43 / 78
第43話 共依存
しおりを挟む
話は平行線をたどった。
結局のところ、椛ちゃんの意思を確認しなければ、結論なんてたどり着けない。
少女が目覚めたのは、朝日が昇り、熊野古道に木漏れ日が差し込むころだった。
「ママ?」
「おはよう、椛ちゃん」
「ママ……! ママ……! よかった!」
カモシカの頭を乗せた女性の呪いに、少女はぐりぐりと頭を押し付ける。
呪いは、そんな少女の頭を優しくなでた。
少女は何度も何度も「よかった、よかった」と繰り返し、呪いは少女を優しく抱きしめていた。
「椛ちゃん。あのね、大事なお話があるの。聞いてくれる?」
「……うん」
少女はさんざん喚いた。
少しして、落ち着いてから、呪いが優しい口調で問いかける。
「あのね、椛ちゃん。椛ちゃんに、お友達ができるかもしれないの」
「おともだち?」
「そうよ。一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に大切な時間を過ごす人よ」
「ママも、おともだち!」
無邪気に返す少女に、呪いの手が止まる。
凝り固まった頭蓋骨に表情なんて見えないはずなのに、眉どころか毛の一本すらないはずなのに、呪いが困った顔をしているような気がした。
「そうね。わたしと椛ちゃんはお友達ね。でも、わたしは椛ちゃんに、もっといろんな人と友達になってほしいの」
「どうして? 私はママさえいてくれれば――」
「椛ちゃんが人間で、わたしが呪いだからよ」
少女が、頭を呪いから離す。
ふるふると、無言でひたすら首を振る。
「大丈夫。椛ちゃんを一人になんてしない。あのね? このちいさな柩の中から、わたしはずっと椛ちゃんを見守るから」
「やだ! やだよ! そんなの!」
……空気が、青い。
別れ話の匂いがする。
子供は存外にも、感性豊かだ。
ただ、うまくアウトプットする方法を知らないだけ。
「違うもん!! 私がママのそばにいたいんだもん!! ママがそばにいてくれるだけじゃダメなんだもん!!」
だから、思い通りにならないことは、駄々をこねるしかできないんだ。
「どうしてどうしてどうしてっ!! どうして! みんな私を置いてどこかに行っちゃおうとするの!! 独りぼっちは嫌だよ!! さみしいのは嫌だよ!! こんな、こんな世界っ」
オレはそのことに、もっと早く気付くべきだったんだ。
「――なくなっちゃえばいい!!」
「っ!?」
少女が慟哭をあげると、空気がひどくきしんだ。
大気が質量を思い出したかのように、重く、重くオレたちにのしかかる。
心臓が押しつぶされるようだ。
呼気が乱れる。
このどす黒い瘴気の正体を、オレは知っている。
「あっ、あがっ!? 椛ちゃ、ぐぅっ!!
ああぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
漆黒の靄の名は『呪い』。
生物の悪感情から生まれ、人の記憶から実体を得て、人に害なす概念。
噴き出した純黒の憎悪に、『顔の無い母親の呪い』が呼応する。
「ああぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
弾指の間に、呪いは薙刀を構えていた。
天高く振り上げられた鈍色の刃が、空間を引き裂いて迫りくる。
「っ、碧羽さんっ!!」
【時空魔法】で空間をゆがめて、真空波の進行方向を書き換える。
オレと碧羽さんをよけるように地面に亀裂が走る。
「想矢くん! すまない、助かった」
「いえ! それより今は!!」
前方を見る。
そこに、黒い女がいた。
頭部にカモシカの頭蓋骨を据えて、白無垢だった装束を闇色に塗り替え、紫黒の瞳を揺らす、吐き気を催す邪悪がたっていた。
「……僕たちは、おおきな間違いに気づかなかったみたいだ」
そうだ。
オレたちは、少女が『呪い』に依存していると考えていた。
それ自体は間違いじゃない。
だが、的確な表現でもない。
オレと碧羽さんは、同じ結論にたどり着いていた。
「少女が一方的に『呪い』に依存していたんじゃない。『呪い』もまた、少女に依存していたんだ」
「彼女の心が負の方向に振れたことで、『呪い』もまた、本来あるべき性質を取り戻しつつある!!」
『呪い』が本来持つべき性質。
それは、人を滅ぼさんとする抗いようのない欲求。
「想矢くん。正しいのは、君の方だった」
碧羽さんが、重い口を開く。
「僕は、『呪い』を封伐する」
同じ結論に至ったオレと碧羽さん。
オレたちが出した答えは、別々だった。
結局のところ、椛ちゃんの意思を確認しなければ、結論なんてたどり着けない。
