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第二話 霧散霧消
2.霊媒師?
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アレが霊的な何かだとしたら、いくら戸締まりを厳重にしたところで無意味だと頭ではわかっちゃいるが、気持ちとしては戸締まり確認火の用心という標語が脳裏を行き来する。
とりあえずはしっかり戸締まり……と鍵を掛けていると、外で足音がぱたぱた聞こえ、その後、すぐ傍のドアをどんどん叩く音がした。
隣の事務所の客らしい。
俺は好奇心から耳を澄ませてドアに張り付いた。
インターフォン越しに雅巳が応じている。
『はい、J&M事務所ですが、なにかご依頼ですか?』
あくまで冷静な雅巳の声に対して、客の声音は横柄だった。
「依頼は、俺に依頼しろ、それでいいか?」
なんだそれ。
笑いを堪えて更に聞いていると、どうやらこいつはこのご近所で起きている局地的な幽霊騒ぎが気になったようだ。
「俺なら霊を祓って退治してやれるぞ。君たちも、このままでは客も寄りつかないだろう? 迷う理由はないと思うが?」
なかなかにイイ態度してらっしゃる。
『ああ、それなら間に合ってます。おとといお越し下さい』
「いいのか? それでいいんだな? そのうち君に取り憑くかも知れんのにっ」
捨て台詞かよ、と肩を竦めて居室に戻るべく踵を返したその時、今度は俺の店のドアが激しく叩かれた。
足を止めて眇めた目でドアを凝視する。しても見えるわけじゃないが。
「ごめん下さいっ、誰かいますかっ? いるのはわかっているんだぞっ、開けろ、いや、開けなさいっ」
うわぁ、めちゃくちゃめんどくさそうなヤツだコレ。
こういうのはまずはったり。騙されて開けたらつけあがる。
そもそもクローズドの文字が読めないのか?
外の騒がしいのは無視して居室に戻りかけたが、再び足を止めた。
何か、煙い……?
ドアの向こうで何してやがる。燻り出すつもりか?
うんざりしていると、雅巳の方が痺れを切らしたらしい。
隣のドアが開く音と、何をしている?と咎める声。このニオイはどうやら大量の線香を階段で焚いたからのようだ。
まずは名乗れと言う声に、偉そうな態度の男は待ってましたと言わんばかりに声を張り上げた。
「俺はこういう幽霊とかを祓っている霊媒師だっ」
霊媒師ぃ~?
めんどくさいと言うよりも、うさんくさい……なんてのは、俺が言えた義理じゃないか。
今度は普通にノックする音。
「聞こえてたでしょ、マスター。とりあえず、店入れてくんない?」
俺と雅巳はドアを隔てて同時に大きなため息を零した。
「俺は隣町で祓い屋をしているんだが、たまたまこちらへ出向いたら、怪しい気配に満ちているじゃないかっ。それでこうして、気付いていない住民に、危険を知らせてやっているんだっ」
いちいち気合い入りまくった喋りでがなり立てているこの男は、見た感じではせいぜいが三十代に入ったかどうかだ。スキンヘッドで、ガタイはそれなりに鍛えた感じはして、背も俺よりは高いが、ジョウほどではない感じだ。
仕方がないのでテーブル席に案内して、冷たい水くらいは出してやる。
がなってばかりで喉が渇くのか、持って来るなり一気に飲み干し、おかわりっときた。はいはいと水差しごと持って来て、ご自由に、と置くと、男の向かいに俺と雅巳は腰を下ろした。
「そういえば、自己紹介はしたが名乗ってはいなかったなっ。俺は墨田と言うっ」
威勢の良さと態度の大きさに、すっかりうんざりしつつも尋ねた。
「それで……? こういう幽霊ってコトは、幽霊でもいるのかな?」
「うむっ、その通りっ。君らは全然見ていないのかっ? なかなかに美人だったのではないかなっ。見てないのなら、ちょっともったいないぞっ」
「いや、そんなの興味はない。幽霊より、騒々しいあんたを祓いたいくらいだ。というコトで、幽霊はどうでもいいから、とっととお引き取り願いたいというのがわからないのか?」
突き放すように冷たい口調で言ったつもりだが、男は全く意に介していない。
それどころか、とんでもないコトを言い出した。
立ち上がって文字通りの上から目線で俺を見下ろし、びしっと指差した。
「いいのかっ? これはどうやら、君に取り憑こうとしているようだぞっ」
「…………はぁ?」
再び、俺と雅巳は気の抜けた声を同時に上げて、顔を見合わせた。
自称霊媒師本人はおそらくキマったと思っているのであろう、びしっと俺を指差してのキメポーズをしてから、ちょっとだけ、微妙な間が出来た。
生温~い、なんとも居心地の悪い間である。
雅巳は首を傾げて視線を泳がせてから、こくこくと頷いた。
「これは、どうやら俺のところへ依頼を依頼するよりも、直接、狙われているらしいマスターと、この霊媒師さんで話し合うのがいちばんじゃないかな」
滅多に見せないとても爽やかなにこやかな笑み。
押しつける気か?と睨んでみるが、雅巳はぺろりと舌を出して肩を竦めてみせただけだ。
「うむっ、確かにっ。言われて見ればそれが手っ取り早いかも知れぬなっ」
首肯して再びソファに腰を下ろし、水を煽る。
「……何も考えてなかっただろ、貴様、行き当たりばったりで適当なコトぬかしてんじゃねぇぞ。そもそも必要ないってずっと言ってるんだが?」
自称霊媒師にも凄んで見せたが、こっちはこっちで涼しい顔だ。
めんどくさい、ほっとけよ、と思うも、雅巳はにこやかな笑みのまま、お邪魔しました~っと店を出て行くし、自称霊媒師はすっかり寛いで水飲んでるし、これはもう本気で力尽くでも追い出すしか?
俺は立ち上がって水差しを片付け、テーブルを拭きだした。
「で、お客さん、あんまり居続けるようだと、営業妨害で訴えさせてもらうぞ?」
自称霊媒師の持っているグラスを取り上げて流し場へ持って行く。
「お開きにしよう、俺は貴様に頼むようなコトはひとつもない。おとなしくこうして諭しているうちに帰った方が身のためだぞ」
振り返って脅すように言うと、自称霊媒師はそれまでとは違う、落ち着いた表情と声音で言った。
「この土地は昔、無縁仏がうち捨てられていたところだと聞く。そして、この周りに蠢いている何かが目的にしているのは、確実に君だ。それははったりでも何でもないぞ」
最初からそうやって落ち着いて喋れば、もう少し話を聞く気にもなっただろう。
さっきのハイテンションを見せられた後では、ちょい遅い。
「それで? その幽霊さんは俺に気があるとでも? 俺が気にしていないんだ、勝手に気にされてもありがた迷惑だ。いいからもう出てってくれないか? 貴様のような生身の不審者がうろついてては、幽霊が見えなくて気にしていない客まで来なくなるじゃないか」
「それでは、取り憑かれても構わないとでも言うのか? 殺されることもあるのだぞ」
俺は肩を竦めて、へらりと笑った。
自称霊媒師も手応えナシと諦めたか、黙って立ち上がった。
「それでは致し方ない、これが名刺だっ。何かあればいつでも気軽に連絡するがよいぞっ」
最後はまたテンション高めに戻っていたが、名刺を俺にがっつり握らせると、あっさりと店を出てくれた。
どっと疲れが出て、鍵を閉め直すのも忘れてソファに腰掛ける。
渡された名刺を無意識に尻ポケットに入れるとそのまま横倒しに寝そべった。
何なんだよ、もう。
無縁仏なんざ日本中どこにだって転がってたもんだ、それだったらもっとずっと前から何かあったはずだろうが。
……いや、そういえば、この前ちらりと視界に入ったアレ、何かどこかで……。
