白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第六話「繋ぐ運命」 その二

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 降伏し、命脈を保った部族がいた反面、最後の一個体まで戦って滅んだ部族もいた。
 彼らの言葉で言うならば、〈群列〉や〈大霞〉の部族と呼ばれる小個体の群れや、〈巨躯〉、〈大腕〉、〈天撃〉などと言った大型個体の部族がそれである。
 彼らはヒトと大きく異なる構造の身体を持ち、マナと煉素の有無によって敵と味方を区別していた。また、精神構造も異なる部分が大きく、短命で戦うために生まれ、降伏という概念を持たなかった。
 魔王として部族を率いる頭脳的存在を除けば、彼らの大半は単なる戦闘細胞と見ることもできるかもしれない。しかし、その彼らの魔王さえも、自分たちの種を保とうという意識が希薄であった。
 部族総てが戦い、誰かの生存域を奪うことで自らを維持するという彼らの生態に、彼ら自身が疑問を抱くことはなかったのだ。
 マナも煉素も持たない者たちを殺し、その居場所を奪い取る。結果として、彼らはその敵対者によって滅んだ。
 件の敵対者――皇国軍からすれば、彼らは連携もろくにせずに戦い、劣勢となっても撤退せずに戦う魔獣と同じ、或いはそれ以下の存在だった。
 しかし対する数だけは圧倒的であり、皇国軍は創軍以来の大規模な機動戦を行うことになった。
 この機動戦に於いて敵軍勢の後背に回り込む役目を負ったのは、最も移動力に優れる近衛軍の派遣増強旅団だった。彼らは鉄道網を用いて北上。拠点化された駅を通ってかつての同僚たちが眠る基地跡のすぐ脇を通過する迂回部隊は、深々とすり鉢状の抉り取られた地を見た。熱を受けた形跡もなく、ただごっそりとそこにあった総てが次元の狭間に落とされていた。
 何もなかった。
 基地と村がそこにあったという痕跡は、敵によって破壊された国定街道のみであり、街道の終端となっているはずの場所は何もない。
 巡航する軍馬に跨がる騎兵。装甲車輌の司令塔に昇った歩兵。兵員輸送車の幌の中から外を見る装甲歩兵。自動人形輸送車の運転席に座った整備員と、管制車輌を操る操縦手。そして彼らを上空から見守る竜騎兵と飛龍たち。
 彼らは半ば呆然としながら、敵の背後に向かって突き進んだ。
 あの光景を見てなお、怒りさえ込み上げてこない自分に憤った兵士もいた。ただ恐ろしいまでの喪失感を味わった将校もいた。
 そして、破壊の痕跡を見て、これから戦場に赴く自分を嘆く将兵がいた。
 彼らは何ら特別な存在ではない。
 ただ、軍務を全うする責任を負い、それと同時に様々な権利を与えられているに過ぎないただのヒトである。
 彼らはヒトとして戦う。
 特別ではない、ただのヒトとして戦場に向かって走っている。
 この地で潰えた同僚たちと同じ責任を背負いながら、彼らは進んだ。

 近衛軍迂回部隊が戦場を一望する丘陵に差し掛かったのは、ちょうど彼らの背後から移動してきた剣鎧帝〈デステシア〉が部隊を追い抜いたときだった。
 それまで彼らは、西南の空に浮かぶ雲に反射する爆光を目指し、また空から落ちてきた流星を目印にひた走った。
 そして〈デステシア〉が部隊を追い抜き、戦場に飛び込む。
 それを合図にしたかのように、皇国軍主力が大攻勢に転じ、迂回部隊もまたそれに同調して攻撃を仕掛けることとなった。
 自動人形が次々と輸送車の荷台起立装置によって立ち上がり、次々と地面に降り立っては突撃陣列を組む。移動中に火を入れ、各部の調整を済ませていたこともあり、仮拠点到着から全機の着陣まで僅か五分。
 最精鋭となるべく訓練を重ねてきた彼らにとっては、これはひとつの成果だったかもしれない。
「――各隊、突撃陣形配置完了。打撃突破術式展開」
 最前列に打撃戦力として一個大隊規模の重装型自動人形を配置し、そのあとを追うように装甲歩兵連隊。最外郭には魔導騎兵中隊が左右に二個。彼らを支援するための機動砲兵中隊が中央に位置し、後列は砲撃型自動人形が占める。
 それらの陣列の中に魔導小隊が分散配置され、正面からの攻撃からの防御と魔導支援を行う。
 上空には彼らの突破と打撃を支援するための航空戦力が旋回し、増強旅団一八〇〇名による新生近衛軍初の旅団突撃が今、始まろうとしていた。
「司令部より各員。情報同期の間だけ聞いて欲しい」
 増強旅団を率いる近衛少将バイフェル・ロッソ・ダッツェンが、指揮車輌の中で旅団に向けて語りかける。
 先代皇王の妃の実家として、彼が当主を務めるダッツェン伯爵家は一度はその権利の多くを制限された。
 しかし、レクティファールの皇王即位と同時に恩赦を与えられ、再び皇国の藩塀としての役割を負うに至った。陸軍から近衛軍へと移籍し、祖国の窮地にあって与えられた職務に、バイフェルの声は震える。
「我々は陛下より、この戦争とも言えない戦争を終わらせる役目を賜った。だが、君たちのうちの幾らかは、私と同じようにかつて陛下に弓を引いた。直接敵対せずとも、その片棒を担いだことは間違いない」
 バルフェルの見ている表示窓には、情報同期の完了率が七割を超えたという表示が出ている。
 大して喋ることはないが、彼の軍人として、貴族としての役目として、兵士たちの恨みを背負う仕事が残っている。
「君たちは私の、私たちの贖罪に付き合わされた不幸な将兵だ。叛逆者と轡を並べることを不満に思っている者もいるかもしれない。それでも、陛下の命は平等である」
 九割を超え、車輌の外では様々な機器や魔法陣から排出された魔素が渦を巻いている。その魔素が装甲板を焼く音を聞きながら、近衛軍少将バルフェルは告げた。
「陛下の剣として、我々は敵の心臓を貫き、抉り出し、引き裂かねばならない。そして陛下の盾として、我々は救いを求める者の手を引き、星龍旗はためく下へ導かねばならない」
 捕虜を相当数確保したという一報を受けたのは、仮拠点に到着する直前だった。
 星龍旗を翻して敵を討ち、星龍旗の翻る場所に守るべき者を導く。
 これぞ、皇国軍人の本懐であった。
 少なくとも、彼らはそう信じた。同僚たちの犠牲の上に、皇国軍人としての本懐を得る。これは死した同僚たちに手向けることを許された、最後の花だ。
「全武装使用自由」
 情報同期が終わり、彼は指揮杖を表示窓のひとつに差し向けた。
「総員、突撃に――」
 指揮杖が指し示す先は、巨神の舞い踊る神話の戦場。
 彼らは今、その一部になる。
「移れ」
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