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「……アン。最後にもう一度だけ確認させて。本当に、本当にこれを着て外に出るの? これでは私が、歩くシャンデリアになってしまわない?」
運命の結婚式、当日の朝。
私は、カイン閣下が「これだけは譲れない」と豪語した、伝説の職人による特注のウェディングドレスを身に纏っていました。
それは、一見するとシンプルで清楚な白。
しかし、生地には最高級の真珠を粉末状にして織り込んであり、私が呼吸をするたびに、ドレス全体が淡い虹色の光を放つのです。
「お嬢様、諦めてください。閣下は『ミューモが世界で一番輝いて見えるように、物理的に発光させろ』と無茶な注文を出されたのですから。……さあ、顔を上げてください。最高に美しいモブ令嬢の誕生ですわ」
「……アン、最後の方、矛盾しているわよ」
私は重い腰を上げ、公爵家の広大な廊下へと踏み出しました。
そこで待っていたのは、白銀の正装に身を包み、彫像のように完璧な姿で佇むカイン様でした。
「…………ミューモ」
カイン様は私を見た瞬間、跪くことさえ忘れたかのように立ち尽くしました。
彼の瞳には、これまでに見たこともないほどの深い情熱と、そして溢れんばかりの涙が浮かんでいました。
「……閣下。泣くのは早すぎます。これから誓いの言葉を述べるのですよ?」
「……いや。……君が、あまりにも美しくて。……あの時、倉庫で君の手を握った少年だった私に、教えてやりたい。『お前の選んだ光は、こんなにも眩しくなったぞ』とな」
「……閣下。今日は、その熱いセリフを少しだけ控えていただけますか。私の顔が、恥ずかしさでドレスより赤くなってしまいます」
カイン様は私の手を取り、優しく引き寄せました。
そのまま、私たちは王都で最も古い礼拝堂へと向かいました。
会場の扉が開いた瞬間。
詰めかけた参列者たちから、地響きのような歓声と溜息が漏れました。
「……あれが、あのアズベル家の地味令嬢か!?」
「信じられない。……まるで女神が地上に舞い降りたようだ」
「シグルド殿下は、一体何を考えてあの方を手放したんだ……。正気の沙汰とは思えん」
参列者たちの囁きを聞きながら、私はカイン様の隣を歩きました。
もう、背景に徹することは不可能です。
カイン様の放つ圧倒的な「主役オーラ」と、私の「物理的な発光」が合わさり、私たちはこの国で最も目立つ二人組となっていました。
誓いの儀式は、滞りなく進みました。
ただ一点、誓いの口付けが少しばかり……いえ、かなり長かったことだけが、事務処理マシーンとしての私の計算を狂わせましたが。
「……愛している、ミューモ。永遠に、君だけを」
「……私も。……閣下の隣で、一生、お茶漬けの支度をさせていただきますわ」
式が終わると、私たちは王都のメインストリートを馬車でパレードしました。
沿道を埋め尽くした民衆から、花の雨が降り注ぎます。
ふと、視線を遠くの空に向けました。
今頃、辺境のデス・バレーでは、二人の男女が泥まみれで魔物の糞尿を片付けていることでしょう。
「シグルド様ぁ、砂嵐が目にぃ……!」
「黙れララ! 俺の計算によれば、あと三時間でこの山は片付くはずだ! ……あ、あいつなら十分で終わらせたのに……!」
そんな幻聴が聞こえた気がしましたが、私は優雅に(事務的に)手を振って、その雑音を脳内から消去しました。
数ヶ月後。
公爵夫人の生活は、想像していたよりもずっと忙しく、そして驚くほど平穏でした。
「……カイン様。またですか? なぜ私が庭の隅っこで読書をしているだけなのに、騎士団の一個小隊を配備させているのですか」
「不審な蝶が君に近づくのを防ぐためだ。……ミューモ、少し痩せたのではないか? 今すぐ最高級の鮭を取り寄せよう」
「痩せていません、むしろ閣下の甘やかしのせいで……。あ、お茶漬けの出汁、取れましたよ」
私は、公爵邸のテラスに用意した小さなテーブルに、お茶漬けを並べました。
豪華な晩餐会もいいけれど、私たちはこうして二人で、質素な……けれど最高に贅沢な一杯を啜る時間が一番好きでした。
「……美味しい。ミューモ、君が淹れるお茶は、やはり世界一だ」
「ただのお茶ですよ。……でも、閣下がそうおっしゃるなら、明日も、明後日も、最高の一杯を用意してあげます」
カイン様は幸せそうに目を細め、私の手を握りました。
私は、相変わらず「目立ちたくない」と思っています。
社交界に行けば、相変わらず「壁の花」になろうと必死です。
でも。
世界一の騎士団長が、私のことを「世界で一番の主役」だと言い張って離してくれないので。
私は今日も、諦め半分、幸せ半分で、彼の隣で微笑み続けるのでした。
「……幸せなモブのままでいさせてくれるって、言いましたよね?」
「ああ。……私の腕の中という、限定的な範囲での話だがな」
「……やっぱり、騙されましたわ」
私は溜息をつき、最後の一口を飲み干しました。
悪役令嬢になれなかったモブ令嬢の物語。
それは、美味しいお茶漬けの香りと、止まらない溺愛と共に。
「めでたしめでたし」のその先へ、いつまでも続いていくのでした。
運命の結婚式、当日の朝。
私は、カイン閣下が「これだけは譲れない」と豪語した、伝説の職人による特注のウェディングドレスを身に纏っていました。
それは、一見するとシンプルで清楚な白。
しかし、生地には最高級の真珠を粉末状にして織り込んであり、私が呼吸をするたびに、ドレス全体が淡い虹色の光を放つのです。
「お嬢様、諦めてください。閣下は『ミューモが世界で一番輝いて見えるように、物理的に発光させろ』と無茶な注文を出されたのですから。……さあ、顔を上げてください。最高に美しいモブ令嬢の誕生ですわ」
「……アン、最後の方、矛盾しているわよ」
私は重い腰を上げ、公爵家の広大な廊下へと踏み出しました。
そこで待っていたのは、白銀の正装に身を包み、彫像のように完璧な姿で佇むカイン様でした。
「…………ミューモ」
カイン様は私を見た瞬間、跪くことさえ忘れたかのように立ち尽くしました。
彼の瞳には、これまでに見たこともないほどの深い情熱と、そして溢れんばかりの涙が浮かんでいました。
「……閣下。泣くのは早すぎます。これから誓いの言葉を述べるのですよ?」
「……いや。……君が、あまりにも美しくて。……あの時、倉庫で君の手を握った少年だった私に、教えてやりたい。『お前の選んだ光は、こんなにも眩しくなったぞ』とな」
「……閣下。今日は、その熱いセリフを少しだけ控えていただけますか。私の顔が、恥ずかしさでドレスより赤くなってしまいます」
カイン様は私の手を取り、優しく引き寄せました。
そのまま、私たちは王都で最も古い礼拝堂へと向かいました。
会場の扉が開いた瞬間。
詰めかけた参列者たちから、地響きのような歓声と溜息が漏れました。
「……あれが、あのアズベル家の地味令嬢か!?」
「信じられない。……まるで女神が地上に舞い降りたようだ」
「シグルド殿下は、一体何を考えてあの方を手放したんだ……。正気の沙汰とは思えん」
参列者たちの囁きを聞きながら、私はカイン様の隣を歩きました。
もう、背景に徹することは不可能です。
カイン様の放つ圧倒的な「主役オーラ」と、私の「物理的な発光」が合わさり、私たちはこの国で最も目立つ二人組となっていました。
誓いの儀式は、滞りなく進みました。
ただ一点、誓いの口付けが少しばかり……いえ、かなり長かったことだけが、事務処理マシーンとしての私の計算を狂わせましたが。
「……愛している、ミューモ。永遠に、君だけを」
「……私も。……閣下の隣で、一生、お茶漬けの支度をさせていただきますわ」
式が終わると、私たちは王都のメインストリートを馬車でパレードしました。
沿道を埋め尽くした民衆から、花の雨が降り注ぎます。
ふと、視線を遠くの空に向けました。
今頃、辺境のデス・バレーでは、二人の男女が泥まみれで魔物の糞尿を片付けていることでしょう。
「シグルド様ぁ、砂嵐が目にぃ……!」
「黙れララ! 俺の計算によれば、あと三時間でこの山は片付くはずだ! ……あ、あいつなら十分で終わらせたのに……!」
そんな幻聴が聞こえた気がしましたが、私は優雅に(事務的に)手を振って、その雑音を脳内から消去しました。
数ヶ月後。
公爵夫人の生活は、想像していたよりもずっと忙しく、そして驚くほど平穏でした。
「……カイン様。またですか? なぜ私が庭の隅っこで読書をしているだけなのに、騎士団の一個小隊を配備させているのですか」
「不審な蝶が君に近づくのを防ぐためだ。……ミューモ、少し痩せたのではないか? 今すぐ最高級の鮭を取り寄せよう」
「痩せていません、むしろ閣下の甘やかしのせいで……。あ、お茶漬けの出汁、取れましたよ」
私は、公爵邸のテラスに用意した小さなテーブルに、お茶漬けを並べました。
豪華な晩餐会もいいけれど、私たちはこうして二人で、質素な……けれど最高に贅沢な一杯を啜る時間が一番好きでした。
「……美味しい。ミューモ、君が淹れるお茶は、やはり世界一だ」
「ただのお茶ですよ。……でも、閣下がそうおっしゃるなら、明日も、明後日も、最高の一杯を用意してあげます」
カイン様は幸せそうに目を細め、私の手を握りました。
私は、相変わらず「目立ちたくない」と思っています。
社交界に行けば、相変わらず「壁の花」になろうと必死です。
でも。
世界一の騎士団長が、私のことを「世界で一番の主役」だと言い張って離してくれないので。
私は今日も、諦め半分、幸せ半分で、彼の隣で微笑み続けるのでした。
「……幸せなモブのままでいさせてくれるって、言いましたよね?」
「ああ。……私の腕の中という、限定的な範囲での話だがな」
「……やっぱり、騙されましたわ」
私は溜息をつき、最後の一口を飲み干しました。
悪役令嬢になれなかったモブ令嬢の物語。
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