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第四章:万世流転編
第二一話「浅間のルコ」 その四
しおりを挟む「諸君らの報告は分かった」
騎士たちの報告を総て聞き終えたレクティファールがそう言い放つと、会議室にいた乙女騎士の半分は彼の言葉を叱責と受け止め、首を竦めた。
しかし、レクティファールに叱責の意図など全くない。
彼に限らず、権限と責任は同等であると認識している者ならば、誰もが同じ結論に達するだろう。
「陛下、現時点では真子様の身に何が起きたのか、それを確かめることが肝要かと存じます」
レクティファールに最も近い席に座っていたマリカーシェルがそう発言すると、その隣にいたルミネアールが同意するように頷く。
彼女はマリカーシェルの言葉を継ぎ、投影窓を操作しながら説明を続けた。
「我々夜警総局が設置している各観測機器に、これと言って異常は見られませんでした。またそれらの機器が収集している情報にも現在分かっている以上の情報は記録されていません」
各観測機器というルミネアールの言葉に、騎士たちの何人かが思わず顔を伏せる。
皇妃たちのごく個人的な日常を記録しているそれらの機器には、彼女たちが考えているよりも遥かに多くの情報が記録されている。
うら若い乙女である騎士たちにとっては、その事実ひとつ取っても羞恥の対象であるらしい。
「医学的見地からは?」
マリカーシェルがそう言って会議卓の隅に座っていた乙女騎士を促す。
「はい」
立ち上がったのは、まるで子どものような体つきをした小さな騎士だった。
妖精としての無限の寿命をどう暇を潰して生きるかと考え、医学研究を選んだ変わり種だった。皇王府総裁ルキーティがどこからか連れてきたとされているが、騎士団創設以前から存在している彼女の来歴を知る者はいない。
「記録された総ての情報から推測するに、現在真子様は精神を構成する情報が抜け落ちている状態だと考えられます」
会議室にざわめきが満ちる。
乙女騎士たちは周囲の同僚たちと囁き合い、困惑している様子だった。
「エルメティ。それはつまり、『魂』が欠落している状態ということか?」
レクティファールが問えば、エルメティと呼ばれた妖精騎士はこくりと首肯した。
「魂の観測は我々の得意分野でありますから、おおよそ間違いないと思って頂いて良いかと。念のために同じような能力に長けた同僚たちにも確認してもらいましたが、それぞれ受け止め方は違えど同じ結果となりました」
「そうか」
レクティファールが頷くと、エルメティは一礼して椅子に座る。尻の下を綿袋で嵩増ししても、彼女の頭は両隣の騎士よりも頭半分低い位置にあった。
「他に、何か情報はあるか」
レクティファールが一同を見回す。
彼の視線を受けて乙女騎士たちが緊張した面持ちを見せるが、暫く待っても何か意見を述べようとする者はいなかった。
マリカーシェルはそれを確かめ、レクティファールに向き直る。
「陛下、我々の手で行えることには限りがあります。皇妃殿下をお守りできないことは甚だ不本意ではありますが――」
「ま、待って下さい!」
マリカーシェルの言葉を、一際高い声が遮る。
一瞬苛立たしげに顔を歪めたマリカーシェルだが、レクティファールが声のした方に顔を向けているのを見ると、気を取り直して口を開いた。
「今の発言は誰か?」
「は……はい!」
その声に、会議室の視線が一斉に移動する。
視線の向かう先にいたのは、緊張を隠しきれない表情を浮かべた黄金色の髪の乙女騎士だ。
「第一〇一特別護衛小隊副長、フィリアナ・ラディベル侍女少尉であります!」
一〇〇番台の部隊番号は、伝統的に担当する皇妃の来訪を待つ予備部隊という扱いになっている。
その中で一〇一ということは次に皇妃を後宮に迎えたとき、その先任護衛小隊となる部隊ということだ。
「ラディベル少尉、意見を述べよ」
「は、はい。あの、ですがこれは、何らかの物的根拠がある話ではなく……」
侍女少尉フィリアナは、会議室中の注目を集めて些か混乱しているようだった。同じ部隊の同僚が隣におり、彼女を促しているが、なかなか続きを話そうとしない。
その言葉通り、自らの言葉を証明する根拠がないためだろう。皇王を前にして確たる根拠を持たない話をせよというのも、かなり無茶なことかもしれない。
「少尉」
マリカーシェルが鋭い言葉と同時きっと眦を吊り上げ、フィリアナを見る。
「はい、申し訳ありません……! ですが……」
その表情にフィリアナは尚も身を縮ませてしまい、彼女の声はどんどん小さくなっていった。
さてどうしたものかという空気が会議室の中に充満し、それを感じ取ったフィリアナはさらに小さくなってしまう。
これではらちが明かないと、マリカーシェルはフィリアナの意見をあとで直接訊ねることとし、この場を閉じようと口を開き掛けた。
