人間やめますか?

桐谷雪矢

文字の大きさ
12 / 25

11.悪巧み。

しおりを挟む
 小柄なのに更に背を丸めてちんまりと、明るい路地から裏路地へと歩く将を、物陰から見ていた目があった。

「なにあのチビ。チビのくせに思ったよりも喧嘩っ早いんだ……へぇえ……」

 松野ケイだった。

「面白そうじゃない?」

 笑うその顔は、いかにも悪巧みしています、と書いてあるようだった。
 スマートフォンを取り出して、どこかへ連絡を取り始める。

「ああ、カイ? 今すぐ出て来られる? うん、面白いモノが見られるかもよ?」

 電話を切って将の尾行を始めたケイの口端には、終始意地悪そうな笑みが浮かべられていた。
 続けてまた他にも電話をかけ、なにやらメールだかを打つ。
 ふらりふらりとゆっくりと、千鳥足の酔っ払いにも似た将の歩みは、ケイがカイと呼んだ人物がそこへ来るのに間に合ってしまった。

「珍しいっすね、平沢がこんな時間にこんなとこうろついてるの、見たコトも聞いたコトもねぇっすよ」

 自転車で駆けつけた彼は、それを近くの建物の壁に立てかけてロックすると、すぐさまケイのところへ駆け寄った。かなり地味めな風貌にしては、妙に自信たっぷりな態度と口調だ。
 手に持っているのはハイエンドタイプのスマートフォン。到着と同時にカメラが起動していた。
 カイと呼ばれてはいるが、それはハンドルネームで、名前は坂井敏也さかいとしや
 名字のサカイから取ったハンドルだとはケイも聞いている。
 趣味はネット動画の配信で、それなりに視聴者はいるらしい。
 そして、面倒なコトに、将のクラスメイトでもあった。

「あいつ、チビって言われるとすぐ逆上してるのよ。さっきから、通りすがりにからかわれるたびに喧嘩売ってて笑えるったら」

 可笑しそうににやけた笑いで言うと、カイも面白そうに頷いた。

「そいつぁいいや、動かぬ暴行事件のスクープが撮れそうじゃん。そしたらケイ姉のお気に入りにちょっかい出すヤツも減るってもんだし」
「ひと言多いって言ってるでしょ」
「へいへい」

 軽く肩を竦めて、カイはスマホのカメラを将に向けた。

「もうすぐ知り合いの黒服が来るから。格闘家崩れだって自慢してたの聞いたコトあんのよ。ぼっこぼこにされればいいわ」
 くっくと喉を鳴らして笑う姿に、この女もイカレてね?と唇を尖らせながら、カイはスマホを構えて将を追った。

 その黒服が到着したのは、将が繁華街から抜けかけたところだった。
 黒服はスマホの画面と将とを見比べて確認しているようだ。
 辺りを見回して、ケイの姿を見つけると、アイコンタクトを送る。
 こくりと頷き返すのを確認し、黒服は将の前へと立ち塞がった。
 軽く百八十を越す身長、スーツに着られていない肩幅と厚みのある胸板は、将のコンプレックスを刺激するにはじゅうぶんであり、普通なら尻尾を巻いて撤退も当然だったろう。

 将の正面を影が覆った。足を止めて見上げる。
「……なんだよお前……お前もバカにするのかよ」
 ちっ、と舌打ちした将の目は据わっていた。
「なにが、お前、だ。ガキのくせに、目上に対する礼儀も知らんのか?」
「……はぁ? おじさん、ガキって言った?」
「じゅうぶんにガキだろうが」
 マジでガキの反応かよ、と黒服が肩を揺らしたその時。

 将の瞳が鈍く光った。
 黒服が足払いで転ばせようとした動きを、読んだかのようにステップバックしてかわした。
 重力を感じない動き。
 ケイから聞いていたのとはちょっと違わないか?と黒服が軽く睨むように見下ろした。
 同時に将は、唇を窄めた小さな息吹とともに右足を繰り出した。
 黒服が転ばせようとした程度の蹴りだったのに対して、完全に膝を壊すのが目的のような蹴りだ。
 さすがに黒服も瞠目して足を引く。

「ちょい待ちな、ちび助。マジんなるなよ」

 からかい気味に言うが、すでに目は真剣味を帯びている。
 そして、将の耳には言葉が届いていなかった。
 スイッチが入った、とでも言うように、表情が変わっていた。
 いや、表情が消えていた。
 返事もなく、続けて左足が繰り出される。
 合間に拳が加わり、黒服は数歩下がる羽目になった。

「あぁ面倒くさくなりやがった……っ」

 口調はあっさりしていたものの、苛立ちが黒服の顔に出る。

「知らないぞぉっ」

 先程とは比べものにならない速さと重さの蹴りが将に向けられた。
 喧嘩でも場数をこなした手練れらしく、体躯に見合った蹴りだった。

 喧嘩慣れはしていない小さい将の身体は避けきれない。脇腹を掠めただけに見えた黒服の蹴りで、ビルの壁に叩きつけられた。
 ずるずると壁伝いに滑り落ちる。
 なんのクッションもなくぶつかった衝撃か、頭を思いきりぶつけたか、俯いたこめかみから頬へと、細く血が流れた。
 そして、動きが止まった。

 離れて見ていたケイとカイは、そろそろと近付いてきた。
 カイはずっと録画を続けている。
 ストップ、とケイがスマホのカメラ部分を手で塞いだ。
 自分たちが映り込んでしまうとマズい。
 それはカイも同然で、録画を止めると黒服の隣で将を見遣った。

「大丈夫……っすよねぇ?」

 一撃で沈んだ将に、多少は心配になっている黒服は、溜息と共に肩を落とす。

「俺は知らないからな? 今の、撮ってたんなら俺のとこは消せよ?」
「わかってますって、あいつが一方的に喧嘩ふっかけてるみたいに編集しますって」

 親指を立ててにやっと笑うカイに、やれやれと肩を竦める。

「ありがと、すっきりしたわ。いい画も撮れたみたいだしね」

 意地悪そうな笑みを浮かべたケイは、擦り寄って黒服の背を撫でる。

「今度またお礼するわね。兄さんにもよろしく」
「あんまり悪さしてると、アニキに報告しちまうからな?」
「またまた~。それじゃね~」

 這わせていた手で、ぽんとそのまま背を叩き、ケイはカイを促して立ち去っていった。

 将は壁にもたれたまま、ぴくりともしない。
 黒服は、どうしたものかと頭を掻いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...