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第48話 俄雨
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少し、まどろんでいた。
うららかな陽気に伸びを一つ。
あたりを見渡せば、見覚えのある広場であると気づく。
たしか、大仏山公園だ。
お昼寝日和だからと草地で横になっていたら、そのまま寝落ちしてしまったといったところだろう。
それだけ、日本は平和な国だ。
(……平和な国?)
何かが、頭に引っかかった。
だけど違和感の正体がつかめない。
(つい最近まで、戦いが当たり前の世界にいたような気がするのはどうしてだろう)
遠くを見れば、小学校低学年くらいの子供たちが鬼ごっこのような遊びをしていて、また別の方を見れば高校生くらいの男女がレジャーシートを広げて肩を寄り添わせている。
何の変哲もない、代り映えのしない、平穏な日常が広がっている。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
少し離れたところにいた男性が悲鳴を上げた。
オレの方を指さして、しりもちをつきながら、幽霊でも見たかのように必死に後ずさっている。
振り返る。
そこに、なにもいなかった。
いったいこの男性の目には何が映っているんだ。
何をそんなに恐れているんだ。
「きゃあああぁぁぁっ!! バケモノよ!!」
男性の恐怖が伝播するかのように、公園にいた人たちが次から次へと何かを恐れて走り出す。
ぐるりと周囲を見渡す。
わからない。
一体何がいるっていうんだよ。
「なあそこの人! 待ってくれ! 一体何に怯えてるんだ!」
あたりを見渡して、一番近くにいた人に声をかけた。
「ひぃっ!! く、来るなバケモノ!!」
「……ぇ」
返ってきたのは、明確な拒絶だった。
伸ばした手が固まり、虚空に縛り付けられる。
そして、気づいた。
「な、なんだよこれ!! オレの腕、どうなっちまったんだ!?」
オレの腕には、真っ黒の獣の毛のようなものがびっしりと生えていた。爪は肉食動物のように鋭利で長く、明らかな異形と化していた。
頭の中が真っ白になっていくさなか、視界の端に、見覚えのある人物がたっていた。
「……碧羽さん? 碧羽さん!! 助けてください! オレの腕が、オレの腕が!!」
「そこまでだよバケモノ!」
「……は?」
瞬きを一つする間に、いつの間にか碧羽さんがすぐそこに迫っていた。
左足を軸にして、右足で回し蹴りをオレに向けてはなっている。
とっさに、左腕で顔をかばう。
にぶい衝撃が腕に走った。
「……どうして」
「人語を介する呪いか。厄介だね。だけど、この町の平和は乱させない。僕が絶対に守ってみせる!」
「ま、待ってください! オレはそんなつもりじゃ――」
碧羽さんが懐から黒色の柩を取り出した。
オレはその道具を知っている気がする。
いや、知っていたはずだ。
それなのに、それに関する記憶だけがぽっかりと穴が開いたように抜け落ちている。
碧羽さんの手の中で、柩が形を変えた。
開かれた口から黒い瘴気があふれ、碧羽さんにまとわりついていく。
碧羽さんはやがて黒いバッタのような面影を身に着けると、地面をけってオレに拳を繰り出した。
それを避けて、受け流して、受け止めて。
じりじりと後ずさりながら攻撃をいなす。
「やめっ、やめてください! オレです! 想矢です!! わかんないんですか!!」
「黙れバケモノ!!」
「――っ」
なんで。
どうして。
「あ……っ、う、あぁっ、ああああぁぁぁぁ!!」
「ぐああぁぁぁぁっ!?」
「あぁっ!? ちがっ、そんなつもりじゃ!!」
碧羽さんの拳を受け止めたオレの手のひらよりも、受け流し損ねたオレの腕よりも、なにより、心が痛くって、泣き出したくて。
オレががむしゃらに振った爪が、碧羽さんの血肉を抉った。鮮血が宙を舞い、返り血の鉄臭さがオレの鼻を刺した。
「あ、ああああぁぁぁ!!」
「ま、待て! 逃げるな!! 僕と戦え!!」
……逃げた。
その場から、逃げ出した。
(なんで、どうして、なんでこんなことに)
ただひたすらに、走り続けた。
景色が後ろに流れていく。
どういうわけか違和感を覚えなかったけれど、オレの走る速さは明らかに人の限界を超えていた。
だけど、どれだけ走っても肉体の方は悲鳴を上げなかった。唯一摩耗していったのは、オレの精神だけだった。
(オレは、ただ)
ぴたりと、足が止まった。
遠く、空に暗雲が立ち込めている。
吹き付ける風が、雨の匂いを運んでいる。
(……オレが戦うのは、どうしてだったっけ)
ぽつり、ぽつりと。
にわかに、雨が降り出すのだった。
うららかな陽気に伸びを一つ。
あたりを見渡せば、見覚えのある広場であると気づく。
たしか、大仏山公園だ。
お昼寝日和だからと草地で横になっていたら、そのまま寝落ちしてしまったといったところだろう。
それだけ、日本は平和な国だ。
(……平和な国?)
何かが、頭に引っかかった。
だけど違和感の正体がつかめない。
(つい最近まで、戦いが当たり前の世界にいたような気がするのはどうしてだろう)
遠くを見れば、小学校低学年くらいの子供たちが鬼ごっこのような遊びをしていて、また別の方を見れば高校生くらいの男女がレジャーシートを広げて肩を寄り添わせている。
何の変哲もない、代り映えのしない、平穏な日常が広がっている。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
少し離れたところにいた男性が悲鳴を上げた。
オレの方を指さして、しりもちをつきながら、幽霊でも見たかのように必死に後ずさっている。
振り返る。
そこに、なにもいなかった。
いったいこの男性の目には何が映っているんだ。
何をそんなに恐れているんだ。
「きゃあああぁぁぁっ!! バケモノよ!!」
男性の恐怖が伝播するかのように、公園にいた人たちが次から次へと何かを恐れて走り出す。
ぐるりと周囲を見渡す。
わからない。
一体何がいるっていうんだよ。
「なあそこの人! 待ってくれ! 一体何に怯えてるんだ!」
あたりを見渡して、一番近くにいた人に声をかけた。
「ひぃっ!! く、来るなバケモノ!!」
「……ぇ」
返ってきたのは、明確な拒絶だった。
伸ばした手が固まり、虚空に縛り付けられる。
そして、気づいた。
「な、なんだよこれ!! オレの腕、どうなっちまったんだ!?」
オレの腕には、真っ黒の獣の毛のようなものがびっしりと生えていた。爪は肉食動物のように鋭利で長く、明らかな異形と化していた。
頭の中が真っ白になっていくさなか、視界の端に、見覚えのある人物がたっていた。
「……碧羽さん? 碧羽さん!! 助けてください! オレの腕が、オレの腕が!!」
「そこまでだよバケモノ!」
「……は?」
瞬きを一つする間に、いつの間にか碧羽さんがすぐそこに迫っていた。
左足を軸にして、右足で回し蹴りをオレに向けてはなっている。
とっさに、左腕で顔をかばう。
にぶい衝撃が腕に走った。
「……どうして」
「人語を介する呪いか。厄介だね。だけど、この町の平和は乱させない。僕が絶対に守ってみせる!」
「ま、待ってください! オレはそんなつもりじゃ――」
碧羽さんが懐から黒色の柩を取り出した。
オレはその道具を知っている気がする。
いや、知っていたはずだ。
それなのに、それに関する記憶だけがぽっかりと穴が開いたように抜け落ちている。
碧羽さんの手の中で、柩が形を変えた。
開かれた口から黒い瘴気があふれ、碧羽さんにまとわりついていく。
碧羽さんはやがて黒いバッタのような面影を身に着けると、地面をけってオレに拳を繰り出した。
それを避けて、受け流して、受け止めて。
じりじりと後ずさりながら攻撃をいなす。
「やめっ、やめてください! オレです! 想矢です!! わかんないんですか!!」
「黙れバケモノ!!」
「――っ」
なんで。
どうして。
「あ……っ、う、あぁっ、ああああぁぁぁぁ!!」
「ぐああぁぁぁぁっ!?」
「あぁっ!? ちがっ、そんなつもりじゃ!!」
碧羽さんの拳を受け止めたオレの手のひらよりも、受け流し損ねたオレの腕よりも、なにより、心が痛くって、泣き出したくて。
オレががむしゃらに振った爪が、碧羽さんの血肉を抉った。鮮血が宙を舞い、返り血の鉄臭さがオレの鼻を刺した。
「あ、ああああぁぁぁ!!」
「ま、待て! 逃げるな!! 僕と戦え!!」
……逃げた。
その場から、逃げ出した。
(なんで、どうして、なんでこんなことに)
ただひたすらに、走り続けた。
景色が後ろに流れていく。
どういうわけか違和感を覚えなかったけれど、オレの走る速さは明らかに人の限界を超えていた。
だけど、どれだけ走っても肉体の方は悲鳴を上げなかった。唯一摩耗していったのは、オレの精神だけだった。
(オレは、ただ)
ぴたりと、足が止まった。
遠く、空に暗雲が立ち込めている。
吹き付ける風が、雨の匂いを運んでいる。
(……オレが戦うのは、どうしてだったっけ)
ぽつり、ぽつりと。
にわかに、雨が降り出すのだった。
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