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第44話 壊すものと守るもの

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「『呪い』を封伐するって、そんなことしたら彼女は!」

 黒色の柩を取り出した碧羽さんの手を掴む。
 一瞬の静寂。
 次いで訪れる耳鳴り。
 『呪い』が掲げた薙刀を中心に、暴風が吹きあれる。

 飛ぶ斬撃で薙刀の切っ先を穿つ。
 軸をずらされた独楽こまが勢いを失うように、小さな台風が霧散する。

 碧羽さんは小さく首を振る。

「もはや危険因子は『呪い』のみに収まらない。生みの親である彼女の気まぐれで活殺が決定づけられるなら、彼女たち二人を切り離すしかないだろう」
「でも」

 オレは、知っている。
 ゲームの中で、見てきたからだ。

 ――花冠を、照れくさそうに渡す彼女を知っている。
 ――呪いの子として生きるか人の子として生きるかで懊悩し続ける彼女を知っている。
 ――呪いとの決別が、彼女にとってどれだけ重い覚悟が必要なことだったかを、オレは知っているんだ。

 だけど、それをうまく言葉にできない。
 言葉にしたところで、オレのこのわがままじみた感情は複雑で、きっとうまく伝わらない。

「だったら」

 一歩前に踏み出した。
 落ち葉の積もった山が、踏みにじられた山が、ノイズのような音を立てる。

「オレが、思い出させる!! あの呪いに、あの呪いが、本当に望んだことが何だったかを!!」



 森の匂いが濃くなっていく。
 白銀の刃と漆黒の刃がぶつかり合い、衝撃波が場を包む。
 吹き荒れる暴風を時空魔法で明後日の方角へ受け流せば、その方向の土がえぐられて宙を踊る。

 刹那の鍔迫り合い。
 息を合わせたように同じタイミングで互いにバックステップを踏み、間合いを取り直す。
 剣戟の合間を縫って、語りかける。

「なあ、なあ! お前が望んだのは、こんな結末じゃなかったはずだろう!?」

 呪いは耳を傾けない。
 じりじりとすり足で間合いを詰めてくる。

「お前の力は壊すためのものじゃないだろ? 守るためのものだろ!?」

 呪いのすり足に合わせて、オレはじりじりと後ずさる。間合いの一歩外を保ち続ける。

 呪いが力強く地面を蹴り、一息の間に迫りくる。
 切っ先で切っ先をなでるように切り落とし、交差するように呪いの後方に向かって駆け抜ける。

「思い出せ!!」

 呪いが薙刀を振りかざす。

 空間がきしむ。
 目に見えるほどに濃密な空気な塊が、薙刀を中心に暴れ狂っている。

「想矢くん! またあの一撃が来る!!」

 分かっている。

「想矢くん!? 聞こえていないのか!? 想矢くん!!」

 聞こえている。
 だけどよける気も、先んじて封じるつもりもない。

(……真正面から、受け止める!)

 そして、一刀が、振り下ろされる。
 真に一瞬、まさに神速。
 人知を超越した存在の一撃が、オレの命を刈り取ろうと襲い来る。

「うおぉぉぉぉぉっ」

 重い。
 まず、最初にそう感じた。
 受け止めた両手に重圧がかかり、足元がぬかるんだかのように頼りなくなって、大地が縋りつくようにオレを引きずり込む。

 熱い。
 次いで感じたのはそんな痛みを伴った熱量だった。
 高密度に圧縮された空気が、剣と薙刀の撃力によってはじき出され、オレの皮膚やその下の筋組織をずたずたに引き裂いていく。

「……いってぇ」

 だけど、しのぎ切った。
 すでに全身傷だらけ。
 立っているのが奇跡的。
 そんなオレに、呪いが狼狽する。

「……ッ! ……ッ!!」
「……何故よけなかったのか、か?」

 呪いの様子から、言いたいことを予想する。
 呪いは沈黙を貫いた。
 オレの推測は正しかったらしい。

「オレがよけたら、なぎちゃんを守れないだろ」
「……」

 先の斬りあいで、オレと呪いの位置関係は逆転していた。オレと椛ちゃんの間に呪いを挟んでいた状況から、オレを挟んで呪いと椛ちゃんが対峙する状況へ。
 呪いが攻撃しようとした先には椛ちゃんがいた。

「思い出せ、お前は、何のためにここにいる!
 答えろよ!!」
「……たし、わたし、は……!」

 ほの暗い呪いの瞳に、薄明かりがともる。

 からん、ころん。
 呪いの手から、薙刀が零れ落ちる。

「わたしはただ、なぎちゃんを、守りたくて」

 呪いが、オレを押しのける。
 彼女の目に映っているのは一人の少女。
 わんわんと泣きわめく、一人の少女。

なぎちゃん」
「ああぁぁぁあぁぁぁぁ!! ああっ、ああああああああ!」
なぎちゃん。あのね、大事なお話が、あるの」
「ああっ! っくない! 聞きたくないぃっ!!」

 呪いが手を伸ばす。
 少女は腕をぶん回し、その手を拒む。
 呪いは一瞬ひるんだが、一息ののちに再び少女に向かって手を伸ばした。
 それから、母が子を愛するように、抱きしめた。

「大丈夫。わたしは、どこにも行ったりしないから」
「……ほんとう?」
「ええ、本当よ」

 呪いが少女の肩を抱き、微笑んだ、気がした。
 それから、少女の肩から手を離し、自身の頭部に飾り付けられたカモシカの頭蓋骨を持ち上げる。
 『顔の無い母親の呪い』は、手元でぐるりと頭部を半回転させると、戴冠式を執り行うかのように、少女の頭にかぶせた。

「ほら、これで、ずっと一緒」
「……ママ」
「大丈夫。ママはずっと、なぎちゃんのそばにいるわ。だから、ね?」

 呪いが、オレを見た。
 うなずいて、少女に超常の柩パンドラを差し出す。

「ママのお願い、聞いてくれないかな?」
「……そんな聞き方、ずるいよ」
「ふふっ、ごめんね」

 少女と目が合う。
 オレがうなずけば、少女は柩を受け取った。
 少女の意思によって黒色の柩は姿を変えて、目の前の呪いを捕食しようと動き出す。

「ママ、あのね」

 柩が呪いを飲み込む前に、少女が言う。

「いつも、ありがとう」

 顔の無い呪いが、顔を驚かせた、気がした。

「……ママの方こそ、ありがとうね」
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