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南端の水の都-サウザンポート-
3話 物価高騰
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「たっか」
並んだ花を見て、そう零した。
と、いう話を、花屋を見つける度にしている。
と、いう話も、花屋を見つける度にしている。
と、いう話も……。
「ウルさん。この街の物価、少々おかしくはありませんか?」
「わー、この金額を見て少々で済ませられるアリシアが羨ましいよ」
花一本を見る。
宿泊の町でアリシアに送ったものと、品質は大体同じようなものだ。だが、値段が違う。大きく違う。
だいたい、1000倍くらいする。
「お嬢ちゃん達、街には今日着いたばかりかい?」
「え、ええ」
店主さんだろうか。
恰幅の良いおばちゃんが声をかけてくれた。
おばちゃんは「それは災難だったね」と言い、この街の現状を教えてくれた。
「見たところ花を探しているようだけど、それ以外の物は見て回ったかい?」
「? いえ、まだ見れてません」
「そうかい。なら、後で見て回るといいよ。どこもかしこも酷いもんだからさ」
「どういう事でしょうか?」
より詳細を尋ねると、おばちゃんはどっこらせと腰を掛けた。どうやら長くなるらしい。
「陸側の門の辺りに、闘技場があるのは知ってるかい?」
「はい。俺達はそっち側から来たので」
「へぇ! あんたたち陸路から来たのかい! なら話は早いよ。あれはね、貴族様の道楽で建てられたものなのさ。だけどねぇ、この街の人たちは喧嘩っ早いわりに賭け事にはあまり関心が無くてねぇ。出来た当初は誰も足を運ばなかったのさ」
「そうなんですか? 見たところ、皆さん熱狂しているようでしたが」
「そいつは最近になっての事さぁ」
おばちゃんは、大きくため息をついた。
先ほどまでピンと背筋が伸びていたおばちゃんだ。
背筋が丸まったら、それだけで5歳くらい年を取って見えた。
そして、昔を懐かしむように呟く。
「お貴族様は、どうしてもあの賭場を繁盛させたかったみたいでねぇ。大量の悪銭をばら撒いたのさ」
「悪銭……? それがどうして賭場の繁盛に?」
「ふぅむ。お嬢ちゃん。どうして物がお金で買えると思う?」
「え、えと……お金そのものの価値と、物の価値が釣り合うから交換できる……でしたよね?」
「そうさ。すると、質の悪いお金が増えるとどうなる? 貴重な売り物を、信頼できないお金と交換するかい?」
「……しないでしょうね」
「そうさ、すると、物の値段が高くなる。収入が低いものは生活が成り立たなくなる。そんなとき、手元のお金を何倍にもできるチャンスがあったら、賭けに出たくなるとは思わないかい?」
「ああ、なるほど。そういうことか」
要するに、ギャンブルで一山当てなければ生き残れない状況を作り出したという訳か。
「お、お待ちください! だからといって、実際に勝てる人なんて僅かでしょう!? 負けた人たちはどうなるんです!?」
「……アリシア。撃剣興行で戦う人たちの身分がどういうものか、知ってるか?」
「い、いえ……」
「借金持ちや浮浪者。要するに、生活が成り立たなくなった人だ」
「……そうさ」
ようするに、ギャンブルに負けた人は賭けの対象に、勝った人はまた次の賭けに来る。そんなスパイラルが出来ているのだ。どおりで、撃剣興行なんて参加者のいなさそうな催しに出場する選手がいるわけだ。
「この街は、近いうちに滅びるだろうねぇ」
「そ、そんな……!」
アリシアが膝をついて崩れた。
その手には俺の裾が掴まれていて、引っ張られる。
上目遣いになったアリシア。
「ウルさん! 大変です! このままだと私たちが結ばれるより先に街が滅んでしまいます!」
「あー、うん? アリシア、ショックを受けるところ、そこでいいのか?」
「もちろん、この街の皆さんは心配です! しかし、皆さんを救うためには諸悪の根源を倒す必要があります! 私たちが結ばれるために起こした行動が、皆さんを救う。これほど素晴らしい事は無いでしょう!」
あーあー。
出たよ暴走モード。
基本的にクールビューティなのに、どうしてかときおり残念な頭になるんだよな。一体誰が原因なんだ。
「落ち着けアリシア。経済なんて大きなもの、俺達のような個人でどうにかできる物じゃない。まして、悪循環に嵌っている状況ならなおさらだ!」
「では! 街の皆さんを放っておくというのですか」
「コイツ自分の欲望を棚に上げて……っ!」
「いひひ」
そんなやり取りをしていると、ふと。
お花屋さんのおばちゃんが、「プフフ」と笑いを零した。それから、笑い声は少しずつ楽しそうになり、おばちゃんは心底楽しそうに笑った。
「あーっはっは! お前さん達、ずいぶん愉快だね! なんだか元気貰っちゃったよ。……こんなに楽しく笑えたのはいつ以来かね」
「いや、割とアリシアは真剣に悩んでますよ」
「!? ウルさんはいいのですか!?」
「困るし心苦しいけど、アリシア見てると冷静になってくる」
というか、な。
俺には悩むだけの頭は無い。
アリシアにも、残念ながらない。
勇者パーティの魔法使いならあるいはどうにかしてくれたかもしれないが、あいにく彼女はここにはいない。となると、だ。
「俺に出来る事なんて、一つしかないからな」
下手の考え休むに似たりだ。
だったら、考えるより先に信じた道を進むだけだ。
「とりあえず、闘技場をぶっ潰す。話はそこからだ」
「おー! さすがウルさん!」
「やーやー」
そんな、頭の悪い話をしていた時だ。
不意に店の扉が開かれて、見覚えのある姿が入ってきた。そしてその人物は開口一番こう言った。
「その話……詳しく」
「おまえは――」
ほつれ乱れたそそけ髪。ボロボロの貫頭衣。
砂塗れになった白い肌。手足に巻き留めた黒い鎖。
仏頂面の人は先ほど闘技場で見かけた。
「――鎖使い、メア」
並んだ花を見て、そう零した。
と、いう話を、花屋を見つける度にしている。
と、いう話も、花屋を見つける度にしている。
と、いう話も……。
「ウルさん。この街の物価、少々おかしくはありませんか?」
「わー、この金額を見て少々で済ませられるアリシアが羨ましいよ」
花一本を見る。
宿泊の町でアリシアに送ったものと、品質は大体同じようなものだ。だが、値段が違う。大きく違う。
だいたい、1000倍くらいする。
「お嬢ちゃん達、街には今日着いたばかりかい?」
「え、ええ」
店主さんだろうか。
恰幅の良いおばちゃんが声をかけてくれた。
おばちゃんは「それは災難だったね」と言い、この街の現状を教えてくれた。
「見たところ花を探しているようだけど、それ以外の物は見て回ったかい?」
「? いえ、まだ見れてません」
「そうかい。なら、後で見て回るといいよ。どこもかしこも酷いもんだからさ」
「どういう事でしょうか?」
より詳細を尋ねると、おばちゃんはどっこらせと腰を掛けた。どうやら長くなるらしい。
「陸側の門の辺りに、闘技場があるのは知ってるかい?」
「はい。俺達はそっち側から来たので」
「へぇ! あんたたち陸路から来たのかい! なら話は早いよ。あれはね、貴族様の道楽で建てられたものなのさ。だけどねぇ、この街の人たちは喧嘩っ早いわりに賭け事にはあまり関心が無くてねぇ。出来た当初は誰も足を運ばなかったのさ」
「そうなんですか? 見たところ、皆さん熱狂しているようでしたが」
「そいつは最近になっての事さぁ」
おばちゃんは、大きくため息をついた。
先ほどまでピンと背筋が伸びていたおばちゃんだ。
背筋が丸まったら、それだけで5歳くらい年を取って見えた。
そして、昔を懐かしむように呟く。
「お貴族様は、どうしてもあの賭場を繁盛させたかったみたいでねぇ。大量の悪銭をばら撒いたのさ」