しかし、再び彼女の言葉は遮られてしまう。
「少尉、大丈夫だ。聞かせてくれ」
今度はレクティファールだ。
マリカーシェルは膨れ上がった不満を押し殺したらしい微妙な表情のまま、深く椅子に座り込む。自分が声を掛ければ萎縮してしまう、それはレクティファールの意思に反することだ。
彼女は拗ねながらも黙るしかなかった。
「心配せずとも、ここにいる者たちの中で一番厳しいマリカーシェルでさえ、私の日頃の個人的行動と、君が守るべき諸規範に反した行動以外は咎めたりしない」
マリカーシェルがじろりとレクティファールを睨む。
それを見たルミネアールが喉奥から湧き上がってくる笑いを必死に堪える。
「しかし、その……」
「発言の根拠が欲しいなら、『私がそれを求めた』で十分過ぎるだろう、侍女少尉?」
レクティファールが僅かに口の端を上げ、そう告げる。
フィリアナはその言葉に表情を輝かせ、慌ててそれを取り繕った。
「は、はっ!」
「少尉、話せ」
マリカーシェルが仏頂面で先を促す。
今度こそ、フィリアナは命令通りに言葉を続けることができた。
マリカーシェルの機嫌が悪くなる。
「ぜ、前提として、小官はイズモ系神族の末裔であります。また、幼少期より先祖返りではないかと言われておりました」
「ふむ」
レクティファールは小さく頷き、フィリアナはそれを見てさらに続けた。
「今朝早く……いえ、昨夜遅く、小官は日頃感じたことがない気配を感じ、定刻前に起床致しました。その時刻が真子様の異常が検知された時刻の直前であったため、何らかの関連があるのではないかと……」
「気配ですって?」
ルミネアールの表情が変わる。
何者かの気配を読み取ることに関して、夢魔族は各種族の中でも一際優れた能力を持っている。
どれだけ身体の気配を隠していても、心が発する精神波動までは隠しきれないのが常だからだ。心を完全に押し隠すことは、生物である以上は不可能だと言って良い。
その彼女が気付かなかった気配を、取り立ててそうした能力を持っていない若い神族の娘が察知したというのだから、驚かないはずがない。
「少尉、それは本当?」
「はい、局長閣下」
フィリアナが頷くのを見て、ルミネアールはレクティファールに目配せした。
それを受け、レクティファールがフィリアナに質問する。
「その気配に、心当たりはあるのか?」
フィリアナな少し躊躇った素振りを見せたが、レクティファールがじっと自分を見詰めていることに気付くと、意を決してその言葉を発した。
「同族……であります」
今度こそ、会議室はどよめきに包まれる。
「まさかイズモが?」
「確かに真子様の輿入れに関してイズモ帝家で揉めごとがあったという話は聞いたことがあるけど……」
乙女騎士たちの目が、自然と真子の護衛小隊を率いていたハルに向けられる。
イズモに関して言えば、イズモ系移民であるハルが何かを知っているのではないかという期待もあったのかもしれない。
しかし、ハルには何ら心当たりはなかった。
「ノモセ侍女大尉、あれから何か聞いているか?」
「いえ、皇妃殿下は何も言っておられませんでした!」
レクティファールの質問に、ハルは力強い声で答える。
その答えに僅かに空気が弛緩したが、ハルがさらに続けた言葉に再び緊張が高まる。
「ですが、真子様は常々同族である『座の神』についてお話をしておられました。それらの神は四界とも違う、壁の向こうにあるもうひとつの世界で暮らしており、我々はそれを察知することができないと。そして自分たちイズモ帝家の者たちの魂は、今もその神域にあると」
「魂が神域にある? 確かにそこから直接魂が奪われたというなら、次元振動計にも掛からないけど……」
ハルの隣にいた彼女の副長が呟く。
次元振動計は次元の壁を越える際に発生する振動を感知する。
さらにそれは、四界や別次元を観測する超次元指向性観測儀を除けば、ほとんど総ての次元観測機器が当て嵌まった。
「――感知外から直接か、現状ならば一番説得力のある仮定だな」
「はい」
至極つまらなそうな表情のレクティファールに、マリカーシェルが同意する。
マリカーシェルは思った。レクティファールがつまらないと考えるのも無理はない。自分の家で、自分の妻が顔も知らぬ妻の同族に拐かされたかもしれないのだ。
間違いなく、意に満たないだろう。
「陛下、そちらの線でも情報を纏めたく存じます。皇都中の次元観測器を確認すれば、或いはその痕跡を見付けられるかもしれません」
「分かった。そう差配しろ」
「ははっ」
マリカーシェルは立ち上がって敬礼すると、続いて部下たちを睥睨し、命じる。
「主命は降った。各自、我らが為すべきことを為せ」
『了解!!』
一斉に立ち上がった乙女騎士たちが、一糸乱れぬ敬礼でそれに答えた。
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