33 / 39
夢幻の郷村-ノエマ-
6話 推して参る
しおりを挟む
「さて、テンマ君。ここに勇者の影武者を長年経験してきた格好の囮がいます。さて、どうするのが正解かな?」
意地悪い質問を投げかけた。
「せっかくだ。«紫電の砂霧»」
俺が呪文を唱えると、ここいらの周囲一帯に高電圧のフィールドが出来上がる。簡易的な虫よけバリアーみたいなものだ。
「で、出来るわけないだろ! そんな非人道的な話」
「さらにここで大ヒント。影武者はあくまで影だ。基本的に、人権なんて与えられねえ」
「だ、だが……」
「てめえウル! いい加減にしろよ!」
アクスが俺に掴みかかった。
その手を掴み、力で外す。
「まあ待て。幸い俺の顔はあいつらに割れていない。俺一人で乗り込めば、お前たちが初見で喰らった手札をもう一度切ってくる可能性がある。加えて、大人数で侵入すれば警戒される。何が仕掛けてあるか分からない罠に飛び込むより、種の割れている仕掛けに飛び込んだ方がよっぽど安全だ」
「だけど! それはお前自身の危険性を考慮しない場合だろ!?」
「お前は何を見てきた。この程度の羽虫、一万匹で襲い掛かってきたところで俺にとっては危険でも何でもねえよ」
「だからって、はいそうですかとお前を死地に送り込めると思うか?」
「此処を墓場にした覚えはねえ」
まだ、アリシアに告白していない。
七夕華もまだ見つかっていない。
こんなところで死ねない。
死ぬわけにはいかない。
俺が閉口を保つと、アクスがキレた。
「だったら! 俺が行く」
「馬鹿か。顔が割れてるお前が行ったって違う罠に掛かるのがオチだ」
「だったらどうするって言うんだよ」
「だから、俺が行くといっている」
俺は歩み寄り、アクスの胸に拳をあてた。
それから、続ける。
「お前らの命を背負うには、俺はちと弱くなり過ぎた。だけど、まあ。俺の命をお前らに預けるってんなら、それも悪かねえと思ってる」
「ウル、てめぇ」
「勘違いするなよ。何度でも言うが、俺はここで死ぬ気は毛頭ない。ま、そりゃそうだよな。ここにはお前たちがいる」
アクスの上体が、わずかに反った。
押し当てていた拳が、宙を滑り落ちる。
それから、テンマに向き直り再度問う。
「で、どうする? テンマ。見え透いた罠に飛び込んで全滅のリスクを背負うのと、俺一人の命を背負ってヒルカを救出する機会を窺うのと。どっちがいい?」
「……分かった。その作戦で行く」
「テンマ!」
「ただし!」
テンマは言葉を続ける。
「俺たちは君一人を犠牲にしてのうのうと生きられるような人間じゃない。是が非でも君には無事でいてもらう」
「ふっ、いいね。実に単純明快で俺好みだ」
だが、反対意見を唱える者もいた。
「ウルさん、私は反対ですよ」
「同じく、です」
アリシアとメアだ。
「ウルさん一人を危険に晒すくらいなら、村に火を放ちましょう」
「わお、過激」
「ウルさん! ふざけている場合では――」
「別に、ふざけちゃいないさ」
アリシアを、抱きしめる。
それから耳元で、囁いた。
「七夕華を君に贈るって約束だから」
「……あ」
「俺が約束を破ったことがあったか?」
「……いえ」
「だったら、今回も信じてくれ」
アリシアはしぶしぶ頷いた。
それから、今度はメアの所に行く。
「メア、ずいぶん髪が伸びたな」
「ん」
「これが終わったら、今度は美容院に連れてってあげるからな。だから、今回は待っていてくれるかい?」
「……ん」
メアは多分、話を理解できていない。
だけど、散々人の悪意に触れてきたんだ。
俺の言葉が嘘かどうか、直感で分かるのだろう。
俺が戻ってくる、その事だけ理解したといった様子で、安心したように頷いた。
「待ってください! 私たちも反対派ですよ! ねえマジコさん!?」
「え? うちは別に?」
「えぇ!?」
「いやぁ、ウルってば一度こうと決めたら話聞かないしぃ。それに、戻ってくるって言ってるんだから大丈夫だよぉ」
「ええ……それはそうですけど……」
どうやら、結論は出たみたいだな。
「よし、決まりだな。囮のプロ、ウルティオラ――」
一歩、足を進めて呟いた。
「――推して参る」
*
«紫電の砂霧»の制御をマジコに預け、俺は村に入った。
村の中央に集まっていた民衆たちは、俺に気付いた途端洗脳から解き放たれたかのように人間らしさを取り戻した。
俺はそのことに気付いていないといった様子で声をかける。
「すみません、ここに幻の村、ノエマがあると聞いたのですが、もしかしてここがその村ですか?」
俺がそう問いかけると、村民の一人が代表して返事をよこした。
「おお! 旅のお方ですかな? いかにも。ここが夢幻の郷村ですな。急ぎでなければおもてなしをさせていただきたいのですが、どうでしょう?」
「そんな、おもてなしだなんて結構ですよ。その代わりと言っては何ですが、宿泊できる場所があれば案内していただけると嬉しいです」
「ええ、ええ! でしたら、やはり我が家に! なにせ辺境の地ですからな! どうか旅の話でもお聞かせくだされ!」
「それくらいで良ければ喜んで。いやぁ、ここに来るまで野宿ばかりだったのでゆっくり休みたかったんですよ」
そんな、あったりなかったりな話をしていた時。
不意に、視界が歪んだ気がした。
「っ……?」
「おや、どうなされましたかな?」
「……いえ、何でもありません」
「ふむ、旅の疲れが出たのでしょう。村の者に案内させましょう。ヒルカくん」
「はい。どうぞこちらへ、旅のお方」
「……かたじけない」
一度目を擦れば、歪んだ視界は元に戻った。
周囲を見渡すが、際立った異常は見受けられない。
(気のせいか……? いや)
まだ俺が隠密として育てられていた頃、同じような症状に掛かったことがある。
毒物を摂取したときの目眩だ。
あれによく似ていた。
(並大抵の毒物には耐性があるはずなんだけどな)
弱毒からはじめて徐々に強力な毒を摂取させ、体内の抗体を強化するなんてことは隠密の義務教育みたいなものだった。
それ故、毒物への警戒が緩んでいたとも言える。
いや、耐性があったからこそ目眩で済んだのか?
答えは分からない。
分かっちゃいたが、ここは既に敵の胃袋ってか。
意地悪い質問を投げかけた。
「せっかくだ。«紫電の砂霧»」
俺が呪文を唱えると、ここいらの周囲一帯に高電圧のフィールドが出来上がる。簡易的な虫よけバリアーみたいなものだ。
「で、出来るわけないだろ! そんな非人道的な話」
「さらにここで大ヒント。影武者はあくまで影だ。基本的に、人権なんて与えられねえ」
「だ、だが……」
「てめえウル! いい加減にしろよ!」
アクスが俺に掴みかかった。
その手を掴み、力で外す。
「まあ待て。幸い俺の顔はあいつらに割れていない。俺一人で乗り込めば、お前たちが初見で喰らった手札をもう一度切ってくる可能性がある。加えて、大人数で侵入すれば警戒される。何が仕掛けてあるか分からない罠に飛び込むより、種の割れている仕掛けに飛び込んだ方がよっぽど安全だ」
「だけど! それはお前自身の危険性を考慮しない場合だろ!?」
「お前は何を見てきた。この程度の羽虫、一万匹で襲い掛かってきたところで俺にとっては危険でも何でもねえよ」
「だからって、はいそうですかとお前を死地に送り込めると思うか?」
「此処を墓場にした覚えはねえ」
まだ、アリシアに告白していない。
七夕華もまだ見つかっていない。
こんなところで死ねない。
死ぬわけにはいかない。
俺が閉口を保つと、アクスがキレた。
「だったら! 俺が行く」
「馬鹿か。顔が割れてるお前が行ったって違う罠に掛かるのがオチだ」
「だったらどうするって言うんだよ」
「だから、俺が行くといっている」
俺は歩み寄り、アクスの胸に拳をあてた。
それから、続ける。
「お前らの命を背負うには、俺はちと弱くなり過ぎた。だけど、まあ。俺の命をお前らに預けるってんなら、それも悪かねえと思ってる」
「ウル、てめぇ」
「勘違いするなよ。何度でも言うが、俺はここで死ぬ気は毛頭ない。ま、そりゃそうだよな。ここにはお前たちがいる」
アクスの上体が、わずかに反った。
押し当てていた拳が、宙を滑り落ちる。
それから、テンマに向き直り再度問う。
「で、どうする? テンマ。見え透いた罠に飛び込んで全滅のリスクを背負うのと、俺一人の命を背負ってヒルカを救出する機会を窺うのと。どっちがいい?」
「……分かった。その作戦で行く」
「テンマ!」
「ただし!」
テンマは言葉を続ける。
「俺たちは君一人を犠牲にしてのうのうと生きられるような人間じゃない。是が非でも君には無事でいてもらう」
「ふっ、いいね。実に単純明快で俺好みだ」
だが、反対意見を唱える者もいた。
「ウルさん、私は反対ですよ」
「同じく、です」
アリシアとメアだ。
「ウルさん一人を危険に晒すくらいなら、村に火を放ちましょう」
「わお、過激」
「ウルさん! ふざけている場合では――」
「別に、ふざけちゃいないさ」
アリシアを、抱きしめる。
それから耳元で、囁いた。
「七夕華を君に贈るって約束だから」
「……あ」
「俺が約束を破ったことがあったか?」
「……いえ」
「だったら、今回も信じてくれ」
アリシアはしぶしぶ頷いた。
それから、今度はメアの所に行く。
「メア、ずいぶん髪が伸びたな」
「ん」
「これが終わったら、今度は美容院に連れてってあげるからな。だから、今回は待っていてくれるかい?」
「……ん」
メアは多分、話を理解できていない。
だけど、散々人の悪意に触れてきたんだ。
俺の言葉が嘘かどうか、直感で分かるのだろう。
俺が戻ってくる、その事だけ理解したといった様子で、安心したように頷いた。
「待ってください! 私たちも反対派ですよ! ねえマジコさん!?」
「え? うちは別に?」
「えぇ!?」
「いやぁ、ウルってば一度こうと決めたら話聞かないしぃ。それに、戻ってくるって言ってるんだから大丈夫だよぉ」
「ええ……それはそうですけど……」
どうやら、結論は出たみたいだな。
「よし、決まりだな。囮のプロ、ウルティオラ――」
一歩、足を進めて呟いた。
「――推して参る」
*
«紫電の砂霧»の制御をマジコに預け、俺は村に入った。
村の中央に集まっていた民衆たちは、俺に気付いた途端洗脳から解き放たれたかのように人間らしさを取り戻した。
俺はそのことに気付いていないといった様子で声をかける。
「すみません、ここに幻の村、ノエマがあると聞いたのですが、もしかしてここがその村ですか?」
俺がそう問いかけると、村民の一人が代表して返事をよこした。
「おお! 旅のお方ですかな? いかにも。ここが夢幻の郷村ですな。急ぎでなければおもてなしをさせていただきたいのですが、どうでしょう?」
「そんな、おもてなしだなんて結構ですよ。その代わりと言っては何ですが、宿泊できる場所があれば案内していただけると嬉しいです」
「ええ、ええ! でしたら、やはり我が家に! なにせ辺境の地ですからな! どうか旅の話でもお聞かせくだされ!」
「それくらいで良ければ喜んで。いやぁ、ここに来るまで野宿ばかりだったのでゆっくり休みたかったんですよ」
そんな、あったりなかったりな話をしていた時。
不意に、視界が歪んだ気がした。
「っ……?」
「おや、どうなされましたかな?」
「……いえ、何でもありません」
「ふむ、旅の疲れが出たのでしょう。村の者に案内させましょう。ヒルカくん」
「はい。どうぞこちらへ、旅のお方」
「……かたじけない」
一度目を擦れば、歪んだ視界は元に戻った。
周囲を見渡すが、際立った異常は見受けられない。
(気のせいか……? いや)
まだ俺が隠密として育てられていた頃、同じような症状に掛かったことがある。
毒物を摂取したときの目眩だ。
あれによく似ていた。
(並大抵の毒物には耐性があるはずなんだけどな)
弱毒からはじめて徐々に強力な毒を摂取させ、体内の抗体を強化するなんてことは隠密の義務教育みたいなものだった。
それ故、毒物への警戒が緩んでいたとも言える。
いや、耐性があったからこそ目眩で済んだのか?
答えは分からない。
分かっちゃいたが、ここは既に敵の胃袋ってか。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,063
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる