「婚約破棄、万歳!本日をもって『完璧な淑女』は廃業いたしますわ!」

どんぶり

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「おかしい。何かが、決定実におかしい」


深夜。銀氷城の静まり返った廊下を、オズワルド様が険しい表情で歩いていました。


彼は、自分の部屋に戻る途中にふと気づいたのです。最近、カナタ嬢の部屋から夜な夜な「怪しげな物音」と「不可解な匂い」が漂ってくることに。


「カナタは、母上に厳しい『淑女教育』をやり直されているのではないか? あの日以来、母上の機嫌が妙に良いのも、カナタを徹底的にしごき倒して満足しているからでは……」


オズワルド様の脳裏に、ボロボロになって涙を流すカナタの姿が浮かびました。


「すまない、カナタ。私がもっと強く母上を止めるべきだった。今すぐ助けに行く!」


彼は騎士としての正義感に突き動かされ、カナタの部屋の前に立ちました。


中からは、「あぁ……っ」「なんてことなの……逃げ場がないわ……」という、苦悶とも恍惚とも取れる女性たちの声が漏れ聞こえてきます。


「母上! そこまでだ!」


バァァァァァン!!


オズワルド様は、かつて戦場で門をぶち破った時のような勢いで、扉を蹴破りました。


しかし、そこで彼が目にしたのは、涙を流す乙女ではなく……。


「あら、オズワルド様。いいところに来ましたわ。今ちょうど、一番美味しいところが焼き上がったところですのよ」


「オ、オズワルド? 貴方、なんて下品な入り方をするの。はむっ!」


そこには、床に敷いた絨毯の上に直接座り込み、口の周りをテカテカに光らせた大公妃ヒルデガルド様と、フライパンを手にニヤリと笑うカナタの姿がありました。


部屋中に充満しているのは、甘辛い醤油と砂糖、および焦げた脂の、暴力的なまでに食欲をそそる香り。


「な……っ!? 母上!? 貴女、それは何ですか!? その、手に持っている肉の塊は!」


「これは、『極厚バラ肉の照り焼き・山盛りガーリック添え』よ。うるさいわね、今は大事な局面なの。この脂身の甘みを噛み締める、神聖な時間なんだから」


ヒルデガルド様は、公爵家最高権力者の威厳をどこへやら、ワイルドに肉を咀嚼していました。


「オズワルド様も、突っ立っていないで座ってくださいな。ほら、閣下の分の『追いマヨネーズ』も用意してありますわよ」


カナタが、悪魔の誘いのような手つきで、小皿に盛られた白いソースを差し出しました。


「馬鹿な。母上は、野菜スープ以外の夜食は死罪に等しいと仰っていたはず……」


「過去の話よ。見て、オズワルド。この照り、この重厚感。これを食べずに死ぬなんて、大公妃の名が泣くわ」


ヒルデガルド様は、完全に「こちら側」の人間になっていました。


オズワルド様は、絶句しながらも、その鼻が抗いようのないタレの香りを捉えてしまいました。


グゥゥゥゥ……。


静かな部屋に、彼の腹の虫が情けなく響き渡りました。


「不覚だ。胃袋が、理性を裏切ろうとしている」


「いいんですよ、オズワルド様。親子は似るものです。さあ、今夜は三人で『ノースランド公国・深夜のデカ盛り会議』を開催しましょう!」


「わかった。負けだ。私の完敗だ、師匠」


オズワルド様は、観念したようにマントを脱ぎ捨て、二人の間に座り込みました。


「ほら、閣下。この一番分厚いところを、マヨネーズにドボンといっちゃってください」


「あぁ、神よ。はむっ!!」


オズワルド様の口の中で、甘辛いタレと濃厚なマヨネーズ、および肉の脂が三位一体となって爆発しました。


「っ!! あ、熱い。だが、なんだ、この脳を直接殴られるような衝撃は……!!」


「でしょう? これこそが、我がフォルセティ公爵家に伝わる『深夜に食べてはいけないレシピ・第一位』ですわ!」


カナタが誇らしげに胸を張ります。


「あぁ、幸せ。カナタ。明日は……明日は『揚げ物』がいいわ。中からチーズが溢れ出すようなやつを」


「お任せください、大公妃様。エビのチーズフライ・タルタルソース特盛りでいきましょう」


「生きる希望が湧いてきたわ」


こうして、ノースランド公国の最高権力者一家は、カナタの胃袋プロデュースによって、完全に「ズボラ飯」の虜になったのでした。
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