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猫カフェの初日を終え、心地よい疲れと共に城へ戻った私を待っていたのは、見覚えのある黄金の紋章が刻まれた豪華な馬車だった。
王都から遣わされたその馬車からは、香水をこれでもかと振りかけた、いかにも高慢そうな文官が降りてきた。
「ロゼル・オーシュ! 殿下からの寛大なる慈悲を伝えに参ったぞ。有り難く拝聴するがいい!」
文官が仰々しく巻物を広げる。
私は、マントの裏に潜り込もうとする子猫をあやしながら、冷めた視線を送った。
「慈悲、ですか。昨夜、クロが殿下の手紙をバラバラに噛み砕いたばかりですのに。まだ何か言い残したことがおありで?」
「……っ! 貴様、不敬だぞ! いいか、殿下は仰せだ。『王宮のネズミ被害を食い止めるため、ロゼルを「王宮害獣対策特別顧問」として呼び戻してやる。猫たちも特別に同伴を許可する』とな!」
文官の声が、静かな城の玄関ホールに響き渡る。
顧問。聞こえはいいが、要するに「猫と一緒に戻ってきて掃除をしろ」ということだ。
「お断りいたしますわ。私は今、ここヴァルカ領での『もふもふ新生活』に大変忙しいのです。ネズミの相手をしている暇などございません」
「な、何だと!? これは王命に準ずる命令なのだぞ! 戻れば貴様の罪(?)も全て帳消しにし、再び殿下の側近として……」
「罪など、身に覚えがありませんわ。それに、殿下の側近? 猫様の肉球を揉む仕事よりも価値のある地位が、この世にあるとお思いで?」
私が鼻で笑うと、文官の顔が怒りで真っ赤に染まった。
そこへ、廊下の奥から「猫の絨毯」を引き連れたレオナール様が現れた。
「……やかましいぞ。俺の領地で、我が客人に無礼な圧力をかけるのはやめてもらおうか」
レオナール様の冷徹な声に、文官がヒッと短く悲鳴を上げた。
だが、レオナール様の首筋には現在、寝ぼけた白猫がマフラーのように巻き付いている。威圧感があるのかないのか、非常に判断に迷う姿だ。
「レ、レオナール辺境伯! これは殿下のご意志ですぞ! 王宮は今、ネズミによって国家存亡の危機に……っ!」
「知ったことか。自業自得という言葉を、殿下に教えて差し上げろ。ロゼルは、俺の……俺の領地の、大切な『猫担当官』だ。渡すつもりはない」
「公爵様……! 今、『俺の』っておっしゃいました? 私のことを、公爵様の所有物のように……っ!」
私は胸を高鳴らせ、レオナール様の袖を掴んだ。
彼は少しだけ顔を赤らめ、バツが悪そうに視線を逸らした。
「……勘違いするな。猫を管理する人間がいなくなると、俺が困るというだけの話だ」
「ふふ、照れ隠しですわね。愛おしいですわ」
「貴様ら! ふざけるのも大概にしろ! ロゼル、どうしても戻らぬと言うなら、殿下は実力行使も辞さないとおっしゃっているのだぞ!」
文官が叫んだその時である。
レオナール様の肩に乗っていた銀次が、文官の足元にポトリと「何か」を落とした。
「……ヒッ!? な、なんだ、これは」
文官が足元を見ると、そこには先ほど彼が落とした、王印の押された別の書類の残骸――を、さらに猫たちが丁寧に「マタタビの汁」で漬け込んだ、ぐちょぐちょの物体があった。
「あら、銀次。お客様にプレゼントかしら? 良かったですね、文官様。それは猫様たちの『拒否権』の表明ですわよ」
「ぎええええええ! き、貴様ら、覚えていろよ! 殿下に必ず報告してやるからな!」
文官は、裾にまとわりつこうとする猫たちから逃れるように、大慌てで馬車に飛び乗った。
砂埃を上げて去っていく馬車を見送りながら、私は深く溜息をついた。
「……しつこいですわね、ウィルフリード殿下も。マリア様と一緒にネズミ取りの罠でも手作りしていればよろしいのに」
「ロゼル。奴は本気だ。一度言い出したら聞かない男だからな。……おそらく、次は兵か、あるいはもっと厄介な手段を使ってくるだろう」
レオナール様が、私の頭の上に図々しく座り込んだ子猫を優しく下ろしながら、真剣な眼差しを向けた。
「手段? 何をしてきても無駄ですわ。私には四十二匹の精鋭と、そして……世界一の『マタタビ体質』を持つ、最強の公爵様がついているのですもの」
「……俺を盾にするなと言っただろう。まあ、いい。貴様とこの猫たちが、王都の汚れた空気に触れずに済むよう、俺が守ってやる」
レオナール様の手が、私の頭をぽん、とぎこちなく叩いた。
猫を撫でる時のような、不器用で、けれど確かな体温。
王子の未練など、猫のひと鳴きで吹き飛ばしてやる。
