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南端の水の都-サウザンポート-

2話 鎖使いメア

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 峠を越えた、大陸の果て。
 延々と続くだらだら坂も長く下ると、荒野の乾いた空気から、爽やかな海風にいつしか変わっていた。遠く溟海から、海鳥の声が聞こえる気がする。
 更に進んで、ようやっとその街は見えてきた。

「おまいさんたち、南端の水の都サウザンポートが見えてきただよ」

 ガタゴト揺れる荷馬車。
 布で覆われた天幕と壁の間から外を見れば、水の都が広がった。白い壁に赤い屋根、ところどころに色付きレンガの使われた家の立ち並んでいる。アクセントカラーに規則性は見当たらないが、全体としては非常に調和が取れている。

「きゅるるる!」
「ははっ、ジークも楽しみか」
「きゅる!」

 ジークが頭を押し付けてきた。
 片手でその頭を撫でていると、今度は反対側からアリシアが頭を押し付けてくる。可愛かったので撫でてあげるとこちらも気持ちよさそうにしていた。

「楽しいことがいっぱい待ってるといいな」

 呟いた声は、波風に攫われた。



 南端の水の都サウザンポートは港町。
 日夜この町を訪れる旅人や貿易商たちのほとんど全ては、海路を使ってやってくる。そのためか、陸路を使ってきた俺たちは特に入国審査待ちをすることなくあっさりと入国が許された。

 街に入ると、一際大きな建物が見つかった。
 その建物は直方体を縦に並べたような家が立ち並ぶこの町にしては異色な円筒状。王都で見た、コロシアムを彷彿とさせる形状をしていた。

 俺がしばらくその場で立ち尽くしていると、暇そうにしている門番さんが俺に声をかけた。少しなよっとした、でも、芯はしっかり通ってそうな青年だった。

「気になるかい?」
「ええ、まあ。あの建物だけ浮いてますよね」
「ははっ、そうだね。あの建物だけ変わってるよね」

 門番さんは苦々しそうに笑った。

「ま、それもそのはずなんだ。あの建物は、この町とは別のルーツを持っているからね」
「別のルーツ、ですか」
「そう。『撃剣興行げっけんこうぎょう』って聞いたことあるかい?」
「ええ、一応は」

 撃剣興行。 
 それは一種の見世物だ。
 借金持ちや浮浪者。彼らを逃げ場のないコロシアムで戦わせ、どちらが勝つかを予想する賭博施設。
 それが俺の知る撃剣興行だった。

「もう、数年前の話なんだけどね。この街を治めるお貴族様が代替わりしたんだ。その結果、こんな賭博施設を建てちゃったわけ」
「へぇ」
「そういえば、最近負け知らずの選手がいるらしい。名前は忘れちまったけど、相当腕が立つって噂だ。あんちゃん達もお金が足りなくなったらそいつに賭けて増やすといいぜ」
「分かりました。覚えておきます」

 お礼を言って、俺達は歩き出した。
 時を移さず、アリシアが俺に釘を刺す。

「ウルさん。おわかりだとは思ってますが、絶対に賭け事はダメですからね。汚いお金はダメです」
「分かってる分かってる」
「ならいいのです」
「でも、観戦するくらいならいいだろ?」

 アリシアは教会育ちという事もあり、その手の類の事を毛嫌いしている。俺も賭け事はそんなに好きじゃない。だが、撃剣興行とはいえ無敗の戦士がどんな人物かは気になる。
 不敗の戦士、見たくない?

「まぁ、それくらいならいいですかね。ちょうど行われている最中みたいですし、寄っていきましょうか」
「うん、そうしよう」

 闘技場からは、熱量ある歓声が響いてきている。
 まっすぐに向かえば、声援がどんどん大きくなる。
 観戦料はジュース4ダース分くらい。
 途中からの観戦という事で安くしてもらった。

 安くはないが、場代はこんなものなのだろうか。
 賭場には縁が無かったから、まるで分からない。

 観客席に入ると、すぐに決闘場が見えた。
 試合は終盤に差し掛かっているようで、まだ立っている人物と比べると、倒れていたり、場外に落ちていたりと、パッと見て敗退の分かる選手の方が多い。

 声援や実況が耳をろうする。
 それはアリシアも同じようで、かなりの大声で話しかけてきた。

「ウルさん!! どなたが勝つと思います!?」

 言われて、まだ立っている選手を眺める。
 どれが噂の戦士かなと。
 すぐに分かった。纏う雰囲気が違う。
 俺は指をさして、大きな声で返事をした。

「あのボロボロ貫頭衣の鎖分銅使い!」

 他の選手が息も絶え絶えの中、そいつだけは悠然とその場に立っていた。コイツが無敗の戦士だと直感し、観察する。

 短いぼさぼさの髪。ボロボロの衣服。
 本来は真白かっただろう肌は黄砂に塗れ、手足についた枷から、先端に分銅のついた、ジャラジャラとした鎖を伸ばしている。

(……戦い慣れてるな)

 一瞥して、そう評した。

 まず実力面。これは優秀だ。
 一対一なら残ったどの選手にも負けないだろう。
 そしてそれは他の選手も分かっているようだった。
 現に、まずこの鎖使いを倒そうと、選手同士でアイコンタクトを取ろうとしているのが遠目にも手に取るようにわかる。

 次に、戦略性。こちらも優秀。
 先ほどから他の選手がそれを試みているのに実行に移せていない理由。それは、視線を逸らした人物から倒されているからだ。
 単騎で勝つことはできない。
 さりとて共同戦線を張ることも許されない。
 他の選手たちは苦しそうだ。

「なるほど、そりゃそう簡単に負けないわけだ」

 そう呟いた。

「え!? なんですか!?」

 アリシアがそう俺に聞き返した。
 俺はやっぱり引き返そうといって、会場からアリシアを連れ出した。会場から出たタイミングで、勝者のコールが聞こえてきた。

『勝者! 鎖分銅使いメア! 未だ負け知らず!!』

「あら、ウルさんの言った通りだったみたいですね」
「まあ、あれだけ実力差があれば、ね」

 どうやらあの鎖使いの名前はメアというらしい。
 取り敢えず覚えておこうか。
 明日には忘れてるかもしれないけれど。

「それよりアリシア。さっそくお花屋さんに向かおう。両手いっぱいの花束を君に送るよ」
「ウルさん! ついに!」

 君との約束だから。
 俺たちは並んで花屋を探しに歩き出した。

 背後からは、モノクロの喧騒が聞こえていた。
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