白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二話「日常と非日常の境界」 その一

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 後宮円卓会議――という名目のお茶会――が常態化してひと月が経過した。
 議長を務める第一妃に待望の一子が生まれる頃には後宮内部の意思決定に欠かせない存在となるこの会議であるが、この時点では単なる情報交換の場でしかない。
 時折新たな妃候補についての審議もあるが、それはあくまでもその妃をどの部屋に住まわせるか、夜の順序はどこに入れるかといった問題を解決するためのものだ。
 妃を受け容れないという選択肢ははじめから存在しないのだ。彼女たちにその権限は与えられていない。
「リリシア様、お茶を」
「ありがとう」
 磁碗を差し出したリリシアと、静かに香茶を注ぐウィリィア。
 皇妃にして侍女という不思議な立ち位置の彼女であるが、この会議に皇妃以外を参加させなくて済むという点では非常に役立つ立場だ。以降、彼女のあとにも同じ肩書きを持つ皇妃が続くのは、その有用性が認められたからかもしれない。
「ウィリィア、わたしにも」
「はい、メリエラ様」
 台車を操り、皇妃たちの間を動きまわるウィリィア。
 ただ座っているのは落ち着かないということで、レクティファールの勅令を以て現在の役割を果たしている。まさかレクティファールも、この勅令のせいでウィリィアの肩書きがより強固なものになるとは予想していなかっただろう。
 皇妃兼侍女というある種の称号は、正妃であっても側妃であっても、皇国最高の淑女の肩書きとして人々に知られるようになる。
 皇妃たちの心の中を読み取り、的確にそれらの求めるものを提供する。後宮に欠かせない要素として不動の地位を得るのだ。
 もっとも、ウィリィアがそれを知ることはない。皇妃兼侍女――後世の呼び名で言うならば勅令奉妃――は彼女の死後、その明確な立場が確立されたからだ。
 このときのウィリィアは、単に好きで侍女の仕事を続けているに過ぎない。
 決して、レクティファールにお茶を淹れることがこの上ない楽しみで、他の皇妃たちで練習しているなどという訳ではないのだ。
 手空きの時間に茶葉の配合を研究し、レクティファールとの夜、その当日は配合した茶葉の缶を並べて頭を抱えていても、上手く行った翌日にはしゃぎ過ぎて同僚たちに白い目で見られても、浮かれ過ぎてそれに全く気付かないなどということがあっても、単なる職務なのだ――と本人は言っている。
「あの、リリシア様……」
 円卓でリリシアからもっとも遠い場所に座っていたリーデが、恐る恐る手を挙げる。この場では皇妃であれば特に発言に許しを得る必要はないのだが、生真面目なリーデにはそれがなかなかできない。いつもこうして、議長役のリリシアの許しを得ている。
「何ですか、致している最中に汚れるからとレクティファール様に眼鏡を外されたら、旦那様の顔が見えないからやだって割と本気で泣いたリーデさん」
「あら、かわいい」
「うわ、かわいい」
「ほう、かわいい」
「うん、かわいい」
「かわいーい?」
 リリシアの暴露に続いてメリエラ、エインセル、フェリエル、フェリス、そして首を傾げたマティリエがそれぞれの感想を述べる。
 オリガがうんうんと頷き、ファリエルが「これが女子力……!」と戦慄したり、真子がどういう顔をすればいいか分からなくてイズモ人特有の曖昧な笑みを浮かべたりしているが、渦中のリーデは挙げた手を下ろすこともできずにその場でぷるぷると震えている。
 顔は赤く染まり、ぶつぶつとレクティファールの名を読んでいた。どうやら眼鏡を外したレクティファールに責任転嫁することにしたようだ。
「妙に考えすぎて実戦になると受け身一辺倒なのはウィリィアさんと同じですが……」
「うぇッ!?」
 突然名前を出されて驚くウィリィアだが、間違っていないので反論することができず大いに困った。
「まあ、それも個性でしょうし、別に問題ありませんね」
「ま、胸も個性よね」
「――――」
 メリエラのぼそりとした呟きに、黙りこむリリシア。
 リーデの豊満な胸部装甲に目を遣り、続いて鋭い視線でメリエラを睨んだ。
 努力が報われないこともあるのだ。それを嘲るとは――リリシアの怨嗟は非常に理性的な理由を帯びていたが、リーデたちに抱く劣等感を指摘されたことも事実である。
 姉が姉であるため、この劣等感だけはどうしても拭えなかったのである。
 そしてメリエラと言えば、同じく姉に劣等感を抱いているため、どうしても突かずにはいられなかったという理由がある。
 凛とした中に艶が混じった義姉ウィリィアの容姿に、メリエラはこの上ない劣等感を抱いていた。短命ゆえに、その変化が著しい人形種に、長命ゆえに変化の乏しい龍種が嫉妬する。余人が聞けば冗談だと思うかも知れなかった。
「――――」
 無言で睨み合うふたりに、円卓に集った妃たちは溜息を漏らした。
 そして、潮時だと判断する。
「――ええと、そーいん、たいひ?」
 隣に座るオリガに促されたマティリエが、号令当番表に従い、退避命令を下す。
 号令を受けて部屋の大扉が開き、乙女騎士たちがわらわらと突入してくる。
 皇妃たちは円卓の上に並んだ数々の菓子や果物、お茶を乙女騎士たちと協力して退避させ、第一妃と事実上の第二妃の取っ組み合い引っ掻き合いが始まる前にその場から逃げ出す。
 そして扉が閉じた直後、部屋の中から猫二匹の鳴き声とけたたましい破壊音が聞こえてきた。
 アルトデステニア後宮の、取り立てて珍しくない、いつもの風景である。
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