婚約破棄?どうぞ。私はもふもふの国へ参りますわ!

どんぶり

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ヴァルカ城の重厚な門を叩く、喧しい蹄の音と犬の遠吠えが響き渡った。


平和な「もふもふ」の静寂を破るその音に、私の愛猫アンテナがピンと跳ね上がる。


「……この、野性味溢れるワンワンという鳴き声。猫様の優雅なソプラノとは対極にある、あの暑苦しいエネルギーは一体何かしら?」


私が窓から顔を出すと、そこには派手な真紅のマントを翻した青年貴族が、大型の猟犬を引き連れて立っていた。


「レオナール! 息災か、我が友よ! 貴様の城が猫の巣窟になったと聞いて、この『犬派の守護聖人』ローランド・カスティルが救いに来たぞ!」


「……頼んでいない。帰れ、ローランド」


執務室の窓からレオナール様が顔を出し、心底嫌そうに吐き捨てた。

どうやらお二人は旧知の仲のようだが、属性が絶望的に合わないらしい。


数分後、応接室にて。

ローランド伯爵は、連れてきたゴールデン・レトリバーのような猟犬「レックス」を足元に座らせ、自信満々に胸を張った。


「聞いたぞ、レオナール。王都を追放された悪女を囲い、城を毛だらけにしているそうだな。どうだ、このレックスの賢さを! 『待て』と言えば、一時間でも待つ。猫にそんな真似ができるか?」


「ローランド様。一つ訂正させていただきますわ」


私はレオナール様の隣に立ち、扇を突きつけて遮った。


「私は囲われているのではなく、この地を聖域に改造するために自らの意思で滞在しているのです。そして猫様が『待て』をしないのは、彼らが『待たせる側』の存在だからですわ」


「何だと? この女が、あの噂のロゼルか。……ふん、猫派というのはこれだから困る。従順さ、忠誠心、そして主人のために命を懸ける熱き魂! それこそが動物との真の絆ではないか!」


ローランド様が熱っぽく語る。レックスも同調するように「バフッ!」と力強く吠えた。


「忠誠心? そんなものは契約関係に過ぎませんわ。猫様が気まぐれに隣に座ってくださる、その一瞬の奇跡。無償の愛ではなく、無関心の中にある『容認』! それこそが究極の贅沢であることをご存じないの?」


「贅沢だと!? 呼びかけても無視され、爪を立てられ、気まぐれに去っていく。そんなものは主従関係の崩壊だ! 犬は呼べば来る! 尻尾を振って喜ぶ!」


「それが暑苦しいと言うのですわ! 猫様は、目が合っただけで『今日も存在を許してあげるわ』という慈悲深い視線をくださいます。その適度な距離感こそが、現代社会に必要な癒やしなのです!」


私たちは、レオナール様を置き去りにして、激しい「犬猫論争」に突入した。


「いいか、レックスのこの筋肉を見ろ! 共に走り、共に狩りをする。これぞ真の相棒だ!」


「ミケのこの柔らかい脂肪(おにく)を見てくださいな! 共に眠り、共に怠惰を貪る。これぞ真の救済ですわ!」


「犬は家を守る!」


「猫は心を洗う!」


「ぐぬぬ……! この女、一歩も引かぬか!」


ローランド様が額に青筋を立ててレックスの頭を撫で回す。

すると、それまで黙ってやり取りを見ていたレオナール様が、ふぅと大きなため息をついた。


「……お前たち、いい加減にしろ。ローランド、お前もだ。犬の自慢をしたいなら、他所でやれ」


その時、レオナール様の肩に、昼寝から目覚めたクロがヒョイと飛び乗った。

さらに、足元からは三匹の子猫が這い上がってくる。


「な、何だその状況は!? レオナール、貴様、本当に猫の木になっているのか……?」


ローランド様が驚愕してレックスの手綱を離した。

自由になったレックスは、レオナール様から漂う「極上のマタタビ臭」に興味を惹かれたのか、クンクンと鼻を鳴らして近づいていく。


「ワン!(いい匂い!)」


「……ひっ。やめろ、来るな! 猫だけじゃなく犬まで寄ってくるのか!」


「レックス、戻れ! ……ああっ、レックスまでレオナールの尻を追いかけている!」


カオスである。

猫たちは犬の登場に毛を逆立て、レオナール様を盾にするように威嚇し、犬は遊んでほしくて尻尾をブンブンと振り回し、レオナール様は完全にキャパシティオーバーで白目を剥きかけている。


「ご覧なさい、ローランド様! 犬派の貴方の愛犬でさえ、公爵様という『もふもふの神』に膝を屈しているではありませんか!」


「認めん! これは単なるレオナールの体質のバグだ! レックス、目を覚ませ!」


「公爵様、そのままですわ! 今、猫と犬が公爵様を中心に円陣を組む、歴史的な『もふもふ合体図』をキャンバスに残さなければ!」


私は急いで画材を取りに走り出した。


「……ロゼル! 絵を描く前にこの犬をどうにかしろ! 猫たちが俺の頭の上で爪を立てているんだ!」


レオナール様の悲鳴が響く中、カスティル伯爵は「犬が負けるはずがない……」と膝をつき、レックスはレオナール様の手に渾身の「お手」を決めていた。


犬派と猫派。

相容れない二つの派閥による戦いは、結局、レオナール様の圧倒的な「動物引き寄せ能力」の前に、誰も勝てないという結論で幕を閉じた。


「……ふん。今日のところは引き下がってやる。だがロゼル! 次は全土から最高に可愛い子犬を集めて、貴様の猫愛を粉砕してやるからな!」


捨て台詞を残して去っていくローランド様とレックス。


私はそれを見送りながら、満足げに鼻を鳴らした。


「子犬? 望むところですわ。すべて猫様に懐柔して、猫のしもべに変えて差し上げますわよ!」


「……頼むから、もうこれ以上生き物を増やさないでくれ……」


ぐったりと座り込むレオナール様の膝に、追い打ちをかけるように五匹の猫が雪崩れ込んだ。


辺境の地は、今日も平和(?)な鳴き声に包まれている。
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