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静寂が支配する街道に、場違いな「ミャウ」という甘い鳴き声が響き渡った。
「氷の公爵」と呼ばれ、恐れられるレオナール様の顔が、一瞬にして土気色になるのを私は見逃さなかった。
「公爵様、隠しても無駄ですわ。私の鼻は、半径百メートルの猫の気配を察知する『もふもふレーダー』を搭載しておりますの」
私はズイ、と不敬も顧みず距離を詰めた。
騎士たちが「公爵様に近づくな!」と剣をガチャつかせるが、今の私には彼らなど背景の岩山と同じだ。
「……黙れ。これは、その、領内の治安維持のために一時的に収容しているだけで……」
レオナール様が苦し紛れにマントを押さえるが、中からはさらに「ミャー!」「フミャー!」と元気な抗議の声が上がる。
ついに観念したのか、彼がゆっくりとマントの合わせ目を開いた。
そこには、彼の胸元にしがみつくようにして入っていた、生後二ヶ月ほどの小さな虎猫がいた。
しかも一匹ではない。もう片方の懐からは、白黒のぶち猫が顔を出している。
「なんてこと……! そんな至近距離で、二匹同時に抱っこ……いえ、格納していらっしゃるなんて!」
私は衝撃のあまり、その場に膝をつきそうになった。
王都の冷徹な第一王子とは対照的に、この男は何という徳の高いことをしているのだろうか。
「勘違いするな。この者たちが勝手に俺の馬に飛び乗り、マントの中に潜り込んできたのだ。振り払おうとしたが、爪を立てて離れないゆえ、仕方がなく……」
レオナール様は冷ややかな表情を崩さないまま、ぶち猫の頭を無意識に指先でツンツンと突いた。
その指の動き、間違いなく慣れている。
「公爵様。嘘をおっしゃいな。その猫様の喉の鳴らし方……それは完全に『この人間は安全な暖房器具だ』と認識している証拠ですわよ」
私は立ち上がり、ふふんと鼻を鳴らした。
「それに、先ほどから気になっていたのですが……。貴方、ものすごく『猫を引き寄せる香り』がいたしますわね。マタタビを煎じて浴びていらっしゃるの?」
「なっ……馬鹿なことを言うな! 俺は風呂を欠かしたことはない!」
レオナール様が初めて声を荒らげた。
だが、その時である。
私の後ろにいた「多機能猫マンション」馬車の扉が、中からの圧力に耐えかねて、カチャリと開いたのだ。
「あ、ミケ! ダメよ、今はまだ……!」
私の制止も虚しく、馬車から溢れ出したのは、王宮からスカウトしてきた精鋭たち。
三毛猫のミケを筆頭に、黒猫のクロ、サバトラの銀次、総勢四十二匹の猫たちが、一斉にレオナール様に向かって突撃を開始した。
「な、なんだ!? 猫の絨毯が迫ってくるぞ!」
「防衛陣形を組め! いや、しかし相手は猫だ、斬るわけにはいかん!」
騎士たちがパニックに陥る中、猫たちは馬の脚を器用にすり抜け、レオナール様の乗る黒馬の周囲に集結した。
そして、信じられないことに、彼らは一斉に「ゴロゴロ」と雷のような喉鳴らしを始めたのである。
「……おい。貴様の猫どもをどうにかしろ。俺の馬が困惑している」
レオナール様の顔は、もはや氷を通り越して無表情の極みに達していた。
彼の足元では、クロが馬の脚にスリスリと体をこすりつけ、ミケはレオナール様のブーツの上に堂々と座り込んでいる。
「無理ですわ。彼らは今、貴方という『巨大なマタタビの化身』に魂を奪われているのですから。公爵様、貴方はもしや……生まれついての『猫に愛されすぎる体質』ではございませんか?」
私は確信を持って指摘した。
レオナール様は大きなため息をつき、天を仰いだ。
「……その通りだ。物心ついた時から、俺の行く先々には猫が集まる。隠密行動をしようにも、猫の群れに居場所をバラされ、威厳を保とうとしても、肩に猫が乗る。この体質のせいで、俺がどれほど苦労してきたか……」
「なんて素晴らしい呪い……いえ、ギフトですの!」
私は目を輝かせた。
王都では「氷の公爵」などと呼ばれて恐れられているが、実態は「歩く猫ホイッテル」ではないか。
「ロゼル・オーシュ。貴様、俺を笑いに来たのか?」
レオナール様が射抜くような視線を向けてくる。
だが、その視線の先では、懐の虎猫が彼の顎をペロペロと舐めていた。説得力ゼロである。
「笑うだなんてとんでもない! 私は貴方を尊敬いたしましたわ! さあ、レオナール様。立ち話も何ですから、早く貴方の城へ参りましょう。私の四十二匹と、貴方の懐の二匹、計四十四匹の親睦会を開かなければなりませんもの!」
「……俺がいつ、貴様を城へ入れると言った」
「あら、行かないとこの猫たちが道を退きませんわよ? ほら、ミケもあんなにやる気満々ですわ」
「ミャーオ(ついていくぞ)」
ミケのひと鳴きに、レオナール様はついに肩の力を抜いた。
「……チッ。勝手にしろ。ただし、城の中を毛だらけにしたら、すぐに追い出すからな」
「もちろんですわ! 最高級の粘着ローラーを持参しておりますもの!」
こうして、追放されたはずの私は、なぜか「氷の公爵」自らのエスコート(という名の猫の群れの誘導)を受けながら、彼の居城へと向かうことになった。
レオナール様の背中を見つめながら、私は確信していた。
