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第43話 共依存

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 話は平行線をたどった。
 結局のところ、なぎちゃんの意思を確認しなければ、結論なんてたどり着けない。

 少女が目覚めたのは、朝日が昇り、熊野古道に木漏れ日が差し込むころだった。

「ママ?」
「おはよう、なぎちゃん」
「ママ……! ママ……! よかった!」

 カモシカの頭を乗せた女性の呪いに、少女はぐりぐりと頭を押し付ける。
 呪いは、そんな少女の頭を優しくなでた。
 少女は何度も何度も「よかった、よかった」と繰り返し、呪いは少女を優しく抱きしめていた。

なぎちゃん。あのね、大事なお話があるの。聞いてくれる?」
「……うん」

 少女はさんざん喚いた。
 少しして、落ち着いてから、呪いが優しい口調で問いかける。

「あのね、なぎちゃん。椛ちゃんに、お友達ができるかもしれないの」
「おともだち?」
「そうよ。一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に大切な時間を過ごす人よ」
「ママも、おともだち!」

 無邪気に返す少女に、呪いの手が止まる。
 凝り固まった頭蓋骨に表情なんて見えないはずなのに、眉どころか毛の一本すらないはずなのに、呪いが困った顔をしているような気がした。

「そうね。わたしとなぎちゃんはお友達ね。でも、わたしは椛ちゃんに、もっといろんなと友達になってほしいの」
「どうして? 私はママさえいてくれれば――」
なぎちゃんが人間で、わたしが呪いだからよ」

 少女が、頭を呪いから離す。
 ふるふると、無言でひたすら首を振る。

「大丈夫。なぎちゃんを一人になんてしない。あのね? このちいさなはこの中から、わたしはずっと椛ちゃんを見守るから」
「やだ! やだよ! そんなの!」

 ……空気が、青い。
 別れ話の匂いがする。

 子供は存外にも、感性豊かだ。
 ただ、うまくアウトプットする方法を知らないだけ。

「違うもん!! 私がママのそばにいたいんだもん!! ママがそばにいてくれるだけじゃダメなんだもん!!」

 だから、思い通りにならないことは、駄々をこねるしかできないんだ。

「どうしてどうしてどうしてっ!! どうして! みんな私を置いてどこかに行っちゃおうとするの!! 独りぼっちは嫌だよ!! さみしいのは嫌だよ!! こんな、こんな世界っ」

 オレはそのことに、もっと早く気付くべきだったんだ。

「――なくなっちゃえばいい!!」
「っ!?」

 少女が慟哭をあげると、空気がひどくきしんだ。
 大気が質量を思い出したかのように、重く、重くオレたちにのしかかる。

 心臓が押しつぶされるようだ。
 呼気が乱れる。
 このどす黒い瘴気の正体を、オレは知っている。

「あっ、あがっ!? なぎちゃ、ぐぅっ!!
 ああぁぁぁあぁぁぁぁ!!」

 漆黒の靄の名は『呪い』。
 生物の悪感情から生まれ、人の記憶から実体を得て、人に害なす概念。

 噴き出した純黒の憎悪に、『顔の無い母親の呪い』が呼応する。

「ああぁぁぁあぁぁぁぁ!!」

 弾指の間に、呪いは薙刀を構えていた。
 天高く振り上げられた鈍色の刃が、空間を引き裂いて迫りくる。

「っ、碧羽さんっ!!」

 【時空魔法】で空間をゆがめて、真空波の進行方向を書き換える。
 オレと碧羽さんをよけるように地面に亀裂が走る。

「想矢くん! すまない、助かった」
「いえ! それより今は!!」

 前方を見る。
 そこに、黒い女がいた。

 頭部にカモシカの頭蓋骨を据えて、白無垢だった装束を闇色に塗り替え、紫黒の瞳を揺らす、吐き気を催す邪悪がたっていた。

「……僕たちは、おおきな間違いに気づかなかったみたいだ」

 そうだ。
 オレたちは、少女が『呪い』に依存していると考えていた。
 それ自体は間違いじゃない。
 だが、的確な表現でもない。

 オレと碧羽さんは、同じ結論にたどり着いていた。

「少女が一方的に『呪い』に依存していたんじゃない。『呪い』もまた、少女に依存していたんだ」
「彼女の心が負の方向に振れたことで、『呪い』もまた、本来あるべき性質を取り戻しつつある!!」

 『呪い』が本来持つべき性質。
 それは、人を滅ぼさんとする抗いようのない欲求。

「想矢くん。正しいのは、君の方だった」

 碧羽さんが、重い口を開く。

「僕は、『呪い』を封伐する」

 同じ結論に至ったオレと碧羽さん。
 オレたちが出した答えは、別々だった。
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