知っているような知らないような、おかしな気配を感じたのだ。
何だったかなぁ……。
ぼんやり考えている間に、うっかりすやすや、そのまま寝入ってしまった。
めんどくさがらずにもう少しちゃんと話に気をつけるなり、名刺に目を通すなりすべきだったとは、今の時点では思いもしなかった。
とりあえずはしっかり戸締まり……と鍵を掛けていると、外で足音がぱたぱた聞こえ、その後、すぐ傍のドアをどんどん叩く音がした。
隣の事務所の客らしい。
俺は好奇心から耳を澄ませてドアに張り付いた。
インターフォン越しに雅巳が応じている。
『はい、J&M事務所ですが、なにかご依頼ですか?』
あくまで冷静な雅巳の声に対して、客の声音は横柄だった。
「依頼は、俺に依頼しろ、それでいいか?」
なんだそれ。
笑いを堪えて更に聞いていると、どうやらこいつはこのご近所で起きている局地的な幽霊騒ぎが気になったようだ。
「俺なら霊を祓って退治してやれるぞ。君たちも、このままでは客も寄りつかないだろう? 迷う理由はないと思うが?」
なかなかにイイ態度してらっしゃる。
『ああ、それなら間に合ってます。おとといお越し下さい』
「いいのか? それでいいんだな? そのうち君に取り憑くかも知れんのにっ」
捨て台詞かよ、と肩を竦めて居室に戻るべく踵を返したその時、今度は俺の店のドアが激しく叩かれた。
足を止めて眇めた目でドアを凝視する。しても見えるわけじゃないが。
「ごめん下さいっ、誰かいますかっ? いるのはわかっているんだぞっ、開けろ、いや、開けなさいっ」
うわぁ、めちゃくちゃめんどくさそうなヤツだコレ。
こういうのはまずはったり。騙されて開けたらつけあがる。
そもそもクローズドの文字が読めないのか?
外の騒がしいのは無視して居室に戻りかけたが、再び足を止めた。
何か、煙い……?
ドアの向こうで何してやがる。燻り出すつもりか?
うんざりしていると、雅巳の方が痺れを切らしたらしい。
隣のドアが開く音と、何をしている?と咎める声。このニオイはどうやら大量の線香を階段で焚いたからのようだ。
まずは名乗れと言う声に、偉そうな態度の男は待ってましたと言わんばかりに声を張り上げた。
「俺はこういう幽霊とかを祓っている霊媒師だっ」
霊媒師ぃ~?
めんどくさいと言うよりも、うさんくさい……なんてのは、俺が言えた義理じゃないか。
今度は普通にノックする音。
「聞こえてたでしょ、マスター。とりあえず、店入れてくんない?」
俺と雅巳はドアを隔てて同時に大きなため息を零した。
「俺は隣町で祓い屋をしているんだが、たまたまこちらへ出向いたら、怪しい気配に満ちているじゃないかっ。それでこうして、気付いていない住民に、危険を知らせてやっているんだっ」
いちいち気合い入りまくった喋りでがなり立てているこの男は、見た感じではせいぜいが三十代に入ったかどうかだ。スキンヘッドで、ガタイはそれなりに鍛えた感じはして、背も俺よりは高いが、ジョウほどではない感じだ。
仕方がないのでテーブル席に案内して、冷たい水くらいは出してやる。
がなってばかりで喉が渇くのか、持って来るなり一気に飲み干し、おかわりっときた。はいはいと水差しごと持って来て、ご自由に、と置くと、男の向かいに俺と雅巳は腰を下ろした。
「そういえば、自己紹介はしたが名乗ってはいなかったなっ。俺は墨田と言うっ」
威勢の良さと態度の大きさに、すっかりうんざりしつつも尋ねた。
「それで……? こういう幽霊ってコトは、幽霊でもいるのかな?」
「うむっ、その通りっ。君らは全然見ていないのかっ? なかなかに美人だったのではないかなっ。見てないのなら、ちょっともったいないぞっ」
「いや、そんなの興味はない。幽霊より、騒々しいあんたを祓いたいくらいだ。というコトで、幽霊はどうでもいいから、とっととお引き取り願いたいというのがわからないのか?」
突き放すように冷たい口調で言ったつもりだが、男は全く意に介していない。
それどころか、とんでもないコトを言い出した。
立ち上がって文字通りの上から目線で俺を見下ろし、びしっと指差した。
「いいのかっ? これはどうやら、君に取り憑こうとしているようだぞっ」
「…………はぁ?」
再び、俺と雅巳は気の抜けた声を同時に上げて、顔を見合わせた。
自称霊媒師本人はおそらくキマったと思っているのであろう、びしっと俺を指差してのキメポーズをしてから、ちょっとだけ、微妙な間が出来た。
生温~い、なんとも居心地の悪い間である。
雅巳は首を傾げて視線を泳がせてから、こくこくと頷いた。
「これは、どうやら俺のところへ依頼を依頼するよりも、直接、狙われているらしいマスターと、この霊媒師さんで話し合うのがいちばんじゃないかな」
滅多に見せないとても爽やかなにこやかな笑み。
押しつける気か?と睨んでみるが、雅巳はぺろりと舌を出して肩を竦めてみせただけだ。
「うむっ、確かにっ。言われて見ればそれが手っ取り早いかも知れぬなっ」
首肯して再びソファに腰を下ろし、水を煽る。
「……何も考えてなかっただろ、貴様、行き当たりばったりで適当なコトぬかしてんじゃねぇぞ。そもそも必要ないってずっと言ってるんだが?」
自称霊媒師にも凄んで見せたが、こっちはこっちで涼しい顔だ。
めんどくさい、ほっとけよ、と思うも、雅巳はにこやかな笑みのまま、お邪魔しました~っと店を出て行くし、自称霊媒師はすっかり寛いで水飲んでるし、これはもう本気で力尽くでも追い出すしか?
俺は立ち上がって水差しを片付け、テーブルを拭きだした。
「で、お客さん、あんまり居続けるようだと、営業妨害で訴えさせてもらうぞ?」
自称霊媒師の持っているグラスを取り上げて流し場へ持って行く。
「お開きにしよう、俺は貴様に頼むようなコトはひとつもない。おとなしくこうして諭しているうちに帰った方が身のためだぞ」
振り返って脅すように言うと、自称霊媒師はそれまでとは違う、落ち着いた表情と声音で言った。
「この土地は昔、無縁仏がうち捨てられていたところだと聞く。そして、この周りに蠢いている何かが目的にしているのは、確実に君だ。それははったりでも何でもないぞ」
最初からそうやって落ち着いて喋れば、もう少し話を聞く気にもなっただろう。
さっきのハイテンションを見せられた後では、ちょい遅い。
「それで? その幽霊さんは俺に気があるとでも? 俺が気にしていないんだ、勝手に気にされてもありがた迷惑だ。いいからもう出てってくれないか? 貴様のような生身の不審者がうろついてては、幽霊が見えなくて気にしていない客まで来なくなるじゃないか」
「それでは、取り憑かれても構わないとでも言うのか? 殺されることもあるのだぞ」
俺は肩を竦めて、へらりと笑った。
自称霊媒師も手応えナシと諦めたか、黙って立ち上がった。
「それでは致し方ない、これが名刺だっ。何かあればいつでも気軽に連絡するがよいぞっ」
最後はまたテンション高めに戻っていたが、名刺を俺にがっつり握らせると、あっさりと店を出てくれた。
どっと疲れが出て、鍵を閉め直すのも忘れてソファに腰掛ける。
渡された名刺を無意識に尻ポケットに入れるとそのまま横倒しに寝そべった。
何なんだよ、もう。
無縁仏なんざ日本中どこにだって転がってたもんだ、それだったらもっとずっと前から何かあったはずだろうが。
……いや、そういえば、この前ちらりと視界に入ったアレ、何かどこかで……。
知っているような知らないような、おかしな気配を感じたのだ。
何だったかなぁ……。
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