少女が目覚めたのは、朝日が昇り、熊野古道に木漏れ日が差し込むころだった。
「ママ?」
「おはよう、椛ちゃん」
「ママ……! ママ……! よかった!」
カモシカの頭を乗せた女性の呪いに、少女はぐりぐりと頭を押し付ける。
呪いは、そんな少女の頭を優しくなでた。
少女は何度も何度も「よかった、よかった」と繰り返し、呪いは少女を優しく抱きしめていた。
「椛ちゃん。あのね、大事なお話があるの。聞いてくれる?」
「……うん」
少女はさんざん喚いた。
少しして、落ち着いてから、呪いが優しい口調で問いかける。
「あのね、椛ちゃん。椛ちゃんに、お友達ができるかもしれないの」
「おともだち?」
「そうよ。一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に大切な時間を過ごす人よ」
「ママも、おともだち!」
無邪気に返す少女に、呪いの手が止まる。
凝り固まった頭蓋骨に表情なんて見えないはずなのに、眉どころか毛の一本すらないはずなのに、呪いが困った顔をしているような気がした。
「そうね。わたしと椛ちゃんはお友達ね。でも、わたしは椛ちゃんに、もっといろんな人と友達になってほしいの」
「どうして? 私はママさえいてくれれば――」
「椛ちゃんが人間で、わたしが呪いだからよ」
少女が、頭を呪いから離す。
ふるふると、無言でひたすら首を振る。
「大丈夫。椛ちゃんを一人になんてしない。あのね? このちいさな柩の中から、わたしはずっと椛ちゃんを見守るから」
「やだ! やだよ! そんなの!」
……空気が、青い。
別れ話の匂いがする。
子供は存外にも、感性豊かだ。
ただ、うまくアウトプットする方法を知らないだけ。
「違うもん!! 私がママのそばにいたいんだもん!! ママがそばにいてくれるだけじゃダメなんだもん!!」
だから、思い通りにならないことは、駄々をこねるしかできないんだ。
「どうしてどうしてどうしてっ!! どうして! みんな私を置いてどこかに行っちゃおうとするの!! 独りぼっちは嫌だよ!! さみしいのは嫌だよ!! こんな、こんな世界っ」
オレはそのことに、もっと早く気付くべきだったんだ。
「――なくなっちゃえばいい!!」
「っ!?」
少女が慟哭をあげると、空気がひどくきしんだ。
大気が質量を思い出したかのように、重く、重くオレたちにのしかかる。
心臓が押しつぶされるようだ。
呼気が乱れる。
このどす黒い瘴気の正体を、オレは知っている。
「あっ、あがっ!? 椛ちゃ、ぐぅっ!!
ああぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
漆黒の靄の名は『呪い』。
生物の悪感情から生まれ、人の記憶から実体を得て、人に害なす概念。
噴き出した純黒の憎悪に、『顔の無い母親の呪い』が呼応する。
「ああぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
弾指の間に、呪いは薙刀を構えていた。
天高く振り上げられた鈍色の刃が、空間を引き裂いて迫りくる。
「っ、碧羽さんっ!!」
【時空魔法】で空間をゆがめて、真空波の進行方向を書き換える。
オレと碧羽さんをよけるように地面に亀裂が走る。
「想矢くん! すまない、助かった」
「いえ! それより今は!!」
前方を見る。
そこに、黒い女がいた。
頭部にカモシカの頭蓋骨を据えて、白無垢だった装束を闇色に塗り替え、紫黒の瞳を揺らす、吐き気を催す邪悪がたっていた。
「……僕たちは、おおきな間違いに気づかなかったみたいだ」
そうだ。
オレたちは、少女が『呪い』に依存していると考えていた。
それ自体は間違いじゃない。
だが、的確な表現でもない。
オレと碧羽さんは、同じ結論にたどり着いていた。
「少女が一方的に『呪い』に依存していたんじゃない。『呪い』もまた、少女に依存していたんだ」
「彼女の心が負の方向に振れたことで、『呪い』もまた、本来あるべき性質を取り戻しつつある!!」
『呪い』が本来持つべき性質。
それは、人を滅ぼさんとする抗いようのない欲求。
「想矢くん。正しいのは、君の方だった」
碧羽さんが、重い口を開く。
「僕は、『呪い』を封伐する」
同じ結論に至ったオレと碧羽さん。
オレたちが出した答えは、別々だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
54
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる