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「おーっほっほっほ! ついに、ついに掴みましたわよ、レオンハルト殿下の『致命的な弱点』を!」
私は離宮の書斎で、一冊の分厚いノートを広げて勝ち誇っていました。
表紙には禍々しい文字で『レオンハルト破滅への記録:弱点観察日記』と記されています。
ここ数日、私は悪役令嬢としての義務を果たすべく、レオンハルト様を執拗に観察し続けてまいりました。
敵を知り、その弱みを握って意のままに操る……これこそ、王宮を裏から支配する黒幕の第一歩ですわ!
「……スイー、さっきから木陰や柱の影から僕を見ているようだけど。……何か用かな?」
「しッ! 見つかりましたわ!? ……いえ、なんでもありませんわよ。ただの空気ですわ、お気になさらず!」
私は素早く茂みに身を隠しました。
(ふふふ、まさか私が『日記』をつけているとは夢にも思うまい……)
さて、本日の観察記録をまとめますわ。
『記録その一:レオンハルト殿下は、甘いものに目がありませんわ』
先ほど、彼が執務室で隠れて小さなマカロンを口に放り込むのを目撃いたしました。
しかも、その瞬間にふにゃりと頬を緩ませるという、氷の王子らしからぬ失態!
これは「甘いお菓子で買収できる」という決定的な証拠ですわね。
『記録そのニ:殿下は、モフモフした動物に弱すぎますわ』
中庭で迷い込んだ子猫を見つけた殿下は、周囲をキョロキョロと確認した後。
「……おいで。よしよし、いい子だね」
などと、とろけるような甘い声で猫を撫で回していました。
あの冷徹な瞳が、まるで春の陽だまりのように緩んでいましたわ。
これは「毛玉を人質(猫質)に取れば、国を明け渡す」という弱点に違いありません!
「おーっほっほっほ! 完璧ですわ! これで殿下は私の手の中で転がされるだけの操り人形……!」
私は日記を抱きしめ、悪の階段を一段登った充足感に浸りました。
……ところが。
「へぇ……。僕が猫と遊んでいたのが、そんなに面白かったのかい?」
「ひゃいっ!?」
背後から耳元で囁かれ、私は飛び上がりました。
振り返ると、そこにはいつの間にか背後に立っていたレオンハルト様が。
しかも、私の手元にある『弱点観察日記』をじっと見つめています。
「あ、あの、これは……! ただの呪文書ですわ! 殿下を呪い殺すための……!」
「呪文書にしては、僕の好物や癖がすごく細かく、丁寧に、愛情を込めて書かれているように見えるけど?」
レオンハルト様はひょいっと日記を取り上げると、パラパラとページをめくり始めました。
「ちょっと! 返してくださいまし! それは国家機密……いえ、悪の機密事項ですわ!」
「『記録その五:殿下は寝起きに少し髪が跳ねる。非常にだらしなくて隙だらけ(そこが意外と……)』……ほう。意外と、何かな?」
レオンハルト様が、意地悪な笑みを浮かべて顔を近づけてきます。
「……意外と、付け入りやすい、と書こうとしただけですわ! その寝起きの隙を突いて、私が王位を簒奪するのです!」
「ふふ、なるほど。僕が寝ている間に、君は何をするつもりだい? ……首でも絞めるのかな。それとも……キスでもして起こしてくれるのかな?」
「キ、キ、キス……!? 不敬ですわよ、殿下! そんな破廉恥なこと、悪役の美学に反しますわ!」
私は顔を真っ赤にして叫びました。
すると、レオンハルト様は日記を閉じ、私の手に優しく戻してくれました。
「いいよ、スイー。僕のことはいくらでも観察するといい。……その代わり、一つ条件がある」
「条件? ……ふん、脅しですのね? 受けて立ちますわ!」
「これから毎日、寝る前に僕の部屋に来て、その日の『観察結果』を僕に報告すること。……どうかな? 逃げ隠れせずに、僕の弱点を直接本人に突きつけるんだ。これこそ、強者の余裕だろう?」
(……毎日、殿下の部屋に!?)
それはつまり、二人きりの密室で、彼の顔をじっくり見ながら、私が感じたことを伝えるということ……。
……なんて、なんて卑劣な罠でしょう!
私の精神を羞恥心で崩壊させようという、極悪非道な作戦ですわ!
「……よ、よろしいでしょう! その勝負、受けて立ちますわ! 毎日、貴方の不甲斐ないところをこれでもかと列挙して差し上げますわよ!」
「ああ、楽しみにしているよ。……じゃあ、今夜からさっそく始めようか」
レオンハルト様は私の頭をポンと叩くと、満足げに去っていきました。
(……。……。あれ?)
私は一人、中庭に取り残されました。
弱点を握ったはずが、なぜか「毎日夜に会う約束」を取り付けられてしまいました。
しかも、日記の最後の方に『殿下の笑った顔は、少しだけ心臓に悪い(毒性が高い)』と書き込んでいたのを思い出し、私はその場にしゃがみ込みました。
「……これでは、私が毒されているようなものではありませんか……!」
私の「観察日記」は、いつの間にか、自分自身の弱点を晒す自白調書へと姿を変えようとしていたのでした。
私は離宮の書斎で、一冊の分厚いノートを広げて勝ち誇っていました。
表紙には禍々しい文字で『レオンハルト破滅への記録:弱点観察日記』と記されています。
ここ数日、私は悪役令嬢としての義務を果たすべく、レオンハルト様を執拗に観察し続けてまいりました。
敵を知り、その弱みを握って意のままに操る……これこそ、王宮を裏から支配する黒幕の第一歩ですわ!
「……スイー、さっきから木陰や柱の影から僕を見ているようだけど。……何か用かな?」
「しッ! 見つかりましたわ!? ……いえ、なんでもありませんわよ。ただの空気ですわ、お気になさらず!」
私は素早く茂みに身を隠しました。
(ふふふ、まさか私が『日記』をつけているとは夢にも思うまい……)
さて、本日の観察記録をまとめますわ。
『記録その一:レオンハルト殿下は、甘いものに目がありませんわ』
先ほど、彼が執務室で隠れて小さなマカロンを口に放り込むのを目撃いたしました。
しかも、その瞬間にふにゃりと頬を緩ませるという、氷の王子らしからぬ失態!
これは「甘いお菓子で買収できる」という決定的な証拠ですわね。
『記録そのニ:殿下は、モフモフした動物に弱すぎますわ』
中庭で迷い込んだ子猫を見つけた殿下は、周囲をキョロキョロと確認した後。
「……おいで。よしよし、いい子だね」
などと、とろけるような甘い声で猫を撫で回していました。
あの冷徹な瞳が、まるで春の陽だまりのように緩んでいましたわ。
これは「毛玉を人質(猫質)に取れば、国を明け渡す」という弱点に違いありません!
「おーっほっほっほ! 完璧ですわ! これで殿下は私の手の中で転がされるだけの操り人形……!」
私は日記を抱きしめ、悪の階段を一段登った充足感に浸りました。
……ところが。
「へぇ……。僕が猫と遊んでいたのが、そんなに面白かったのかい?」
「ひゃいっ!?」
背後から耳元で囁かれ、私は飛び上がりました。
振り返ると、そこにはいつの間にか背後に立っていたレオンハルト様が。
しかも、私の手元にある『弱点観察日記』をじっと見つめています。
「あ、あの、これは……! ただの呪文書ですわ! 殿下を呪い殺すための……!」
「呪文書にしては、僕の好物や癖がすごく細かく、丁寧に、愛情を込めて書かれているように見えるけど?」
レオンハルト様はひょいっと日記を取り上げると、パラパラとページをめくり始めました。
「ちょっと! 返してくださいまし! それは国家機密……いえ、悪の機密事項ですわ!」
「『記録その五:殿下は寝起きに少し髪が跳ねる。非常にだらしなくて隙だらけ(そこが意外と……)』……ほう。意外と、何かな?」
レオンハルト様が、意地悪な笑みを浮かべて顔を近づけてきます。
「……意外と、付け入りやすい、と書こうとしただけですわ! その寝起きの隙を突いて、私が王位を簒奪するのです!」
「ふふ、なるほど。僕が寝ている間に、君は何をするつもりだい? ……首でも絞めるのかな。それとも……キスでもして起こしてくれるのかな?」
「キ、キ、キス……!? 不敬ですわよ、殿下! そんな破廉恥なこと、悪役の美学に反しますわ!」
私は顔を真っ赤にして叫びました。
すると、レオンハルト様は日記を閉じ、私の手に優しく戻してくれました。
「いいよ、スイー。僕のことはいくらでも観察するといい。……その代わり、一つ条件がある」
「条件? ……ふん、脅しですのね? 受けて立ちますわ!」
「これから毎日、寝る前に僕の部屋に来て、その日の『観察結果』を僕に報告すること。……どうかな? 逃げ隠れせずに、僕の弱点を直接本人に突きつけるんだ。これこそ、強者の余裕だろう?」
(……毎日、殿下の部屋に!?)
それはつまり、二人きりの密室で、彼の顔をじっくり見ながら、私が感じたことを伝えるということ……。
……なんて、なんて卑劣な罠でしょう!
私の精神を羞恥心で崩壊させようという、極悪非道な作戦ですわ!
「……よ、よろしいでしょう! その勝負、受けて立ちますわ! 毎日、貴方の不甲斐ないところをこれでもかと列挙して差し上げますわよ!」
「ああ、楽しみにしているよ。……じゃあ、今夜からさっそく始めようか」
レオンハルト様は私の頭をポンと叩くと、満足げに去っていきました。
(……。……。あれ?)
私は一人、中庭に取り残されました。
弱点を握ったはずが、なぜか「毎日夜に会う約束」を取り付けられてしまいました。
しかも、日記の最後の方に『殿下の笑った顔は、少しだけ心臓に悪い(毒性が高い)』と書き込んでいたのを思い出し、私はその場にしゃがみ込みました。
「……これでは、私が毒されているようなものではありませんか……!」
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