私は改めて、この辺境の地で「もふもふの要塞」を築く決意を固めたのだった。
王都から遣わされたその馬車からは、香水をこれでもかと振りかけた、いかにも高慢そうな文官が降りてきた。
「ロゼル・オーシュ! 殿下からの寛大なる慈悲を伝えに参ったぞ。有り難く拝聴するがいい!」
文官が仰々しく巻物を広げる。
私は、マントの裏に潜り込もうとする子猫をあやしながら、冷めた視線を送った。
「慈悲、ですか。昨夜、クロが殿下の手紙をバラバラに噛み砕いたばかりですのに。まだ何か言い残したことがおありで?」
「……っ! 貴様、不敬だぞ! いいか、殿下は仰せだ。『王宮のネズミ被害を食い止めるため、ロゼルを「王宮害獣対策特別顧問」として呼び戻してやる。猫たちも特別に同伴を許可する』とな!」
文官の声が、静かな城の玄関ホールに響き渡る。
顧問。聞こえはいいが、要するに「猫と一緒に戻ってきて掃除をしろ」ということだ。
「お断りいたしますわ。私は今、ここヴァルカ領での『もふもふ新生活』に大変忙しいのです。ネズミの相手をしている暇などございません」
「な、何だと!? これは王命に準ずる命令なのだぞ! 戻れば貴様の罪(?)も全て帳消しにし、再び殿下の側近として……」
「罪など、身に覚えがありませんわ。それに、殿下の側近? 猫様の肉球を揉む仕事よりも価値のある地位が、この世にあるとお思いで?」
私が鼻で笑うと、文官の顔が怒りで真っ赤に染まった。
そこへ、廊下の奥から「猫の絨毯」を引き連れたレオナール様が現れた。
「……やかましいぞ。俺の領地で、我が客人に無礼な圧力をかけるのはやめてもらおうか」
レオナール様の冷徹な声に、文官がヒッと短く悲鳴を上げた。
だが、レオナール様の首筋には現在、寝ぼけた白猫がマフラーのように巻き付いている。威圧感があるのかないのか、非常に判断に迷う姿だ。
「レ、レオナール辺境伯! これは殿下のご意志ですぞ! 王宮は今、ネズミによって国家存亡の危機に……っ!」
「知ったことか。自業自得という言葉を、殿下に教えて差し上げろ。ロゼルは、俺の……俺の領地の、大切な『猫担当官』だ。渡すつもりはない」
「公爵様……! 今、『俺の』っておっしゃいました? 私のことを、公爵様の所有物のように……っ!」
私は胸を高鳴らせ、レオナール様の袖を掴んだ。
彼は少しだけ顔を赤らめ、バツが悪そうに視線を逸らした。
「……勘違いするな。猫を管理する人間がいなくなると、俺が困るというだけの話だ」
「ふふ、照れ隠しですわね。愛おしいですわ」
「貴様ら! ふざけるのも大概にしろ! ロゼル、どうしても戻らぬと言うなら、殿下は実力行使も辞さないとおっしゃっているのだぞ!」
文官が叫んだその時である。
レオナール様の肩に乗っていた銀次が、文官の足元にポトリと「何か」を落とした。
「……ヒッ!? な、なんだ、これは」
文官が足元を見ると、そこには先ほど彼が落とした、王印の押された別の書類の残骸――を、さらに猫たちが丁寧に「マタタビの汁」で漬け込んだ、ぐちょぐちょの物体があった。
「あら、銀次。お客様にプレゼントかしら? 良かったですね、文官様。それは猫様たちの『拒否権』の表明ですわよ」
「ぎええええええ! き、貴様ら、覚えていろよ! 殿下に必ず報告してやるからな!」
文官は、裾にまとわりつこうとする猫たちから逃れるように、大慌てで馬車に飛び乗った。
砂埃を上げて去っていく馬車を見送りながら、私は深く溜息をついた。
「……しつこいですわね、ウィルフリード殿下も。マリア様と一緒にネズミ取りの罠でも手作りしていればよろしいのに」
「ロゼル。奴は本気だ。一度言い出したら聞かない男だからな。……おそらく、次は兵か、あるいはもっと厄介な手段を使ってくるだろう」
レオナール様が、私の頭の上に図々しく座り込んだ子猫を優しく下ろしながら、真剣な眼差しを向けた。
「手段? 何をしてきても無駄ですわ。私には四十二匹の精鋭と、そして……世界一の『マタタビ体質』を持つ、最強の公爵様がついているのですもの」
「……俺を盾にするなと言っただろう。まあ、いい。貴様とこの猫たちが、王都の汚れた空気に触れずに済むよう、俺が守ってやる」
レオナール様の手が、私の頭をぽん、とぎこちなく叩いた。
猫を撫でる時のような、不器用で、けれど確かな体温。
王子の未練など、猫のひと鳴きで吹き飛ばしてやる。
私は改めて、この辺境の地で「もふもふの要塞」を築く決意を固めたのだった。
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