9 / 28
9
しおりを挟む
「……バロン代官。この執務室、少々『帳簿の密度』が低すぎませんこと?」
夜更けの代官邸。ポルカは、没収したばかりの代官の机の引き出しをすべて抜き取り、床に並べていた。
カイルは、入り口で震えている代官の護衛たちを笑顔で威圧しながら、ポルカの手元を覗き込む。
「密度が低い、とは? これだけ大量の書類があれば、十分怪しいと思いますが」
「いいえ、カイル様。これほど大規模な横領を働く人間が、これほど『綺麗すぎる』帳簿しか残さないはずがありませんわ。事務職の勘が、ここには『書かれていない真実』があると告げています」
ポルカは立ち上がると、おもむろに壁に飾られていた代官の肖像画を外した。
そこには金庫……ではなく、小さな、本当に小さな「吸気口」のような穴があった。
「あら、カイル様。この穴、風が吹いていないのに、かすかに『古い紙のインクの匂い』がしますわ」
「……流石ですね。鼻まで事務官仕様ですか」
カイルが壁の隙間に細い針金を差し込み、手際よく仕掛けを解除する。
すると、壁の一部が回転し、中からカビ臭い一束の書類が現れた。
「ひ、ひいいっ! それは、それはただの、個人的な……!」
バロン代官が泡を吹いて倒れそうになるが、ポルカはその書類を素早くひったくった。
中を見ると、そこには見たこともない奇妙な記号の羅列が並んでいる。
「……これは? 暗号、でしょうか。隣国クレシェンドの古代文字をベースにしたコードのようですが」
カイルが眉を寄せるが、ポルカは既に懐から「暗号解読用・多機能算盤」を取り出していた。
「案件番号22『不適切な言語による財務諸表の作成』。……カイル様、暗号だろうと何だろうと、数字の法則性までは隠せませんわ。この記号の並び……これ、ただの『複式簿記』ですわね」
ポルカの指が算盤の上を弾丸のような速さで跳ねる。
「……あ、出ましたわ。これ、隣国の商会からの『特別融資契約書』です。貸付利息は……なんと驚きの『ゼロパーセント』。……慈善事業でもない限り、あり得ない数字ですわね」
「無利子で隣国が金を貸す……。その見返りは、金銭ではなく『便宜』ということか」
カイルの瞳が、一瞬で冷酷な政治家のそれに変わった。
「……なるほど。シリウス殿下を王位に就かせる代わりに、このエトワール地方の関税権を譲渡する……。これは横領どころか、国家転覆の証拠ですよ」
「まあ、なんて非効率な。関税権を渡してしまったら、将来的な税収予測が立てられなくなりますわ。事務的に見て、最悪のディール(取引)です」
ポルカは、暗号の書類に真っ赤なペンで『要再提出』と大きく書き込んだ。
「シリウス様もバロン代官も、数字の計算が絶望的に下手すぎます。こんな条件で契約を結ぶなんて、公爵家の教育が泣きますわ」
「ポルカ。これは冗談では済みません。隣国のスパイが、既にこの領地に入り込んでいる可能性があります」
その時、執務室の窓が激しく割れ、黒装束の男たちが数人、室内に躍り込んできた。
彼らの手には、鋭く光る短剣が握られている。
「……証拠は返してもらうぞ、小娘!」
ポルカは、眉一つ動かさずに、手元の重厚な「監査用大型バインダー」を構えた。
「案件番号23『業務時間外の乱入および備品の破損』。……カイル様、窓ガラスの修理費、この方々の身包みを剥いで補填してもよろしいかしら?」
「ええ、許可します。……ですが、あなたのドレスが汚れるのは私の本意ではありません。……下がっていてください、ポルカ」
カイルが、腰に下げた細剣を音もなく抜いた。
しかし、ポルカは下がらなかった。
「いいえ。この方々、私の『重要証拠書類』を汚れた手で触ろうとしましたわ。……これは、監査官としてのプライドが許しません!」
ポルカは、襲いかかってきた男の一人の脳天に、鋼鉄製の算盤を正確無比な角度で叩き込んだ。
「……っ!? なんだ、この女……!?」
「計算しなさい! 私の算盤の角が、貴方の頭蓋骨に及ぼす衝撃力(ニュートン)を!」
物理法則に基づいた(?)打撃に、スパイの一人が白目を向いて崩れ落ちる。
カイルも、鮮やかな剣捌きで残りの男たちの武器を弾き飛ばし、あっという間に制圧してしまった。
「……ポルカ。あなた、意外と武闘派だったのですね」
「失礼ね。私はただ、事務作業の邪魔を排除しただけですわ。……さて、カイル様。この捕らえたスパイの方々の『尋問・管理コスト』も計算に入れないといけませんわね」
ポルカは乱れた髪を直し、再びペンを執った。
「……ああ。今夜の残業は、さらに長くなりそうですわ」
暗闇の中、ポルカの眼鏡が青白く光る。
彼女の敵は、もはや無能な元婚約者だけではない。国を揺るがす巨大な陰謀さえも、彼女にとっては「整理すべき未整理案件」に過ぎなかった。
夜更けの代官邸。ポルカは、没収したばかりの代官の机の引き出しをすべて抜き取り、床に並べていた。
カイルは、入り口で震えている代官の護衛たちを笑顔で威圧しながら、ポルカの手元を覗き込む。
「密度が低い、とは? これだけ大量の書類があれば、十分怪しいと思いますが」
「いいえ、カイル様。これほど大規模な横領を働く人間が、これほど『綺麗すぎる』帳簿しか残さないはずがありませんわ。事務職の勘が、ここには『書かれていない真実』があると告げています」
ポルカは立ち上がると、おもむろに壁に飾られていた代官の肖像画を外した。
そこには金庫……ではなく、小さな、本当に小さな「吸気口」のような穴があった。
「あら、カイル様。この穴、風が吹いていないのに、かすかに『古い紙のインクの匂い』がしますわ」
「……流石ですね。鼻まで事務官仕様ですか」
カイルが壁の隙間に細い針金を差し込み、手際よく仕掛けを解除する。
すると、壁の一部が回転し、中からカビ臭い一束の書類が現れた。
「ひ、ひいいっ! それは、それはただの、個人的な……!」
バロン代官が泡を吹いて倒れそうになるが、ポルカはその書類を素早くひったくった。
中を見ると、そこには見たこともない奇妙な記号の羅列が並んでいる。
「……これは? 暗号、でしょうか。隣国クレシェンドの古代文字をベースにしたコードのようですが」
カイルが眉を寄せるが、ポルカは既に懐から「暗号解読用・多機能算盤」を取り出していた。
「案件番号22『不適切な言語による財務諸表の作成』。……カイル様、暗号だろうと何だろうと、数字の法則性までは隠せませんわ。この記号の並び……これ、ただの『複式簿記』ですわね」
ポルカの指が算盤の上を弾丸のような速さで跳ねる。
「……あ、出ましたわ。これ、隣国の商会からの『特別融資契約書』です。貸付利息は……なんと驚きの『ゼロパーセント』。……慈善事業でもない限り、あり得ない数字ですわね」
「無利子で隣国が金を貸す……。その見返りは、金銭ではなく『便宜』ということか」
カイルの瞳が、一瞬で冷酷な政治家のそれに変わった。
「……なるほど。シリウス殿下を王位に就かせる代わりに、このエトワール地方の関税権を譲渡する……。これは横領どころか、国家転覆の証拠ですよ」
「まあ、なんて非効率な。関税権を渡してしまったら、将来的な税収予測が立てられなくなりますわ。事務的に見て、最悪のディール(取引)です」
ポルカは、暗号の書類に真っ赤なペンで『要再提出』と大きく書き込んだ。
「シリウス様もバロン代官も、数字の計算が絶望的に下手すぎます。こんな条件で契約を結ぶなんて、公爵家の教育が泣きますわ」
「ポルカ。これは冗談では済みません。隣国のスパイが、既にこの領地に入り込んでいる可能性があります」
その時、執務室の窓が激しく割れ、黒装束の男たちが数人、室内に躍り込んできた。
彼らの手には、鋭く光る短剣が握られている。
「……証拠は返してもらうぞ、小娘!」
ポルカは、眉一つ動かさずに、手元の重厚な「監査用大型バインダー」を構えた。
「案件番号23『業務時間外の乱入および備品の破損』。……カイル様、窓ガラスの修理費、この方々の身包みを剥いで補填してもよろしいかしら?」
「ええ、許可します。……ですが、あなたのドレスが汚れるのは私の本意ではありません。……下がっていてください、ポルカ」
カイルが、腰に下げた細剣を音もなく抜いた。
しかし、ポルカは下がらなかった。
「いいえ。この方々、私の『重要証拠書類』を汚れた手で触ろうとしましたわ。……これは、監査官としてのプライドが許しません!」
ポルカは、襲いかかってきた男の一人の脳天に、鋼鉄製の算盤を正確無比な角度で叩き込んだ。
「……っ!? なんだ、この女……!?」
「計算しなさい! 私の算盤の角が、貴方の頭蓋骨に及ぼす衝撃力(ニュートン)を!」
物理法則に基づいた(?)打撃に、スパイの一人が白目を向いて崩れ落ちる。
カイルも、鮮やかな剣捌きで残りの男たちの武器を弾き飛ばし、あっという間に制圧してしまった。
「……ポルカ。あなた、意外と武闘派だったのですね」
「失礼ね。私はただ、事務作業の邪魔を排除しただけですわ。……さて、カイル様。この捕らえたスパイの方々の『尋問・管理コスト』も計算に入れないといけませんわね」
ポルカは乱れた髪を直し、再びペンを執った。
「……ああ。今夜の残業は、さらに長くなりそうですわ」
暗闇の中、ポルカの眼鏡が青白く光る。
彼女の敵は、もはや無能な元婚約者だけではない。国を揺るがす巨大な陰謀さえも、彼女にとっては「整理すべき未整理案件」に過ぎなかった。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のススメ!王子の「真実の愛」見つけて差し上げます
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢メロア・クレーベルの隣には、非の打ち所がない完璧すぎる婚約者、ジークハルト王子が君臨している。このまま結婚すれば、待っているのは「王妃教育」と「終わらない公務」という名の過労死コース……。
「嫌ですわ! わたくし、絶対に婚約破棄して隠居してみせますわ!」
決意したメロアは、入学したての学園で、王子の「真実の愛の相手(ヒロイン)」を見つけ出し、自分を捨ててもらうという作戦を開始する。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。
ハチワレ
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。
普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる