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第一章 出会い
1-7 追手
しおりを挟む一瞬風が吹いて木の葉を揺らし、それがおさまった時、董星の耳は近づいてくる音を聞き分けた。犬のうなり声、人の足音。
それは央華も同じだった。違うのは董星だけが、その人物に心当たりのあることだ。
壮宇だ。
きっとあいつだ。顔を合わせるのを禁じられている義兄だ。
会いたくない。見つかってはいけない。逃げなければ。
しかし董星は、先日その枝から落ちた大木を見上げると、そのまま足がすくんで動けなくなってしまった。
董星の異変に央華も気づいた。
「どうしたの、あなた、追われているの?」
董星はただ黙ってうなずいた。それが精一杯だつた。
央華も何かを察したようにうなずいた。
「わかった。それであなた、追手の目をごまかすために、男の子の格好をしていたのね」
それは誤解だが、董星はあえて訂正しなかった。何か適当なことを言って聞かせる余裕もなかった。
「大丈夫、こっちよ、来て」
央華は董星の手を強く握った。
「え……」
「早く。秘密の抜け道があるの。行こう、さあ!」
言うが早いか央華は来た道とは別の方角へ足早に歩き始めた。風下の方向だ。
董星は央華に手を引かれ、引きずられるようにして小走りに駆けた。
それは全く見たこともない風景だった。
央華は迷いなくある方向へと突き進んでいた。木々と茂みの間をぬって彼女の行く所、不思議と子供の通れる小径が開けた。どこ通っているのか董星には見当がつかない。今ここで央華とはぐれたならば、元の場所まで戻る自信は全くなかった。
やがて二人は渓流に出た。昨夜の雨で水が増し、流れが速くなっていた。
央華は董星の手を放して言った。
「飛び石の上を渡ってあっちまで行くよ。そうしたら、紫煙殿はすぐそこだから。ついて来て」
「うん、わかった」
二人は目を見交わしてうなずきあった。
央華は背中のカゴを背負い直す仕草をすると、先に立って流れに浮かぶ石に跳び移った。危なげない足取りだった。
二つ、三つと飛び石を進んだところで央華は振り返り、董星にも来るようにと促した。
董星が最初の石に跳ぼうとした時、董星は信じられない光景を見た。
央華の足下の流れに魚が集まったかと思うと、魚は次々に飛び上がって央華と央華の背中のカゴにぶつかり、水に落ちると再び飛び上がって央華を打つ。その動作を何度も繰り返す。
央華は腕で顔を覆ったかと思うと、たまらず流れの中に転落した。落ちたはずみで背中のカゴが水に流されていった。
「央華!」
董星は背中のカゴを投げ捨てて央華の元へ急いだ。央華は流れに押されていたが、中洲に生えた木の枝にしがみついて、なんとかその場にとどまっていた。董星は服の帯を解くと岸側の木と自分とを結び付け流れの中に入って行った。
「央華、手をこっちに」
もしかしたら倒木でせき止められていた水が、一気に流れ出たのかもしれない。
央華が董星の手をとった途端に、流れる水が勢いよく二人を飲み込んだ。
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