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第四章 次の朝
4-1 迎える朝
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董星は王太子として、十王として、着実に地歩を固める。
央華との仲睦まじい様子は折に触れて見られ、二人の婚約は好感を持って迎えられた。
しかし夜、東宮においてはそれぞれの居室に別れて過ごす。それが二人の決まり事だった。
そうして一年が過ぎた頃、董星と央華は婚礼の式を挙げた。二人は祝福を受け、国中が認める王太子とその妃となった。
結婚してようやく名実ともに二人は結ばれる。当人たちが、最も待ち望んできたように。
早朝。高人は東宮内のある場所に向かう。
彼は盆の上に蒸籠を持っている。蒸籠の中には夫婦が最初の夜を過ごした後、二人で食べる餅が入っている。高人はそれを王太子とその妃に届けようとしていた。
露台に面した部屋からは楽しそうな話し声が聞こえる。
董星と央華。共に朝を迎えた二人の表情はすがすがしく明るい。
「おめでとうございます」
高人は声をかけ、持ってきたものを卓の上に置く。
「ありがとう」
と声が返って来た。ちょうど、二人は髪を整えている所だった。
高人は深々と頭を下げてさらに言う。
「どうぞ、お続けになってください」
椅子に央華が座り、董星は彼女の後ろに立って、彼女の長い髪を櫛で梳いている。
董星が使い終わった櫛を央華の手に返すと彼女はそれを台の上に戻す。
やがて董星は器用に央華の髪を結いあげて簪を指す。簪は董星が央華に贈った物で、繊細な花の飾りが付いている。
仕上がりを手鏡を見て確認しながら、央華が「上手ね」と言う。「まあね」と董星が応じる。女髪の結い方は、その昔、紫煙殿にいた頃に覚えた。
置かれている櫛を見て、思わず高人が言った。
「幼少の頃よりお使いの櫛ですか?」
央華の櫛は横長で魚の形をしている。成人女性が使うにしては、ずい分かわいらしい櫛だと思ったのだ。
央華は首を傾け、二、三度、瞬きをしてから答えた。
「そうね。昔、蓉杏が使っていたのをもらったの」
すると、央華の答えに董星がうなずいた。
「俺もよく覚えている。君はこの櫛で、蓉杏の髪を梳かしていた」
「紫煙殿にいた時ね。あなたの髪も梳いたわ。覚えてないの?」
「あれ、そうだっけ……」
「そうよ、失礼しちゃうわ。それにあなた、蓉杏が髪を下ろすと、いつもぼうっと見とれていて」
「あ、それは覚えている。なんだか、この世の人ではないような、天女を見ている気分になって……」
「まあ、正直ね」
央華がふざけて董星の胸を叩く。二人とも笑っている。
が、不意に央華が真面目な顔になって言った。
「蓉杏にはね、この櫛で私の髪を梳いてくれる人が現れたら、その時はお別れだって、前々から言われてたの。本当にその通りになってしまった……」
「央華……」
董星は央華をそっと抱きしめる。
一年前。人目を忍んで董星は央華の元を訪れ、その意思を問うた。央華は東宮にとどまり董星の妃となることを望んだ。櫛はその時に託された。
気づけば蓉杏は姿を消していた。央華は騒がなかった。でも陰で泣いていたことを、董星は知っている。
董星は央華に言う。
「ずっと一緒にいるよ……」
「うん、ありがとう……」
董星が回した手に、央華は自分の手を添える。
高人は微笑してその場を去る。若い夫婦間にある思いやりの気持ちを、好ましく思う。
が、それ以上に、彼には思う所があった。
董星と央華は紫煙殿のことを、そこであった人と出来事とを覚えている。二人とも忘れていない。その確証を、得た。
央華との仲睦まじい様子は折に触れて見られ、二人の婚約は好感を持って迎えられた。
しかし夜、東宮においてはそれぞれの居室に別れて過ごす。それが二人の決まり事だった。
そうして一年が過ぎた頃、董星と央華は婚礼の式を挙げた。二人は祝福を受け、国中が認める王太子とその妃となった。
結婚してようやく名実ともに二人は結ばれる。当人たちが、最も待ち望んできたように。
早朝。高人は東宮内のある場所に向かう。
彼は盆の上に蒸籠を持っている。蒸籠の中には夫婦が最初の夜を過ごした後、二人で食べる餅が入っている。高人はそれを王太子とその妃に届けようとしていた。
露台に面した部屋からは楽しそうな話し声が聞こえる。
董星と央華。共に朝を迎えた二人の表情はすがすがしく明るい。
「おめでとうございます」
高人は声をかけ、持ってきたものを卓の上に置く。
「ありがとう」
と声が返って来た。ちょうど、二人は髪を整えている所だった。
高人は深々と頭を下げてさらに言う。
「どうぞ、お続けになってください」
椅子に央華が座り、董星は彼女の後ろに立って、彼女の長い髪を櫛で梳いている。
董星が使い終わった櫛を央華の手に返すと彼女はそれを台の上に戻す。
やがて董星は器用に央華の髪を結いあげて簪を指す。簪は董星が央華に贈った物で、繊細な花の飾りが付いている。
仕上がりを手鏡を見て確認しながら、央華が「上手ね」と言う。「まあね」と董星が応じる。女髪の結い方は、その昔、紫煙殿にいた頃に覚えた。
置かれている櫛を見て、思わず高人が言った。
「幼少の頃よりお使いの櫛ですか?」
央華の櫛は横長で魚の形をしている。成人女性が使うにしては、ずい分かわいらしい櫛だと思ったのだ。
央華は首を傾け、二、三度、瞬きをしてから答えた。
「そうね。昔、蓉杏が使っていたのをもらったの」
すると、央華の答えに董星がうなずいた。
「俺もよく覚えている。君はこの櫛で、蓉杏の髪を梳かしていた」
「紫煙殿にいた時ね。あなたの髪も梳いたわ。覚えてないの?」
「あれ、そうだっけ……」
「そうよ、失礼しちゃうわ。それにあなた、蓉杏が髪を下ろすと、いつもぼうっと見とれていて」
「あ、それは覚えている。なんだか、この世の人ではないような、天女を見ている気分になって……」
「まあ、正直ね」
央華がふざけて董星の胸を叩く。二人とも笑っている。
が、不意に央華が真面目な顔になって言った。
「蓉杏にはね、この櫛で私の髪を梳いてくれる人が現れたら、その時はお別れだって、前々から言われてたの。本当にその通りになってしまった……」
「央華……」
董星は央華をそっと抱きしめる。
一年前。人目を忍んで董星は央華の元を訪れ、その意思を問うた。央華は東宮にとどまり董星の妃となることを望んだ。櫛はその時に託された。
気づけば蓉杏は姿を消していた。央華は騒がなかった。でも陰で泣いていたことを、董星は知っている。
董星は央華に言う。
「ずっと一緒にいるよ……」
「うん、ありがとう……」
董星が回した手に、央華は自分の手を添える。
高人は微笑してその場を去る。若い夫婦間にある思いやりの気持ちを、好ましく思う。
が、それ以上に、彼には思う所があった。
董星と央華は紫煙殿のことを、そこであった人と出来事とを覚えている。二人とも忘れていない。その確証を、得た。
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