23 / 29
第三章 幕引き
3-4 策略(2)
しおりを挟む
国王は別として、王族の使う馬車はすべて構造が同じ。寸法や形状が同じ。装飾に多少の差はあれ、遠目に違いは分かりにくい。それを、旬進に目標を誤らせないようにしなければならない。
ならば、恵明の他に、王族の馬車が走らない日を選ぶことにしよう。
慎重に日を選んだはずだった。が、運悪く、恵明の出発と、王太子妃らの到着が重なり、似た馬車が同時に揃うことになってしまった。
壮宇は似た馬車が一堂に集まらないようにと、手を打ってはいたのだ。
王太子妃として迎える央華の馬車については、
『馬車が到達できないように細工をしておいた。車軸をゆるめておいたのだ。なのに王都まで来てしまった』
董星については、
『お前は王族なので、無理を通して最初の柏月門から入城すると思ったのだ。くだんの赤影門まで回らずにな』
それを聞いて董星は面食らった。無理を押し通すという考えは董星にはなかった。
董星の考えがわかって壮宇は笑った。
『よい心がけだな。忘れるなよ』
続いて壮宇は央華に話しかける。
『気を悪くしたか。私は正妃を迎えるつもりなどない。恵明以外の女はいらぬ。しかし、……国の慣例を破ろうとしたのは私が最初ではないな』
ここで壮宇は董星をじろりと見た。
『お前の父親の方が先だ』
董星の父は現在の国王。董星の実の父親で、壮宇の義理の父親でもあるはずだが、まるで他人事のような言い方だった。
睨まれて、董星は壮宇を睨み返す。
現国王より前まで、王家には慣例があり、王の元には妃と愛妾。公私で役割を分ける二人の伴侶が連れ添っていた。
妃は神事をつかさどって王とともに国を統治する。王とその妃の寝所は別にするのが慣例。
私生活を助け、寝所を共にするのは愛妾のつとめ。
王の後継者は国王と十王府によって決められ、多くの場合は愛妾の子が王太子になっている。
現国王は慣例を破り、王太子時代に妃と公私を共にしていた。董星は当時の王太子と王太子妃との間の子で、それは前例のないことだった。
慣例を破ることを非難する声も多く、それで妃の死後、菫星は離宮での生活を余儀なくされた。
壮宇とその母親は、正妃の死後王宮に迎えられた。壮宇は国王の実子ではないが、国王と十王府の認めで王太子になった。これについては壮宇にも相当の苦労があったのだろうと、想像される。
壮宇は語る。
『……二人を伴侶とする慣例は、その負担を減らすためだといわれてきたが、果たしてそうだろうか。王と妃が並び立てばお互いに情が移る。これは自然のこと。お前の父と母のように』
そう言って彼は董星と央華を見た。
『その一方で、跡継ぎのできなかった愛妾の行く末はどうなる? こればかりは当人の努力が及ぶものか……』
この言葉で恵明が一瞬身じろぎした。
もしかしたら、恵明自身、子供が望めないのかもしれない。そう思われた。
『ただそれだけの役割を担わされるのがどれだけ苦しいことか。王だとて、鉄のような心のなければ、割り切り済まされはすまい』
壮宇は恵明に聞く。
『……そんなわけで、私は世の習わしを正すより、隠遁することを選ぶ弱い人間だ。そうと分かっても私と来てくれるか』
『はい、お供いたします』
恵明に迷いはない。
『私より先に死ぬなよ』
『それは……』
恵明は絶句したが、すぐに答えを思いついた。
『私の命のある限り、そうするとお誓いします』
それを聞いて壮宇は笑った。
壮宇たちが話している間も、董星は身動き一つせずにいた。
壮宇と恵明の決心、二人の絆が強いことも分かった。しかし。
『私の話を信じないか。……まあいい』
壮宇は言い、決定的な一言を董星に投げつけた。
『いずれにせよ、私は王太子の剣を捨てた。お前が拾わねば、王宮のごろつきどもがそれをかすめ取る。奴らは余計なことを企むぞ。そうと分かっていて、お前はその剣を放り出せる男でもあるまい』
他に選びようがなかった。董星は王太子の証の剣をとり、こうして東宮の主となった。
ならば、恵明の他に、王族の馬車が走らない日を選ぶことにしよう。
慎重に日を選んだはずだった。が、運悪く、恵明の出発と、王太子妃らの到着が重なり、似た馬車が同時に揃うことになってしまった。
壮宇は似た馬車が一堂に集まらないようにと、手を打ってはいたのだ。
王太子妃として迎える央華の馬車については、
『馬車が到達できないように細工をしておいた。車軸をゆるめておいたのだ。なのに王都まで来てしまった』
董星については、
『お前は王族なので、無理を通して最初の柏月門から入城すると思ったのだ。くだんの赤影門まで回らずにな』
それを聞いて董星は面食らった。無理を押し通すという考えは董星にはなかった。
董星の考えがわかって壮宇は笑った。
『よい心がけだな。忘れるなよ』
続いて壮宇は央華に話しかける。
『気を悪くしたか。私は正妃を迎えるつもりなどない。恵明以外の女はいらぬ。しかし、……国の慣例を破ろうとしたのは私が最初ではないな』
ここで壮宇は董星をじろりと見た。
『お前の父親の方が先だ』
董星の父は現在の国王。董星の実の父親で、壮宇の義理の父親でもあるはずだが、まるで他人事のような言い方だった。
睨まれて、董星は壮宇を睨み返す。
現国王より前まで、王家には慣例があり、王の元には妃と愛妾。公私で役割を分ける二人の伴侶が連れ添っていた。
妃は神事をつかさどって王とともに国を統治する。王とその妃の寝所は別にするのが慣例。
私生活を助け、寝所を共にするのは愛妾のつとめ。
王の後継者は国王と十王府によって決められ、多くの場合は愛妾の子が王太子になっている。
現国王は慣例を破り、王太子時代に妃と公私を共にしていた。董星は当時の王太子と王太子妃との間の子で、それは前例のないことだった。
慣例を破ることを非難する声も多く、それで妃の死後、菫星は離宮での生活を余儀なくされた。
壮宇とその母親は、正妃の死後王宮に迎えられた。壮宇は国王の実子ではないが、国王と十王府の認めで王太子になった。これについては壮宇にも相当の苦労があったのだろうと、想像される。
壮宇は語る。
『……二人を伴侶とする慣例は、その負担を減らすためだといわれてきたが、果たしてそうだろうか。王と妃が並び立てばお互いに情が移る。これは自然のこと。お前の父と母のように』
そう言って彼は董星と央華を見た。
『その一方で、跡継ぎのできなかった愛妾の行く末はどうなる? こればかりは当人の努力が及ぶものか……』
この言葉で恵明が一瞬身じろぎした。
もしかしたら、恵明自身、子供が望めないのかもしれない。そう思われた。
『ただそれだけの役割を担わされるのがどれだけ苦しいことか。王だとて、鉄のような心のなければ、割り切り済まされはすまい』
壮宇は恵明に聞く。
『……そんなわけで、私は世の習わしを正すより、隠遁することを選ぶ弱い人間だ。そうと分かっても私と来てくれるか』
『はい、お供いたします』
恵明に迷いはない。
『私より先に死ぬなよ』
『それは……』
恵明は絶句したが、すぐに答えを思いついた。
『私の命のある限り、そうするとお誓いします』
それを聞いて壮宇は笑った。
壮宇たちが話している間も、董星は身動き一つせずにいた。
壮宇と恵明の決心、二人の絆が強いことも分かった。しかし。
『私の話を信じないか。……まあいい』
壮宇は言い、決定的な一言を董星に投げつけた。
『いずれにせよ、私は王太子の剣を捨てた。お前が拾わねば、王宮のごろつきどもがそれをかすめ取る。奴らは余計なことを企むぞ。そうと分かっていて、お前はその剣を放り出せる男でもあるまい』
他に選びようがなかった。董星は王太子の証の剣をとり、こうして東宮の主となった。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
愛を騙るな
篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」
「………」
「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」
王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。
「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」
「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」
「い、いや、それはできぬ」
「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」
「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」
途端、王妃の嘲る笑い声が響く。
「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる