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98話 恥ずかしい
しおりを挟む「え?」
(グレンさんの角………?これが………)
そっとピアスに触れて、それからグレンをチラリと見る。グレンは俯いていて髪に隠れて表情は見えないが、その肌は真っ赤に染まって小刻みに震えている。否定の言葉も何も無い。
「いやぁ。兄上。…………まさかここまで、落ちぶれはるなんてなぁ。…………………父上はそんな角でもあんなに兄上に期待してたのに…………、はは。すんませんなぁ、兄上。本当なら、兄上が家を継ぐはずやのに……。ボクがその座を奪ってしもて。せやけど仕方ないやんなぁ、だって………兄上が跡継ぎ作れへん出来損ないなんは、どうしようも無いもんなぁ。…………ほら家は血筋を大事にしとるから……………しゃーないわぁ」
ニヤニヤと嫌な笑顔でグレンの弟。コウはそう言う。
「っ…………」
ブルブルと体を震わせて、小さくグレンは息を漏らした。拳をぎゅっと握りしめている。
(……………跡継ぎ……兄、弟、出来損ない………父親、期待………血筋……なる程?)
名探偵ハルミはコウの言葉でピンと来る。
(……………グレンさん、実家が金持ちって言ってたもんね。ふぅん………なる程?結構な名家とかそう言う家の跡継ぎで、揉めてる感じなのかな?)
むむっと顎に手を当て答えを導き出す。
(………………。この弟のせいで……グレンさん、性格ひん曲がったの?)
グレンとコウの暴言は、言葉のニュアンスや選び方が良く似ている。血縁で共に育ったから、と言う理由も有るだろうが、多分グレンがコウから言われ続けた言葉だからじゃ無いかと思う。絶対にとは、言わないが虐待された子供は自分も大人になったら子供を虐待する傾向に有ると言うし、言い返さずに黙って耐えるグレンの姿と楽しそうに笑うコウ、クスクスと笑うアカネと言う女性を見ても、これが日常的に行われていたものだと容易にわかる。
(うざぁ………。テンプレな関西弁もどき使いやがって、なんなの?この如何にもな小悪党。高そうな着物っぽいの着てるし………なんか腹立つな)
ハルミがキッと睨むとコウはニヤニヤとしている。
「まあ、なんや、そのピアスの意味もわかったやろ?………ぷぷ。…………兄上はお嬢さんに懸想しとるようやわ。一方的に角を渡して喜んでたんなら、兄上も可愛らしい所がありますなぁ。ぷぷ……、…………お嬢さんも運がええなぁ。そんな出来損ないでも金は持ってるし、人間族からしたら、顔も悪うないんやろ?なら、子供は作れへんけど悪い相手やない。結婚してあげてくれへん?…………哀れんであげてえや。ほら、見てみぃ。ぷるぷる震えて本当に哀れやなぁ。………あ、それとも子供作れへん理由も、もしかしてまだ知らへん?………………………教えてあげよかぁ?」
ニタァといやらしく笑って、コウはそう言う。
「………………子供作れますよ」
ハルミは思わずそう返してしまう。そのハルミの言葉にバッとグレンは顔を上げた。しかし何も言わずに、じっとハルミを見ているだけだ。
「………はあ?何言うて………。ふーん。お嬢さん知らへんの?なんや兄上に色々と騙されてはるみたいやね。………………おつむ弱そうやもんね。それによぉ見たら……魔力無し?こりゃまた珍しい…………、…………兄上。もう少しマシなん居ったやろに、なんでこんなん選ぶん?…………流石に本気で哀れになるやん」
そう言うとコウは、はあとため息を吐いて扇子を畳んでペチペチと音を立てて、自身の腕を叩いている。
「お嬢さん。ちょっとお下品な話になるけどなぁ通報はせんといてな?
アカネは耳抑えとき。………………そこの兄上はアソコが大きいんや。子作りなんて出来ひんねん。挿れたら裂ける。どうやっても子供は作れへん。出来損ないっちゅー話やねん。………………理解出来はったかな?」
ハルミを馬鹿にする様に、コウはわざとらしく首を傾げて畳んだ扇子でペチリと音を鳴らして、ハルミの頭を叩いた。それにハルミはイラッと来た。ここ最近色々とムシャクシャしていたのも相まって、めちゃくちゃ腹が立つ。
「……その事はとっくに知ってますけど?どうやっても子供が作れない?はっ、そっちこそ頭悪いんちゃいますか?(笑)…………私となら作れます。私、グレンさんの子供産みますから、………残念でしたー!!!!!!べーっ!!!!」
そう言って舌をべーっと出すとコウはポカンとしている。最早、やけくそと八つ当たりでハルミは言葉を続ける。
「角が短いから、だからなんだって言うんですか?長くても寝る時邪魔でしょ?私はこの角が好きですし!!グレンさんは貴方よりも全然イケメンだし、デカちんも最高ですから!!!!めっちゃ気持ちいいですから!!!!男として最高です!!!子供も沢山作りますから!!!!哀れなんかじゃ無いです!!!!ざまあみろ小悪党!!!!!あっかんべー!!!」
もう一度、本気のあっかんべーをお見舞いするとコウは顔が引きつっている。
「な、なんや本当に頭のおかしな醜女やん。………………兄上、流石に本気で同情しますわ………、これは無いやろ」
そう言って哀れみの視線をグレンに向けるコウを見て、ハルミはハッとする。アカネは汚い物を見るような目をハルミに向けているし、周囲の人々も好奇の眼差しを向けてくる。
そしてグレンは全身を真っ赤に染めて震えている。それから、小さく「…………恥ずかしい」とグレンが呟いたのが聞こえて、ハルミは死にたくなった。
(っ………私何やってるの……。最悪……………)
グレンは黙って耐えている。なのに勝手に家の問題に割り込んで、子供みたいに八つ当たりして、馬鹿みたいな煽り方をして、そしてグレンにまで恥をかかせた。アーノルドと結婚するからとグレンの事を断った癖に、カッとして、勢いで勝手にグレンの子供を産むとか、デカちん気持ち良いとか最高だとか勢いで物を言って、この異世界で通じるかもわからないのに、いい大人があっかんべーまでして
(う…………………ほんと恥ずかしい)
自分の行動を振り返ると羞恥心から顔がカアッと赤く染まり、涙まで滲んでくる。それに手も痛い。先程から我慢していたが、ピリピリと手のひらが痛む。胸も痛い。
(いたい………)
ぐっと唇を噛んで涙を堪えるがポロリと溢れた。
▷▷▷▷▷▷
「…………もう、良いです。行きましょう、ハルミ殿………」
そう言ってグレンはハルミの手を強く握ると、ぐいっと引っ張って歩き出す。
(いっ……たい…………っ)
握られた手のひらが痛んだが、声は出さずに耐える。だが涙は絶えず流れた。後ろからはコウの押し殺した笑い声が聞こえる、それでも振り返らずにグレンは歩いて行く。ハルミも何も言わずに早足で付いて行く。
屋敷とは反対方向だ。
(………………………もうやだ。…………帰りたい、アーノルドさん………………ベル……)
暫く歩くとグレンはピタリと足を止めて、それからハッとした顔でハルミと繋いだ手を見た。ハルミも視線を向ける。ぬるりとした感触に赤い色。血が滴っていた。
(あ…………やっぱり切れてた)
ぼんやりとそんな風に思っていると、グレンは慌てたようにキョロキョロしてから、今度は優しくハルミの手首を掴んで、建物の隙間に向かって行く。
(……………手当かな。そんなの良いから、早く帰りたい……………)
「……………ハルミ殿。治癒魔法を掛けます。手を出してください。………っ……、申し訳ありません。俺……自分の事でいっぱいで、貴女の傷に気づくのが、遅れました…………」
顔を顰めてそう言うグレンを見たくなくて、ハルミは俯いて手を差し出す、すぐに暖かい風が吹いた感覚がして手のひらの痛みは無くなった。
(……………早く帰りたい)
「…………っハルミ殿。…………もう、どこも痛くは無いか?」
グレンの問いかけにコクリと頷いて答える。それからグレンは何も言わない。ただハルミの前に立っている。
(…………………早く、帰りたい)
ハルミは治して貰ったばかりの手をぎゅっと握りしめる。
(…………なんで何も言わないの?………ああ、そっか。怒ってるのかな?そうだよね……………)
ポロリとまた涙が溢れる。
「グレンさん。…………ごめんなさい、貴方に恥をかかせて………本当にごめんなさい……」
そのまま土下座するとグレンは慌てたようにそれをやめさせようとする。
「なっ!!!!!やめてくれっ!!!!なぜ貴女が謝るっ!!!!そんなっ!!!!」
ぐいっと腕を引かれて立たされるが、そのままハルミはしゃがみ込んだ。
(もう、やだ…………)
「…………帰りたい」
ポツリと、呟くと涙がどんどん溢れてくる。
「もう…………やだ、……………帰りたい。元の世界に帰りたい…………」
ぎゅっと自身を抱きしめて、そう呟くとグレンの息を飲む音が聞こえた。
「ハ、ハルミ殿っ……泣かないでくれ
頼むから…………、っ………………ハルミ殿っ……」
グレンの声も泣いているように震えている。それからぎゅうっと抱きしめられてハルミの体は強張った。それにまたグレンの息を飲む音が聞こえた。
「……………ハルミ殿、頼むから泣かないでくれ、…………っ……ハルミ殿。……帰りたいなんて言わないで、…………俺好きです。…………………貴女が好きだ。お願いだ…………ハルミ殿、……っ…………何でもするから、……………俺を側に置いてくれ………。好きになってくれなくても良いから、……ただ貴女の側に居たい………。俺……………っ……やっぱり諦められない、好きだ…………っ………」
そう言ってグレンまでボロボロと泣いている。
「っ、……やめて………グレンさん。いや!!!!……だって……恥ずかしいって言った………」
泣くグレンの胸元をぐいっと押して
そう告げると、グレンは顔を歪ませた。
「違う………貴女に言ったんじゃない……。俺は……………俺自身が本当に恥ずかしい。そう思った………コウが……弟が、貴女に言った言葉に……腹が立った。………殺してやりたいくらいに、…………だけどアレは俺がアーノルドや貴女に言ったのと……同じだ。俺は………あんなに酷い事を貴女に……言った…………。…………なのに何も言い返せなくて……、っ……貴女がコウに言ってくれて……、嬉しかった。胸がスッとした。それと同時に、自分の事が凄く恥ずかしくなった……。………貴女に……黙って角を贈って……、勝手に舞い上がって………、貴女が……まだ、迷っているのを知っていて…………それなのに俺は勝手に部屋を用意して、それで貴女に断られて……。アーノルドと結婚すると言われて……また、勝手に裏切られたような気がして…………、勝手に拗ねて………………俺は、俺が恥ずかしい。貴女に言ったんじゃない………」
そう言って、グレンは全身を真っ赤に染めてボロボロと涙を流した。
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