流れる水の記憶 (完結済)

井中エルカ

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第三章 幕引き

3-4 策略(2)

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 国王は別として、王族の使う馬車はすべて構造が同じ。寸法や形状が同じ。装飾に多少の差はあれ、遠目に違いは分かりにくい。それを、旬進しゅんしんに目標を誤らせないようにしなければならない。
 ならば、恵明けいめいの他に、王族の馬車が走らない日を選ぶことにしよう。


 慎重に日を選んだはずだった。が、運悪く、恵明の出発と、王太子妃らの到着が重なり、似た馬車が同時に揃うことになってしまった。

 壮宇そううは似た馬車が一堂に集まらないようにと、手を打ってはいたのだ。

 王太子妃として迎える央華おうかの馬車については、
『馬車が到達できないように細工をしておいた。車軸をゆるめておいたのだ。なのに王都まで来てしまった』

 董星とうせいについては、
『お前は王族なので、無理を通して最初の柏月門はくげつもんから入城すると思ったのだ。くだんの赤影門せきえいもんまで回らずにな』

 それを聞いて董星は面食らった。無理を押し通すという考えは董星にはなかった。
 董星の考えがわかって壮宇は笑った。
『よい心がけだな。忘れるなよ』

 
 続いて壮宇は央華に話しかける。

『気を悪くしたか。私は正妃を迎えるつもりなどない。恵明以外の女はいらぬ。しかし、……国の慣例を破ろうとしたのは私が最初ではないな』
 ここで壮宇は董星をじろりと見た。
『お前の父親の方が先だ』

 董星の父は現在の国王。董星の実の父親で、壮宇の義理の父親でもあるはずだが、まるで他人事のような言い方だった。

 睨まれて、董星は壮宇を睨み返す。


 現国王より前まで、王家には慣例があり、王の元には妃と愛妾。公私で役割を分ける二人の伴侶が連れ添っていた。
 妃は神事をつかさどって王とともに国を統治する。王とその妃の寝所は別にするのが慣例。
 私生活を助け、寝所を共にするのは愛妾のつとめ。
 王の後継者は国王と十王府によって決められ、多くの場合は愛妾の子が王太子になっている。

 現国王は慣例を破り、王太子時代に妃と公私を共にしていた。董星は当時の王太子と王太子妃との間の子で、それは前例のないことだった。
 慣例を破ることを非難する声も多く、それで妃の死後、菫星は離宮での生活を余儀なくされた。
 壮宇とその母親は、正妃の死後王宮に迎えられた。壮宇は国王の実子ではないが、国王と十王府の認めで王太子になった。これについては壮宇にも相当の苦労があったのだろうと、想像される。


 壮宇は語る。

『……二人を伴侶とする慣例は、その負担を減らすためだといわれてきたが、果たしてそうだろうか。王と妃が並び立てばお互いに情が移る。これは自然のこと。お前の父と母のように』
 そう言って彼は董星と央華を見た。

『その一方で、跡継ぎのできなかった愛妾の行く末はどうなる? こればかりは当人の努力が及ぶものか……』
 この言葉で恵明が一瞬身じろぎした。
 もしかしたら、恵明自身、子供が望めないのかもしれない。そう思われた。

『ただそれだけの役割を担わされるのがどれだけ苦しいことか。王だとて、鉄のような心のなければ、割り切り済まされはすまい』

 壮宇は恵明に聞く。
『……そんなわけで、私は世の習わしを正すより、隠遁することを選ぶ弱い人間だ。そうと分かっても私と来てくれるか』
『はい、お供いたします』
 恵明に迷いはない。

『私より先に死ぬなよ』
『それは……』
 恵明は絶句したが、すぐに答えを思いついた。
『私の命のある限り、そうするとお誓いします』
 それを聞いて壮宇は笑った。


 壮宇たちが話している間も、董星は身動き一つせずにいた。
 壮宇と恵明の決心、二人の絆が強いことも分かった。しかし。

『私の話を信じないか。……まあいい』
 壮宇は言い、決定的な一言を董星に投げつけた。

『いずれにせよ、私は王太子の剣を捨てた。お前が拾わねば、王宮のごろつきどもがそれをかすめ取る。奴らは余計なことを企むぞ。そうと分かっていて、お前はその剣を放り出せる男でもあるまい』

 他に選びようがなかった。董星は王太子の証の剣をとり、こうして東宮の主となった。
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