君との婚約を破棄する!と言われましたが、見つめ返してもよろしいですか?

ツナ

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「……頼む、チュロス! この通りだ! 一晩だけでいい、軒先を貸してくれ!」


早朝の『ドナパラ』勝手口。そこにうずくまっていたのは、かつての輝きを完全に失い、もはや「発酵に失敗して放置された生ゴミ」のようなオーラを放つカスタード王子だった。


私は手にしたトングをカチカチと威嚇するように鳴らし、冷ややかな視線を送る。


「王子。ここはパン屋であって、落ちぶれた王族の避難所ではありませんわよ。おまけに、ホイップ様に全財産を持ち逃げされた男を置くほど、うちの家計は甘くありませんわ」


「わかっている! わかっているが、もう行くところがないんだ! 実家(王宮)に帰れば父上(国王)に『ドーナツを一口で食べきれなかった無能』と罵られ、街を歩けば借金取りに追われる……。せめて、せめて揚げ油の匂いがする場所で死なせてくれ!」


「縁起でもないことを仰らないで。油が汚れますわ」


私はため息をつき、厨房の奥を振り返った。そこには、相変わらず不気味な存在感を放つ『生地閣下(人形)』が、腕組みをして王子を睨みつけている(ように見える)。


「……いいでしょう。ただし、タダ飯は食わせませんわよ。今日からあなたの名前は『カス君』。役職は『皿洗い兼、人間油こし器』ですわ」


「カス君……!? 人間油こし器……!?」


「ええ。揚げ終わった後の油から、一粒残らず揚げカスを掬い取る、繊細かつ重労働な仕事ですわ。もし一粒でも残っていたら、あなたのその自慢の金髪を全部衣にして揚げて差し上げますから」


「ひ、ひぃぃぃ! やります、やらせてください!」


こうして、かつての婚約者は、ボロ布のようなエプロンを身に纏い、厨房の隅で震えながら皿を洗うことになった。


「……おい、カス。そこ、汚れが落ちていないぞ。やり直せ」


店主のハード氏が、容赦なく王子の頭を叩く。


「は、はいぃっ! すみません、ハード親方!」


「……信じられませんわね。あの傲慢だった王子が、今やスポンジと格闘しているなんて」


私は新作の『全粒粉グラニュー・リング』を揚げながら、ふと生地閣下を見た。生地閣下は、王子が私に近づくたびに、グルテンの弾力で物理的に王子を弾き飛ばしている。どうやらベーグル閣下の独占欲は、遠く離れていても健在なようだ。


その頃、王都から数百キロ離れた国境付近。


「……中将! どこへ行くのですか! まだ魔獣の残党が……!」


「……。……帰る。……今すぐ王都へ帰らねばならない」


ベーグル中将は、血のついた長剣を鞘に収め、愛馬に飛び乗った。彼の瞳には、戦場よりも激しい「焦燥」が宿っている。


「……私の『生地センサー』が、異常な数値を叩き出している。……あの『カスタード味のクズ』が、チュロスの近くにいる気配がする……!」


「えっ!? そんな理由で戦線を離脱するのですか!?」


「……これは国家の危機ではない。……私の『穴』の危機だ! ……全速力で出すぞ、筋肉(うま)よ!」


ドゴォォォン!!


中将の愛馬が、土煙を上げて爆走を開始した。その速度はもはや音速に近く、道中の魔獣たちがその風圧だけで千切れ飛んでいく。


一方、ドナパラの厨房。


「……チュロス……。実は、皿洗いをしながら気づいたんだ。……私は、君が揚げている時の、あの真剣な横顔が一番……」


「カス君。無駄口を叩いている暇があったら、排水溝のヌメリを取りなさいな」


「……。……はい」


王子がシュンとして掃除に戻る。その背後に、いつの間にか生地閣下が忍び寄り、その巨大な拳を王子の後頭部に添えていた。


「……あら。生地閣下、あまりカス君をいじめないで差し上げて。……彼、これでも元王子なんですのよ?」


私がそう言うと、生地閣下は一瞬だけ「フン」と鼻で笑ったような音(ガスの抜ける音)を出し、再び定位置に戻った。


平和(?)な時間が流れる厨房。
しかし、その窓の外では、没落したはずのホイップ様が、怪しい黒魔術師と密談を交わしていた。


「……いいわね? あの店のドーナツを、すべて『石』に変えてやるのよ。……穴なんて、重たい岩で埋めてやればいいわ!」


王都に、かつてない「硬い」脅威が迫っていた。
そして、愛に飢えた騎士(捏ね機)の帰還まで、あと数時間――。
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