8 / 29
第一章 出会い
1-8 流れる水
しおりを挟む
幸いなことに水の勢いはすぐに引いた。下流へ流されて二人は、川の中洲にたどり着いていた。瀬の流れは広く浅くゆるやかで、川岸の両側には森が続いている。
まず董星が我に返って状況を確認した。見た所、二人とも怪我はしていないようだし、二人離れ離れにならなくてよかった。
続いて央華が目を開けたので、董星は彼女に声をかけた。
「央華、生きてる?」
「うん、……ごめんね」
央華はうつむいたまま、顔をあげようとしなかった。
「何で?」
「私のせいで、流されて、あなたを危ない目にあわせてしまった」
「そんなことないよ。央華は俺を助けてくれた、もう誰も追いかけてこないし、助かったよ、ありがとう」
董星は懸命になって央華を励まそうとした。必死のあまり言葉遣いが紫煙殿に来る前に戻ってしまったことにも気づかなかった。
央華は顔をあげたが、だまり込んだままだった。
董星は央華の肩に触れようとして、彼女が自分を不審の目で自分を見ているのに気づいた。
「どうしたの央華、道を探して一緒に帰ろう。……ああ」
ようやく董星は理解した。流れに入る前に、帯を解いたせいだ。
董星は服の前を合わせると、布目を結び合わせて閉じた。
央華は顔を背けて言った。
「あなた、男の子だったんだ……」
「だましたみたいでごめん」
「それはいいの、怒ってないから……でも、もう、一緒にはいられない」
央華の暮らす紫煙殿は男子を受け入れない。もし男子の来訪があれば、紫煙殿のことを忘れるように仕向け、追放するという。
董星は呆然と央華の顔を見つめた。央華は泣きそうになるのをこらえて袖で顔をぬぐった。
風の音に乗って、董星と央華は、川のあっち側とこっち側から、それぞれを呼ぶ声を聞いた。二人は別々の方向に向かって応えて言った。
「高人!」、と董星。
「蓉杏!」、と央華。
そこで二人はまた顔を見合わせた。お互いの名は呼ばずに、それぞれが今、最も頼りとする人の名前を呼んだのだ。
行動に出たのは央華が先だった。
「私、あなたとは流されて、あなたがどうなったかは分からないことにする」
そこまでを宣言すると、央華は浅瀬を走って渡った。止める暇もないくらい素早かった。
岸に上がると彼女は中洲に残された董星に向かって叫んだ。
「私、董星のこと、忘れないから。だから董星も、忘れないで!」
「忘れないよ、約束する!」
董星も叫んだが、それは森の中に消えていく央華の後ろ姿に対してだった。
俺の答え、ちゃんと届いただろうか?
しばらくして央華が走り去ったのとは反対方向の川岸から、のんびりとした声が董星を呼んだ。
「董星様、お久しぶりです。元気でしたか?」
董星は振り返って声の主を確かめた。紫煙殿に行って以来、久しぶりに見る男の姿だ。
「元気じゃないよ。ずぶぬれだ」
董星は答えると、高人のいる川岸へ、浅瀬を渡った。彼の顔を見て安心している、頼りない自分が嫌だった。
まず董星が我に返って状況を確認した。見た所、二人とも怪我はしていないようだし、二人離れ離れにならなくてよかった。
続いて央華が目を開けたので、董星は彼女に声をかけた。
「央華、生きてる?」
「うん、……ごめんね」
央華はうつむいたまま、顔をあげようとしなかった。
「何で?」
「私のせいで、流されて、あなたを危ない目にあわせてしまった」
「そんなことないよ。央華は俺を助けてくれた、もう誰も追いかけてこないし、助かったよ、ありがとう」
董星は懸命になって央華を励まそうとした。必死のあまり言葉遣いが紫煙殿に来る前に戻ってしまったことにも気づかなかった。
央華は顔をあげたが、だまり込んだままだった。
董星は央華の肩に触れようとして、彼女が自分を不審の目で自分を見ているのに気づいた。
「どうしたの央華、道を探して一緒に帰ろう。……ああ」
ようやく董星は理解した。流れに入る前に、帯を解いたせいだ。
董星は服の前を合わせると、布目を結び合わせて閉じた。
央華は顔を背けて言った。
「あなた、男の子だったんだ……」
「だましたみたいでごめん」
「それはいいの、怒ってないから……でも、もう、一緒にはいられない」
央華の暮らす紫煙殿は男子を受け入れない。もし男子の来訪があれば、紫煙殿のことを忘れるように仕向け、追放するという。
董星は呆然と央華の顔を見つめた。央華は泣きそうになるのをこらえて袖で顔をぬぐった。
風の音に乗って、董星と央華は、川のあっち側とこっち側から、それぞれを呼ぶ声を聞いた。二人は別々の方向に向かって応えて言った。
「高人!」、と董星。
「蓉杏!」、と央華。
そこで二人はまた顔を見合わせた。お互いの名は呼ばずに、それぞれが今、最も頼りとする人の名前を呼んだのだ。
行動に出たのは央華が先だった。
「私、あなたとは流されて、あなたがどうなったかは分からないことにする」
そこまでを宣言すると、央華は浅瀬を走って渡った。止める暇もないくらい素早かった。
岸に上がると彼女は中洲に残された董星に向かって叫んだ。
「私、董星のこと、忘れないから。だから董星も、忘れないで!」
「忘れないよ、約束する!」
董星も叫んだが、それは森の中に消えていく央華の後ろ姿に対してだった。
俺の答え、ちゃんと届いただろうか?
しばらくして央華が走り去ったのとは反対方向の川岸から、のんびりとした声が董星を呼んだ。
「董星様、お久しぶりです。元気でしたか?」
董星は振り返って声の主を確かめた。紫煙殿に行って以来、久しぶりに見る男の姿だ。
「元気じゃないよ。ずぶぬれだ」
董星は答えると、高人のいる川岸へ、浅瀬を渡った。彼の顔を見て安心している、頼りない自分が嫌だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる