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夢幻の郷村-ノエマ-

7話 反撃の狼煙

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 通された屋敷は奇妙なものだった。

 おそらく、ここが廃村をやめて、人が再び居つくようになってから建てられたのだろう。周りにある石積みのツタが生い茂る家々とは違い、レンガで出来た現代的な建築だ。

「この屋敷は周りの建物と造りが変わってますね」
「ここまでの村は、出来る限り発見された当時の状態のまま保管してあるのです。ここより奥は新しく建てた家屋ですので、これまでとは毛色が異なるのです」

 今、この屋敷には俺とヒルカの二人だけだ。

(単騎で押し掛けた効果があったか?)

 敵は常に、いつヒルカを奪還しに来るか分からない勇者パーティも警戒せざるを得ないはずだ。
 どこの馬の骨ともわからない個人に、大量の人員を割くことなんてできなかったのだろう。

(もし勇者たちがヒルカのもとに来たら、俺を囮にするつもりなのかもな)

「それでは、この部屋でお待ちください」
「ああ、すみません。一つよろしいですか?」
「なんでございましょう」
「ヒルカさんはこの町に住んで長いのですか?」

 少し、踏み込んだ質問をしてみた。
 一瞬、ヒルカの受け答えにタイムラグが生じる。
 なんと返すか悩んだのだろう。

「はい。もう長い事この村に住んでおります」
「へぇ、そうなんですか」

 逡巡の後に返ってきたのはそんな答え。
 勇者パーティに所属しているはずの人間が、長い年月ここに住んでいる、とな?
 へぇ、面白い返しじゃねえか。

「良ければ、この村の事をお話していただけますか」

 ヒルカが怯む事は無かったが、やはり受け答えに困窮しているように思える。

(もしかすると、記憶の捏造か? だとしたら、記憶の矛盾点を見つけることができれば、魔族の支配から解放できる……?)

 俺はひとまず、その考えを実行することにした。
 焦ったアクス達が、無謀な突貫を仕掛けないことを願いながら。



 一方それからのアクス達。
 彼らは一向に戻ってこないウルに対し、マジコの制御で移動する«紫電の砂霧パラライズ・ミスト»の中でじりじりとした焦燥感と戦っていた。

「ちっ、ウルの奴、いつまで待たせる気だ」
「まぁまぁ、落ち着きなってぇアクスー」
「お前はなんでそんなに冷静なんだよマジコ!」
「うちは今でもウルのこと信じてるしぃ」
「俺だって信じてるよ! でもな、あいつの命を守る約束もしてんだよ!」

 ウルから引き継いだ«紫電の砂霧パラライズ・ミスト»を操りつつ、のほほんと返すマジコ。
 ウルが潜入してそれなりの時間が経つが一向に衰えない結界は、彼女の優秀さを物語っていた。

「ウルなら絶対ヒルカ救出のチャンスを作ってくれるよぉ。それまで私たちに出来るベストは、こうして移動して敵に居場所を知られないことじゃない?」

 もし«紫電の砂霧パラライズ・ミスト»が一箇所だけであったなら、とうに彼女らの居場所は敵に漏れていただろう。しかし、マジコが移動先で点々と«紫電の砂霧パラライズ・ミスト»の新規設置及びランダム移動をさせているため、居場所はバレていないと考えて問題はない。

(もっとも、近くまで来てることはバレてるだろうけどねぇ。寧ろそっちの方が都合がいいよぉ)

 敵襲を警戒し人員を割けば、ウルに割り振れる人数が減る。マジコはそこまで考えた上で、敢えて襲来を知らせてウルの手助けになる様に立ちまわっていた。
 だからこそ、何もできずに歯がゆい思いをしているアクスと比べ、幾分か余裕を持っていられる。

「おいアリシア! お前はどうなんだ」
「私は……それは、今すぐにでもウルさんのもとに馳せ参じたいですわ」
「だろう!? そっちのちっこいのは?」
「ちっこい言うな」
「お、おう、すまねえ」
「私は待ってる。ウルは帰ってくる」

 今でこそお人形さんのような見た目のメアだが、元は闘技場で戦い続けた歴戦の猛者だ。彼女が一瞬放った剣闘士の覇気にアクスはつい謝ってしまう。それからウルはなんて子供を連れてやがるんだと戦慄した。

「ちっ、だったらシルフは?」
「わ、私は……。ウルさんは私たちが勝手な行動するとは思っていないはずです。そんなウルさんの信頼を裏切りたくありません」
「……テンマ、お前はどうしたい」
「俺は、いや。彼を囮にすると決定したのは僕だ。自身の発言には責任を持たなければいけない」
「てめえは本当にそれでいいのか!」

 アクスがテンマに掴みかかる。
 彼が怒りっぽいのはいつもの事だが、今回の怒り方は一風変わっていた。彼の激情の根源にある物。それは激怒ではなく、焦りだった。

「ウルは俺達を思って行動してくれたんだぞ! 勇者でも何でもない、ただのウルがだ! お前は、テンマは! 勇者としてあいつを助けに入るべきなんじゃないのか!」
「それは……」
「答えろテンマ! 勇者の肩書はただの飾りか!」
「……違う。……決めた。俺は駆けつけるべきに主張を変える。たとえ愚かな指揮官だと罵られても、俺は彼を助けに行く!」

 待つべきだと主張するのがマジコ、メア、シルフ。
 助けるべきだと主張しているのがアクス、アリシア、そしてテンマ。
 主張は同数。

「3対3、決まりだな」

 アクスが言った。

「ウルの『俺が囮になる』という提案は賛成が半数を超過していない。棄却だ」
「アクスさん。ウルさんの意志を尊重してください。得票数は4対3です」
「お? 『ただしウルさんに投票権は無いものとします』じゃなかったのか」
「この数時間でウルさんは成人して参政権を得たものとします」
「却下だ。これ以上は待ってられねえ」

 アクスはテンマの前に立つ。

「テンマ。指示を出せ」
「ああ。マジコ」
「はぁ、これだから民主制はキライなんだよぉ」

 マジコが«紫電の砂霧パラライズ・ミスト»を解除した。

「ふふっ、反王国主義。いいですね」
「アリシアさん、少し過激になりました?」
「弓使い。要訂正。アリシアの過激、少しじゃない」
「メアちゃん、後でお話ししましょうね」
「きゅるるぅ……」

 一人一人が、臨戦態勢を整える。
 全員の準備が整ったのを見て、テンマは言った。

「さあ、反撃の狼煙を上げるぞ!」
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