婚約破棄?どうぞ。私はもふもふの国へ参りますわ!

どんぶり

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ヴァルカ城に運び込まれた私の荷物は、その九割が猫用品だった。


「お嬢様、この大量の木材と大工道具はどうされるおつもりで?」


アンナが呆れ果てた顔で、山積みの資材を指差す。

私は腕まくりをして、公爵から貸し与えられた(というより押し入った)広大な客室の真ん中で胸を張った。


「決まっているじゃない。ここを猫たちの『聖域(サンクチュアリ)』に改造するのよ。まずはこの殺風景な壁にキャットウォークを設置して、あの高い窓からも外の景色が見えるようにしてあげないと」


「ここは公爵家のお城ですよ? 勝手に壁に釘を打ったりしたら、それこそ今度こそ首が飛びますわ」


「大丈夫よ。レオナール様は猫を振り払えないお方。猫様が望んでいると言えば、あの氷の瞳も少しは緩むはずだわ」


私は早速、金槌を手にして作業を開始した。

王都での王妃教育よりも、建築学と猫工学(自称)に心血を注いできた私の腕前を侮ってはいけない。


数時間後。

様子を見に来たレオナール様が、部屋の扉を開けた瞬間に絶句した。


「……貴様、何をしている」


「あら、公爵様。ちょうど良いところに。この柱の強度が少し足りない気がするのですが、貴方のその騎士らしい逞しい腕で、ちょっと押さえていてくださらない?」


レオナール様が見上げた先には、優雅な石造りの壁を縦横無尽に駆け巡る、真新しい木製の通路。

さらに、天井からはいくつもの麻紐が垂れ下がり、その先にはお手製の羽飾りが揺れている。


「……俺の城の、由緒正しき客間が、巨大な鳥籠のようになっているのだが。いや、これは猫籠か?」


「違いますわ。アトラクション施設です。ほら見てください、クロが一番高い場所にある棚で、公爵様を見下ろして満足げにしていますわよ」


レオナール様が視線を上げると、そこには黒猫のクロが、公爵の頭を「愚かな人間め」と言いたげな冷ややかな目で見守っていた。


「……なぜ、猫にまで見下されなければならないのだ」


「それが猫という生き物ですもの。あ、公爵様。そのマント、ちょっと脱いでいただけます? 猫たちが爪を研ぎたがっていて……」


「断る! これは先祖代々伝わる儀式用のマントだぞ!」


レオナール様はマントを死守するように身を引いたが、その拍子に足元にいたミケが彼のズボンの裾を登り始めた。


「ミ、ミケ! やめろ、それは特注の……っ! ああ、糸が、糸が引き出されていく……」


「まあ、ミケったら。公爵様を木登り用の大樹だと思っているのね。なんて光栄なことでしょう! 公爵様、そのままじっとしていてください。動くとミケが落ちて怪我をしてしまいますわ」


「俺のズボンより猫の安全か!?」


レオナール様は悲鳴のような声を上げたが、結局ミケが満足して降りるまで、彫像のように動かずに耐えていた。

その不器用な優しさに、私の胸はキュンと……いや、ギュンギュンと音を立てて高鳴る。


「……ふぅ。ロゼル・オーシュ。貴様をこの城に入れたのは間違いだったかもしれない」


ようやく解放されたレオナール様が、ボロボロになったズボンの裾を見つめて肩を落とす。


「そんな寂しいことをおっしゃらないで。公爵様、貴方のその『マタタビ体質』のおかげで、城の外にいた地元の野良猫たちも、続々と玄関ホールに集結していますわよ」


「何だと?」


慌ててレオナール様が廊下に出ると、そこには王都組の四十二匹に加え、どこからともなく集まった辺境の逞しい猫たちが、十数匹ほど行儀よく座って主(マタタビ)の登場を待っていた。


「……ヒッ。増えている。確実に増えているぞ」


「辺境の猫様たちは、毛並みがワイルドで素敵ですわね! さあ、レオナール様。リーダーとして、彼らに歓迎の挨拶をお願いします」


「俺は猫の王になった覚えはない!」


そう叫びつつも、レオナール様は自分にすり寄ってくる猫たちを蹴飛ばすこともできず、むしろ踏まないように細心の注意を払いながら、抜き足差し足で自室へと逃げ帰っていった。


その背中を見送りながら、私は深く頷いた。


「見ましたか、アンナ。あの公爵様の、猫に対する圧倒的な敗北感。……これこそが愛ですわ」


「いいえ、お嬢様。あれはただの『絶望』ですわよ」


アンナの冷静なツッコミも、今の私には心地よい BGM でしかない。


私は再び金槌を手に取った。

このヴァルカ城を、世界一の猫屋敷にする。

それが、追放された悪役令嬢としての、私の新たなる使命なのだから。
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