
殿下が満足げに紅茶を啜る。
マリア様も、扇をパタパタとさせながら、可憐な笑みを浮かべた。
「本当ですわ、殿下。あの方、いつも服のどこかに猫の毛をつけていらして……。汚らしいったらありませんでしたわ。これで私のドレスが汚れる心配もありません」
「ああ。君のような美しい花には、あの野良猫どもの鳴き声は相応しくない。これからは二人で、理想の王宮を作っていこうじゃないか」
二人が甘いムードに浸っていた、その時だった。
テーブルの上に置かれた、特製のマカロンが盛られた皿。
その影から、チョロリと茶色の長い尻尾が覗いた。
「……あら? 殿下、あそこに何か紐のようなものが……」
マリア様が指を差した瞬間、マカロンの山が崩れた。
中から飛び出してきたのは、丸々と太った大きなドブネズミだった。
「ギギッ!!」
「キャ、キャアアアアアアアアアアア!!」
マリア様が椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、絶叫する。
ネズミはマリア様の足元を素早く駆け抜け、今度はウィルフリード殿下のズボンの裾に飛び込んだ。
「うわあああ!? な、なんだ、何なんだこれは! 衛兵! 衛兵を呼べ!」
殿下が情けない声を上げて、テーブルの上でダンスを踊り始める。
しかし、異変はそれだけでは終わらなかった。
庭の植え込みから、床下から、天井の隙間から。
今まで猫たちの気配に怯えて隠れていたネズミたちが、天敵がいなくなったことを察知し、一斉に活動を開始したのである。
「あっちにも! こっちにも! 殿下、ネズミだらけですわ!」
「マリア、落ち着け! ……ひいいっ、私のマカロンがああ!」
王宮の静寂は、阿鼻叫喚の地獄絵図へと一変した。
これまでロゼルが個人的に餌付けをし、管理していた四十二匹の猫たちは、ただの「愛玩動物」ではなかったのだ。
彼らは王宮の生態系を維持し、ネズミの増殖を食い止めていた「影の守護神」だったのである。
騒ぎを聞きつけて駆けつけた書記官が、真っ青な顔で報告を読み上げる。
「で、殿下! 大変です! 食糧庫にネズミが侵入し、今夜の晩餐会の食材が全滅いたしました! さらに、重要書類の保管庫でも被害が……!」
「なぜだ! なぜ急にこんなことになった!」
殿下が叫ぶが、その答えは明白だった。
「……ロゼル様が連れて行かれた猫たちが、いなくなったからです。彼らは毎日、交代で王宮内を見回っていたようでして。……まさに『猫の手を借りていた』状態だったのですな」
書記官の冷静な分析に、殿下は言葉を失った。
マリア様はネズミのあまりの多さに、白目を剥いて失神しかけている。
「あ……あんな女、すぐに呼び戻せ! 猫を戻せばいいんだろう!」
「それが……。ロゼル様はすでに王都の結界を越え、ヴァルカ領への街道に入られました。さらに、先ほど交わした合意書には『猫の所有権は永久にロゼルに帰属する』と明記されております……」
「……っ!!」
ウィルフリード殿下の後悔の叫びが、ネズミの鳴き声にかき消されていく。
一方、のんびりと馬車に揺られる私は、窓の外を眺めて微笑んでいた。
「ふふ、なんだか背中が温かいわ。きっと王宮のみんなが、私の出発を寂しがっているのね」
私の膝の上で、ミケが満足げに喉を鳴らした。
本当の恐怖が始まったばかりの王宮のことなど、露ほども知らない私は、ただ愛しい猫の耳の付け根を、優しく撫で続けるのだった。
追放される令嬢を見送るにしては、あまりにも荷馬車の数が多い。
しかも、その馬車からは「ニャー」「フギャー」という、およそ貴族の旅路には似つかわしくない大合唱が響き渡っている。
「お嬢様、本当に行くのですね……。四十二匹の猫様と共に……」
侍女のアンナが、遠い目をして猫専用馬車を見上げた。
馬車の中は、私が徹夜で設計図を引いた「多機能猫マンション」仕様になっている。
ふかふかのクッション、爪研ぎ用の柱、そして揺れを吸収する特製サスペンション完備だ。
「ええ。見てちょうだい、アンナ。ミケもクロも、新しい旅立ちに胸を躍らせているわ。……あ、ミケ! そこはクロの指定席よ、喧嘩しちゃダメ」
私は馬車の窓から顔を出し、一匹ずつに声をかける。
周囲で見守る兵士たちは、もはや同情を通り越して「関わりたくない」という顔で私を避けていた。
「ロゼル、達者でな。……たまには手紙を書くんだぞ。猫の写真同封でな」
見送りに来た父、オーシュ侯爵が、こっそりと私の手に「猫のおやつ代」と書かれた分厚い封筒を握らせてくれた。
実はお父様も隠れ猫好きだったことを、私はこの時初めて知った。
「お父様、ありがとうございます! 山猫の生写真、期待していてくださいませ!」
私は高らかに宣言し、御者に合図を送った。
四十二匹の猫と一人の変態、もとい、愛猫家を乗せた馬車隊が、ゆっくりと王都を離れていく。
私の心は、まだ見ぬ辺境の「もふもふ」たちへの期待で、春の陽だまりのように温かかった。
一方その頃。王宮の美しい庭園では、ウィルフリード殿下とマリア様が優雅なティータイムを楽しんでいた。
「ようやく静かになったな、マリア。あの不気味な女がいなくなって、王宮の空気も清々しい」
殿下が満足げに紅茶を啜る。
マリア様も、扇をパタパタとさせながら、可憐な笑みを浮かべた。
「本当ですわ、殿下。あの方、いつも服のどこかに猫の毛をつけていらして……。汚らしいったらありませんでしたわ。これで私のドレスが汚れる心配もありません」
「ああ。君のような美しい花には、あの野良猫どもの鳴き声は相応しくない。これからは二人で、理想の王宮を作っていこうじゃないか」
二人が甘いムードに浸っていた、その時だった。
テーブルの上に置かれた、特製のマカロンが盛られた皿。
その影から、チョロリと茶色の長い尻尾が覗いた。
「……あら? 殿下、あそこに何か紐のようなものが……」
マリア様が指を差した瞬間、マカロンの山が崩れた。
中から飛び出してきたのは、丸々と太った大きなドブネズミだった。
「ギギッ!!」
「キャ、キャアアアアアアアアアアア!!」
マリア様が椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、絶叫する。
ネズミはマリア様の足元を素早く駆け抜け、今度はウィルフリード殿下のズボンの裾に飛び込んだ。
「うわあああ!? な、なんだ、何なんだこれは! 衛兵! 衛兵を呼べ!」
殿下が情けない声を上げて、テーブルの上でダンスを踊り始める。
しかし、異変はそれだけでは終わらなかった。
庭の植え込みから、床下から、天井の隙間から。
今まで猫たちの気配に怯えて隠れていたネズミたちが、天敵がいなくなったことを察知し、一斉に活動を開始したのである。
「あっちにも! こっちにも! 殿下、ネズミだらけですわ!」
「マリア、落ち着け! ……ひいいっ、私のマカロンがああ!」
王宮の静寂は、阿鼻叫喚の地獄絵図へと一変した。
これまでロゼルが個人的に餌付けをし、管理していた四十二匹の猫たちは、ただの「愛玩動物」ではなかったのだ。
彼らは王宮の生態系を維持し、ネズミの増殖を食い止めていた「影の守護神」だったのである。
騒ぎを聞きつけて駆けつけた書記官が、真っ青な顔で報告を読み上げる。
「で、殿下! 大変です! 食糧庫にネズミが侵入し、今夜の晩餐会の食材が全滅いたしました! さらに、重要書類の保管庫でも被害が……!」
「なぜだ! なぜ急にこんなことになった!」
殿下が叫ぶが、その答えは明白だった。
「……ロゼル様が連れて行かれた猫たちが、いなくなったからです。彼らは毎日、交代で王宮内を見回っていたようでして。……まさに『猫の手を借りていた』状態だったのですな」
書記官の冷静な分析に、殿下は言葉を失った。
マリア様はネズミのあまりの多さに、白目を剥いて失神しかけている。
「あ……あんな女、すぐに呼び戻せ! 猫を戻せばいいんだろう!」
「それが……。ロゼル様はすでに王都の結界を越え、ヴァルカ領への街道に入られました。さらに、先ほど交わした合意書には『猫の所有権は永久にロゼルに帰属する』と明記されております……」
「……っ!!」
ウィルフリード殿下の後悔の叫びが、ネズミの鳴き声にかき消されていく。
一方、のんびりと馬車に揺られる私は、窓の外を眺めて微笑んでいた。
「ふふ、なんだか背中が温かいわ。きっと王宮のみんなが、私の出発を寂しがっているのね」
私の膝の上で、ミケが満足げに喉を鳴らした。
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