この辺境の地で、私の「もふもふライフ」は、想像を絶する次元へと突入することを。
「氷の公爵」と呼ばれ、恐れられるレオナール様の顔が、一瞬にして土気色になるのを私は見逃さなかった。
「公爵様、隠しても無駄ですわ。私の鼻は、半径百メートルの猫の気配を察知する『もふもふレーダー』を搭載しておりますの」
私はズイ、と不敬も顧みず距離を詰めた。
騎士たちが「公爵様に近づくな!」と剣をガチャつかせるが、今の私には彼らなど背景の岩山と同じだ。
「……黙れ。これは、その、領内の治安維持のために一時的に収容しているだけで……」
レオナール様が苦し紛れにマントを押さえるが、中からはさらに「ミャー!」「フミャー!」と元気な抗議の声が上がる。
ついに観念したのか、彼がゆっくりとマントの合わせ目を開いた。
そこには、彼の胸元にしがみつくようにして入っていた、生後二ヶ月ほどの小さな虎猫がいた。
しかも一匹ではない。もう片方の懐からは、白黒のぶち猫が顔を出している。
「なんてこと……! そんな至近距離で、二匹同時に抱っこ……いえ、格納していらっしゃるなんて!」
私は衝撃のあまり、その場に膝をつきそうになった。
王都の冷徹な第一王子とは対照的に、この男は何という徳の高いことをしているのだろうか。
「勘違いするな。この者たちが勝手に俺の馬に飛び乗り、マントの中に潜り込んできたのだ。振り払おうとしたが、爪を立てて離れないゆえ、仕方がなく……」
レオナール様は冷ややかな表情を崩さないまま、ぶち猫の頭を無意識に指先でツンツンと突いた。
その指の動き、間違いなく慣れている。
「公爵様。嘘をおっしゃいな。その猫様の喉の鳴らし方……それは完全に『この人間は安全な暖房器具だ』と認識している証拠ですわよ」
私は立ち上がり、ふふんと鼻を鳴らした。
「それに、先ほどから気になっていたのですが……。貴方、ものすごく『猫を引き寄せる香り』がいたしますわね。マタタビを煎じて浴びていらっしゃるの?」
「なっ……馬鹿なことを言うな! 俺は風呂を欠かしたことはない!」
レオナール様が初めて声を荒らげた。
だが、その時である。
私の後ろにいた「多機能猫マンション」馬車の扉が、中からの圧力に耐えかねて、カチャリと開いたのだ。
「あ、ミケ! ダメよ、今はまだ……!」
私の制止も虚しく、馬車から溢れ出したのは、王宮からスカウトしてきた精鋭たち。
三毛猫のミケを筆頭に、黒猫のクロ、サバトラの銀次、総勢四十二匹の猫たちが、一斉にレオナール様に向かって突撃を開始した。
「な、なんだ!? 猫の絨毯が迫ってくるぞ!」
「防衛陣形を組め! いや、しかし相手は猫だ、斬るわけにはいかん!」
騎士たちがパニックに陥る中、猫たちは馬の脚を器用にすり抜け、レオナール様の乗る黒馬の周囲に集結した。
そして、信じられないことに、彼らは一斉に「ゴロゴロ」と雷のような喉鳴らしを始めたのである。
「……おい。貴様の猫どもをどうにかしろ。俺の馬が困惑している」
レオナール様の顔は、もはや氷を通り越して無表情の極みに達していた。
彼の足元では、クロが馬の脚にスリスリと体をこすりつけ、ミケはレオナール様のブーツの上に堂々と座り込んでいる。
「無理ですわ。彼らは今、貴方という『巨大なマタタビの化身』に魂を奪われているのですから。公爵様、貴方はもしや……生まれついての『猫に愛されすぎる体質』ではございませんか?」
私は確信を持って指摘した。
レオナール様は大きなため息をつき、天を仰いだ。
「……その通りだ。物心ついた時から、俺の行く先々には猫が集まる。隠密行動をしようにも、猫の群れに居場所をバラされ、威厳を保とうとしても、肩に猫が乗る。この体質のせいで、俺がどれほど苦労してきたか……」
「なんて素晴らしい呪い……いえ、ギフトですの!」
私は目を輝かせた。
王都では「氷の公爵」などと呼ばれて恐れられているが、実態は「歩く猫ホイッテル」ではないか。
「ロゼル・オーシュ。貴様、俺を笑いに来たのか?」
レオナール様が射抜くような視線を向けてくる。
だが、その視線の先では、懐の虎猫が彼の顎をペロペロと舐めていた。説得力ゼロである。
「笑うだなんてとんでもない! 私は貴方を尊敬いたしましたわ! さあ、レオナール様。立ち話も何ですから、早く貴方の城へ参りましょう。私の四十二匹と、貴方の懐の二匹、計四十四匹の親睦会を開かなければなりませんもの!」
「……俺がいつ、貴様を城へ入れると言った」
「あら、行かないとこの猫たちが道を退きませんわよ? ほら、ミケもあんなにやる気満々ですわ」
「ミャーオ(ついていくぞ)」
ミケのひと鳴きに、レオナール様はついに肩の力を抜いた。
「……チッ。勝手にしろ。ただし、城の中を毛だらけにしたら、すぐに追い出すからな」
「もちろんですわ! 最高級の粘着ローラーを持参しておりますもの!」
こうして、追放されたはずの私は、なぜか「氷の公爵」自らのエスコート(という名の猫の群れの誘導)を受けながら、彼の居城へと向かうことになった。
レオナール様の背中を見つめながら、私は確信していた。
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