「悪銭……? それがどうして賭場の繁盛に?」
「ふぅむ。お嬢ちゃん。どうして物がお金で買えると思う?」
「え、えと……お金そのものの価値と、物の価値が釣り合うから交換できる……でしたよね?」
「そうさ。すると、質の悪いお金が増えるとどうなる? 貴重な売り物を、信頼できないお金と交換するかい?」
「……しないでしょうね」
「そうさ、すると、物の値段が高くなる。収入が低いものは生活が成り立たなくなる。そんなとき、手元のお金を何倍にもできるチャンスがあったら、賭けに出たくなるとは思わないかい?」
「ああ、なるほど。そういうことか」
要するに、ギャンブルで一山当てなければ生き残れない状況を作り出したという訳か。
「お、お待ちください! だからといって、実際に勝てる人なんて僅かでしょう!? 負けた人たちはどうなるんです!?」
「……アリシア。撃剣興行で戦う人たちの身分がどういうものか、知ってるか?」
「い、いえ……」
「借金持ちや浮浪者。要するに、生活が成り立たなくなった人だ」
「……そうさ」
ようするに、ギャンブルに負けた人は賭けの対象に、勝った人はまた次の賭けに来る。そんなスパイラルが出来ているのだ。どおりで、撃剣興行なんて参加者のいなさそうな催しに出場する選手がいるわけだ。
「この街は、近いうちに滅びるだろうねぇ」
「そ、そんな……!」
アリシアが膝をついて崩れた。
その手には俺の裾が掴まれていて、引っ張られる。
上目遣いになったアリシア。
「ウルさん! 大変です! このままだと私たちが結ばれるより先に街が滅んでしまいます!」
「あー、うん? アリシア、ショックを受けるところ、そこでいいのか?」
「もちろん、この街の皆さんは心配です! しかし、皆さんを救うためには諸悪の根源を倒す必要があります! 私たちが結ばれるために起こした行動が、皆さんを救う。これほど素晴らしい事は無いでしょう!」
あーあー。
出たよ暴走モード。
基本的にクールビューティなのに、どうしてかときおり残念な頭になるんだよな。一体誰が原因なんだ。
「落ち着けアリシア。経済なんて大きなもの、俺達のような個人でどうにかできる物じゃない。まして、悪循環に嵌っている状況ならなおさらだ!」
「では! 街の皆さんを放っておくというのですか」
「コイツ自分の欲望を棚に上げて……っ!」
「いひひ」
そんなやり取りをしていると、ふと。
お花屋さんのおばちゃんが、「プフフ」と笑いを零した。それから、笑い声は少しずつ楽しそうになり、おばちゃんは心底楽しそうに笑った。
「あーっはっは! お前さん達、ずいぶん愉快だね! なんだか元気貰っちゃったよ。……こんなに楽しく笑えたのはいつ以来かね」
「いや、割とアリシアは真剣に悩んでますよ」
「!? ウルさんはいいのですか!?」
「困るし心苦しいけど、アリシア見てると冷静になってくる」
というか、な。
俺には悩むだけの頭は無い。
アリシアにも、残念ながらない。
勇者パーティの魔法使いならあるいはどうにかしてくれたかもしれないが、あいにく彼女はここにはいない。となると、だ。
「俺に出来る事なんて、一つしかないからな」
下手の考え休むに似たりだ。
だったら、考えるより先に信じた道を進むだけだ。
「とりあえず、闘技場をぶっ潰す。話はそこからだ」
「おー! さすがウルさん!」
「やーやー」
そんな、頭の悪い話をしていた時だ。
不意に店の扉が開かれて、見覚えのある姿が入ってきた。そしてその人物は開口一番こう言った。
「その話……詳しく」
「おまえは――」
ほつれ乱れたそそけ髪。ボロボロの貫頭衣。
砂塗れになった白い肌。手足に巻き留めた黒い鎖。
仏頂面の人は先ほど闘技場で見かけた。
「――鎖使い、メア」
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