13 / 23
孫四郎と喜平次
しおりを挟む
夜中、私は目が覚めた。
戦国時代の夜に電気などあるはずもなく、火も月明かりも無い場所は漆黒に包まれる。
私もはじめのうちは真っ暗な空間にビビってたけど、今はもう慣れたな。
……おっと、なんだか催してきた。こんな時間に目が覚めた理由はこれか……
取り敢えず、隣で寝ている妹達を起こさないように静かに……トイレ、もとい厠まで……
音を立てないように部屋から廊下に出て、そのまま厠へと向かう。
廊下からは所々に明かりが見える。今が何時かは分からないけど、こんな時間になってもまだ戦について話している人がたくさんいるんだろう。
戦か……この戦いの結末は、果たしてどうなるんだろう?
歴史書の隅っこにしか載っていない程度の戦いなのか、知名度が無いだけで織田や斎藤にとって大事な戦いなのか……この戦が終われば状況がどう変わるのか、何も分からないのが少し怖い。
……おっと、ようやく廊下の突き当たりにある厠が見えてきた。歩いている間に近くなってきたし、さっさと用を……
「うおっと?」
「きゃっ!?」
厠ばっかり見ていた私は、壁の影から出てきた人影に気づかずぶつかってしまった。
私はぶつかった衝撃で尻餅をついてしまったが、そんなに体が硬いってことは男の人にぶつかったんだ。早く謝らないと……
「済まない。大丈夫か、帰蝶?」
……あれ、向こうから謝ってきてくれた。あぁ、私一応お姫様だから……いや、でも帰蝶って呼び捨てに……
「って、あなたは……孫四郎兄上?」
そうだ。この中性的なイケメンを見間違えるはずがない。
この人は私の同母兄、斎藤孫四郎龍重だ。
「……帰蝶、立てるか? 手を貸そう」
「……だ、大丈夫です。ご心配なく」
うん。尻餅をついただけだし、1人で問題無く立ち上がれる。
……ちょっとお尻は痛いけど。
「そうか、ケガがないならよかったよ。……だが、こんな時間まで夜更かししているのは感心しないな」
孫四郎兄さんは悪戯っぽく笑いながらそう言う。
本気で私を叱責しているわけではなく、私との会話の一環として夜更かしの理由を聞こうとしているのだろう。
「いやー、その……恥ずかしながら、ちょっと催して……」
「あぁ……それは済まない。早く済ませてくるといい」
「はい、では失礼致します」
「うん。おやすみ」
……ふぅ、スッキリした。
それにしても、孫四郎兄さんはカッコよくて性格も良さそうで……流石は小見さんの息子って感じだね。
はじめて顔を合わせて喋ったのに、もう本当の兄さんみたいに尊敬しちゃいそ……
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
もう、今度は私がぶつかられる番かい! 今度は誰がぶつかってきて……
「……チッ、誰かと思えば帰蝶か。邪魔臭い」
……うわぁ、悪人面の喜平次じゃないですか。
なんとなくこいつは兄さん呼びしたくないなぁ。
「……申し訳ありません、喜平次兄上。以後気をつけます」
でも、一応兄だから形だけでも敬わないとなぁ……現代なら思いっきり罵倒できるのに、この時代でそれやったら殺されかねないもん。
「フン、最後の最後まで気に障ることをする奴だ。
……まぁいい。お前の不愉快な顔を見るのもこれが最後だからな」
……最後って? それがどんな意味かを聞く前に、喜平次は私に背を向けて襖の奥へと姿を消した。
……いや、ちょっと待てよ喜平次。お前何気になることだけ言って消えるんだよ、最後ってなんだよ。
……いかん、喜平次へのイライラのせいで口調が荒くなった。
取り敢えず、こんなに気になることができたらもう眠れないじゃないか。
よし、ここは喜平次から情報を聞き出そう。
襖の向こうからは喜平次が誰かと話しているのがボソボソ聞こえてくる。
ここは夜の闇に紛れて、バレないように盗み聞きするんだ。
ワンチャン『最後』の意味も分かるかもだし、そうじゃなくてもこれで重要な情報を聞ければ、今後の役に立つかもしれない。
バレないように、慎重に……耳を寄せて、部屋の中から聞こえる声を拾うんだ。
「……此度の戦で大垣を失い、さらには土岐頼純様も美濃に帰還なされた。これでは父上の立場が危うくなりかねんが……」
……この声は孫四郎兄さんの声だ。喜平次はともかく、孫四郎兄さんの話を盗み聞きするのは罪悪感あるなぁ……
「なあに、父上には考えがあるのでしょう。我々が心配することではござらん」
「……そうだな。ところで喜平次よ、お前また兄上の悪評をあちこちに広めていたそうだな」
「ええ。何か問題でも?」
「……今回の戦、別に兄上に落ち度は無かっただろう。結果的に大垣は失ったが、兄上が負けたわけでは……」
「兄上、あの男は兄ではありません。この斎藤家の支配を揺るがしかねない、土岐家の仕込んだ埋伏の毒でございます」
「……しかし」
「斎藤家を守るためには、あの男を排斥して兄上が次期当主となるしかないのです。お家を守るためならば、我々はどんな犠牲も厭ってはいけないのです」
……聞かなきゃよかったかな、これ。
いくら戦国時代がそんな時代とはいっても、実の兄を毒だとか、排斥だとか……もう、斎藤家はその辺がドロドロしすぎなんだよ。
親子で殺しあったり、兄弟で憎しみあったり……乱世だからこそ、せめて身内同士だけでも仲良くできないのかな……
もう、こんな話聞きたくない。
うんざりした私がさっさとここから離れようとしたその時、襖の向こうから聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「人質同然で嫁入りする帰蝶も、お家のための犠牲と申すか?」
「父上のための駒となれたのなら、帰蝶も本望でしょう」
……え? 今なんて……もしかして、『嫁入り』
って言ったの?
戦国時代の夜に電気などあるはずもなく、火も月明かりも無い場所は漆黒に包まれる。
私もはじめのうちは真っ暗な空間にビビってたけど、今はもう慣れたな。
……おっと、なんだか催してきた。こんな時間に目が覚めた理由はこれか……
取り敢えず、隣で寝ている妹達を起こさないように静かに……トイレ、もとい厠まで……
音を立てないように部屋から廊下に出て、そのまま厠へと向かう。
廊下からは所々に明かりが見える。今が何時かは分からないけど、こんな時間になってもまだ戦について話している人がたくさんいるんだろう。
戦か……この戦いの結末は、果たしてどうなるんだろう?
歴史書の隅っこにしか載っていない程度の戦いなのか、知名度が無いだけで織田や斎藤にとって大事な戦いなのか……この戦が終われば状況がどう変わるのか、何も分からないのが少し怖い。
……おっと、ようやく廊下の突き当たりにある厠が見えてきた。歩いている間に近くなってきたし、さっさと用を……
「うおっと?」
「きゃっ!?」
厠ばっかり見ていた私は、壁の影から出てきた人影に気づかずぶつかってしまった。
私はぶつかった衝撃で尻餅をついてしまったが、そんなに体が硬いってことは男の人にぶつかったんだ。早く謝らないと……
「済まない。大丈夫か、帰蝶?」
……あれ、向こうから謝ってきてくれた。あぁ、私一応お姫様だから……いや、でも帰蝶って呼び捨てに……
「って、あなたは……孫四郎兄上?」
そうだ。この中性的なイケメンを見間違えるはずがない。
この人は私の同母兄、斎藤孫四郎龍重だ。
「……帰蝶、立てるか? 手を貸そう」
「……だ、大丈夫です。ご心配なく」
うん。尻餅をついただけだし、1人で問題無く立ち上がれる。
……ちょっとお尻は痛いけど。
「そうか、ケガがないならよかったよ。……だが、こんな時間まで夜更かししているのは感心しないな」
孫四郎兄さんは悪戯っぽく笑いながらそう言う。
本気で私を叱責しているわけではなく、私との会話の一環として夜更かしの理由を聞こうとしているのだろう。
「いやー、その……恥ずかしながら、ちょっと催して……」
「あぁ……それは済まない。早く済ませてくるといい」
「はい、では失礼致します」
「うん。おやすみ」
……ふぅ、スッキリした。
それにしても、孫四郎兄さんはカッコよくて性格も良さそうで……流石は小見さんの息子って感じだね。
はじめて顔を合わせて喋ったのに、もう本当の兄さんみたいに尊敬しちゃいそ……
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
もう、今度は私がぶつかられる番かい! 今度は誰がぶつかってきて……
「……チッ、誰かと思えば帰蝶か。邪魔臭い」
……うわぁ、悪人面の喜平次じゃないですか。
なんとなくこいつは兄さん呼びしたくないなぁ。
「……申し訳ありません、喜平次兄上。以後気をつけます」
でも、一応兄だから形だけでも敬わないとなぁ……現代なら思いっきり罵倒できるのに、この時代でそれやったら殺されかねないもん。
「フン、最後の最後まで気に障ることをする奴だ。
……まぁいい。お前の不愉快な顔を見るのもこれが最後だからな」
……最後って? それがどんな意味かを聞く前に、喜平次は私に背を向けて襖の奥へと姿を消した。
……いや、ちょっと待てよ喜平次。お前何気になることだけ言って消えるんだよ、最後ってなんだよ。
……いかん、喜平次へのイライラのせいで口調が荒くなった。
取り敢えず、こんなに気になることができたらもう眠れないじゃないか。
よし、ここは喜平次から情報を聞き出そう。
襖の向こうからは喜平次が誰かと話しているのがボソボソ聞こえてくる。
ここは夜の闇に紛れて、バレないように盗み聞きするんだ。
ワンチャン『最後』の意味も分かるかもだし、そうじゃなくてもこれで重要な情報を聞ければ、今後の役に立つかもしれない。
バレないように、慎重に……耳を寄せて、部屋の中から聞こえる声を拾うんだ。
「……此度の戦で大垣を失い、さらには土岐頼純様も美濃に帰還なされた。これでは父上の立場が危うくなりかねんが……」
……この声は孫四郎兄さんの声だ。喜平次はともかく、孫四郎兄さんの話を盗み聞きするのは罪悪感あるなぁ……
「なあに、父上には考えがあるのでしょう。我々が心配することではござらん」
「……そうだな。ところで喜平次よ、お前また兄上の悪評をあちこちに広めていたそうだな」
「ええ。何か問題でも?」
「……今回の戦、別に兄上に落ち度は無かっただろう。結果的に大垣は失ったが、兄上が負けたわけでは……」
「兄上、あの男は兄ではありません。この斎藤家の支配を揺るがしかねない、土岐家の仕込んだ埋伏の毒でございます」
「……しかし」
「斎藤家を守るためには、あの男を排斥して兄上が次期当主となるしかないのです。お家を守るためならば、我々はどんな犠牲も厭ってはいけないのです」
……聞かなきゃよかったかな、これ。
いくら戦国時代がそんな時代とはいっても、実の兄を毒だとか、排斥だとか……もう、斎藤家はその辺がドロドロしすぎなんだよ。
親子で殺しあったり、兄弟で憎しみあったり……乱世だからこそ、せめて身内同士だけでも仲良くできないのかな……
もう、こんな話聞きたくない。
うんざりした私がさっさとここから離れようとしたその時、襖の向こうから聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「人質同然で嫁入りする帰蝶も、お家のための犠牲と申すか?」
「父上のための駒となれたのなら、帰蝶も本望でしょう」
……え? 今なんて……もしかして、『嫁入り』
って言ったの?
0
あなたにおすすめの小説
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる