「婚約破棄、万歳!本日をもって『完璧な淑女』は廃業いたしますわ!」

どんぶり

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「ふわぁぁ、よく寝たわ。ミーナ、今何時かしら?」


ノースランド公国の公爵家、その広大な寝室。私は天蓋付きのベッドの中で、思い切り手足を伸ばして欠伸をしました。


「お嬢様、いえ、今は奥様でしたね。ただいま午後の一時を回ったところです。今日も見事な寝坊助さんですわね」


カーテンを開けたミーナが、呆れながらもどこか満足そうに笑いました。


「いいじゃない。午前に起きないのが、我が公爵家の家訓ですもの。それより、今日の朝昼兼用の献立は何かしら?」


「閣下が厨房で腕を振るっておりますよ。昨夜から煮込んでいた『特製バラ肉のトロトロ角煮・煮卵マシマシ仕立て』だそうです」


その言葉を聞いた瞬間、私の胃袋が歓喜の声を上げました。私は跳ねるようにベッドから飛び出すと、質素(と言いつつ着心地抜群)な部屋着に着替えて食堂へと駆け下りました。


食堂では、エプロン姿のオズワルド様が、真剣な眼差しで大鍋を見つめていました。


「おはよう、カナタ。今ちょうど最高の照りが出たところだ。さあ、座ってくれ。貴女のために、脂身が一番多いところを切り分けておいたぞ」


「おはようございます、オズワルド様! 流石は私の旦那様、わかっておいでですわね!」


私はオズワルド様の頬に軽い接吻を贈ると、用意された山盛りの角煮の前に陣取りました。


「あ、その前に。我が家の小さな大食漢はどうしたかしら?」


私が視線を向けると、そこには特製のベビーチェアに座り、よだれかけを装着して鼻息を荒くしている小さな男の子がいました。オズワルド様によく似た銀髪の、私たちの愛息子、アルヴェです。


「アルヴェも準備万端のようだな。よし、家族全員で、今日も背徳の食事を始めよう」


オズワルド様の号令で、私たちは一斉に箸を動かしました。口の中でとろける脂身。濃厚な醤油のタレが染み込んだ肉。そして、それを加速させる白いご飯!


「美味しい! 美味しすぎますわ! 私、この家にお嫁に来て本当に良かったですわ!」


「私もだ、カナタ。貴女が来てからというもの、我が公国の平均体重は三キロ増えたが、国民の幸福度は五倍になったという統計が出ているぞ」


「それは素晴らしいですわ! 健康診断の結果さえ見なければ、ここはまさに地上楽園ですわね!」


私たちが笑い合っていると、それまで一心不乱に離乳食を食べていたアルヴェが、スプーンを置いて顔を上げました。


「お、おか……」


「えっ!? アルヴェ、今何か言ったかしら!?」


私とオズワルド様は、息を呑んで息子を見守りました。一歳を過ぎたアルヴェの、記念すべき最初の一言。


「おか、わ、おかわり!!」


はっきりと、力強く。アルヴェは空になった自分の皿を突き出し、キラキラとした瞳で私たちを見つめました。


「立った、じゃない、喋ったわ! 最初の一言が『おかわり』なんて、なんて筋が良いのかしら!」


「流石は私の息子だ! よし、アルヴェ! パパの分を半分分けてやろう。いや、全部やる!」


オズワルド様は感動のあまり、自分の皿の角煮を次々と息子の皿へ移し始めました。


「閣下、流石にそれは甘やかしすぎですよ。まあ、お嬢様の子ですから、言葉の教育より食育が優先されるのは必然でしたね」


ミーナが隣でハンカチを目に当てていましたが、それはきっと感動ではなく、将来の食費を心配しての涙でしょう。


私は、窓から見える銀氷城の景色を眺めました。あの日、王宮の夜会で「婚約破棄」を突きつけられた時、私の世界は終わったかのように思えました。


けれど、あの地獄のような妃教育から解放されたおかげで、私は自分自身の「幸せ」を見つけることができたのです。


完璧な所作なんて、もうできません。分刻みのスケジュールも、一生お断りです。


でも、毎日お昼まで寝て、愛する家族と美味しいものを食べて、お腹周りのふっくら加減を笑い合う。そんな人生が、今の私には何よりも愛おしく、誇らしいものでした。


「カナタ、何を笑っているんだ? 冷めないうちに食べないと、私が貴女の分まで食べてしまうぞ」


「あら、そんなことはさせませんわよ! デザートの『特大揚げドーナツ』だって、私の分は三つ確保してありますからね!」


「ふっ、負けないぞ。私の胃袋は、今日も貴女への愛と同じくらい、無限に広がっているんだ」


私たちは、お互いの皿にある肉を奪い合うようにして、賑やかな笑い声を上げました。


完璧な淑女、廃業。そして、完璧な幸せを手に入れたズボラ令嬢の物語は、これからも脂っこく、熱々に続いていくのでした。
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