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14.偶然。
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良太にああは言われたものの、そんなに大騒ぎするほどのコトだろうか。
人の気配がなくなったのを確認して、のそのそと自転車置き場から這い出してきた将は、辺りを見回して、そっと学校を出た。
「なぁんか、もやもやするんだけどなぁ……確かに、なんか……」
引っかかる。
なにがかはピンとこないけど。
それはそうとして、こんな時間に家に帰ったら、何か言われるだろう。
帰るわけにもいかないし、ふだんはサボタージュするどころか皆勤賞を取れと言われる方が簡単な程度に真面目な方だ。
どうしたらいいのか、わからなかった。
自販機で缶コーヒーを買うと、それを玩びながら公園へと向かう。
少し高台になっている公園の裏手は、ハイキングコースを模した造りになっていて、その中をゆっくり時間をかけて登っていく。たかが十分もかかるかどうかのコースだが、木々の中を歩いていると、少し気が紛れた。
「いい天気だなぁ……て、そうだよな、こんなお天道様の中を歩けるのに、吸血鬼とか、根本的にそっちのが変じゃんかよ」
コースは公園内の売店横に通じていて、その先には小さなあずまやがある。
そこで少し時間を潰そう、こんな時間なら人もいないだろうし、と近付いて覗き込んだ。
人がいた。
いただけではなく、つん、と鼻腔を擽るニオイがした。
見覚えがある……いや、記憶にあるというよりは、さっき見た……動画の黒服の男が、あずまやの中にあるベンチに横たわっていたのだ。
腰掛けたまま横出しに倒れたらしく、脚は下へ投げ出されている。
そして、座面になにか零したのか、どろりとした何かが垂れていた。
そのニオイ。
無意識だった。
ぺろりと舌が唇を湿らせた。
ごくりと喉が鳴った。
しかし、無意識ゆえに、自分の動作に気付かないまま、将はゆっくりその黒服に歩み寄った。
ぴくりと黒服の、指が動いた。
は、と我に返り、それでもそっと近付いた。
「……大丈夫、ですか?」
至極普通の声音と言葉が出た。
声に反応して、ゆっくりと黒服が将を見る。
「……お前、あの……時の……ガキ……?」
こちらに向こうと身を捩り、うく、と小さく呻いて脇腹を押さえる。
零れていたのは、血だった。
脇腹を刺されたか切られたかしている。
「……きゅ、救急車……呼び……」
「いらん。呼ぶな。見なかったフリして、もう行け……」
「いや、それは無理ですって、怪我人を放置とか……っ」
「……なんだ……それが、地か? そんな真面目な坊ちゃんが……なんでまた……」
あの夜のコトを言っているらしい。
痛そうにしてはいるが、意識はしっかりしているし、なんだか死にそうには思えない。
そんなコトを思えるのも、人間ならざる部分のひとつであっただろうが、やはり自覚はしていないようだった。
黒服は、痛そうに歪めた顔で将を見詰めた。
「……あんた……あの嬢ちゃんと知り合い、なのか?」
「嬢ちゃん……?」
将にとって嬢ちゃんと言われて思い浮かぶのは香奈だけだったが、まさかと思い直して、誰?と問い返した。
「……ああ、松野の嬢ちゃんだよ……嬢ちゃんのアニキとは知り合いで……」
そこまで言って咳き込む。将は気が気ではなかったが、救急車を呼んではいけない場合もあるとは、漫画やドラマでも見かける話で、下手に呼べば自分も取り調べとか受けるハメになるのでは?と、うっすら不安も覚え始めていた。
「松野……」
「知らない、のか? 嬢ちゃんは……同じ学校とか……」
そこまで聞いて、あ……と間の抜けた声を上げる。
もしかして……こんなコト考えそうな女なんて、あいつしか……。
「ケイちゃんって、香奈ちゃんが呼んでた……そいつなのか……?」
「……ああ、アニキも、ケイって呼んでたわ、嬢ちゃんのコト……っくっ……ははははは」
笑いかけて傷が痛み、それでもまた笑い出す黒服。
「嬢ちゃんの連れがな……ずっとスマホ構えててな……俺は撮るなって言ったのにな……映り込んでるところまで、動画サイトに……上げやがった……」
ぱぁっと脳裏のもやが晴れた。
「要するに……俺と香奈ちゃんがこれ以上……て、くっつかないようにとか、それで騒ぎを起こさせようと……あの女ぁあああっ」
怒りがふつふつと湧いてきて、口調が荒れる。
黒服はため息を漏らし、くそぅ、と呟く。
「俺は、ちび助をいたぶってるところが上げられてて、アニキのご機嫌損ねてコレだ……あのクソガキぃ……」
「ケイの他にも誰か?」
「あの、動画をな、撮ってた野郎が……名前とかは知らん……よく見てなかったが、どうせお前のご学友だろ……」
喋りすぎたのか、少しずつ呼吸が荒れてきた。はぁあ、と深く息を吐き、おい、と凄む。
「嬢ちゃんたちと……なにしてもいいけどよ……俺のコトは一切……口外するなよ……今度こそアニキに簀巻きの刑だ」
「……うん、わかった……」
強く頷き、立ち去りかけて、また引き返す。
スマホを取り出すとしゃがみ込んで、横たわる黒服の目線に合わせて問いかけた。
「連絡先、教えてもらってもいい?」
人の気配がなくなったのを確認して、のそのそと自転車置き場から這い出してきた将は、辺りを見回して、そっと学校を出た。
「なぁんか、もやもやするんだけどなぁ……確かに、なんか……」
引っかかる。
なにがかはピンとこないけど。
それはそうとして、こんな時間に家に帰ったら、何か言われるだろう。
帰るわけにもいかないし、ふだんはサボタージュするどころか皆勤賞を取れと言われる方が簡単な程度に真面目な方だ。
どうしたらいいのか、わからなかった。
自販機で缶コーヒーを買うと、それを玩びながら公園へと向かう。
少し高台になっている公園の裏手は、ハイキングコースを模した造りになっていて、その中をゆっくり時間をかけて登っていく。たかが十分もかかるかどうかのコースだが、木々の中を歩いていると、少し気が紛れた。
「いい天気だなぁ……て、そうだよな、こんなお天道様の中を歩けるのに、吸血鬼とか、根本的にそっちのが変じゃんかよ」
コースは公園内の売店横に通じていて、その先には小さなあずまやがある。
そこで少し時間を潰そう、こんな時間なら人もいないだろうし、と近付いて覗き込んだ。
人がいた。
いただけではなく、つん、と鼻腔を擽るニオイがした。
見覚えがある……いや、記憶にあるというよりは、さっき見た……動画の黒服の男が、あずまやの中にあるベンチに横たわっていたのだ。
腰掛けたまま横出しに倒れたらしく、脚は下へ投げ出されている。
そして、座面になにか零したのか、どろりとした何かが垂れていた。
そのニオイ。
無意識だった。
ぺろりと舌が唇を湿らせた。
ごくりと喉が鳴った。
しかし、無意識ゆえに、自分の動作に気付かないまま、将はゆっくりその黒服に歩み寄った。
ぴくりと黒服の、指が動いた。
は、と我に返り、それでもそっと近付いた。
「……大丈夫、ですか?」
至極普通の声音と言葉が出た。
声に反応して、ゆっくりと黒服が将を見る。
「……お前、あの……時の……ガキ……?」
こちらに向こうと身を捩り、うく、と小さく呻いて脇腹を押さえる。
零れていたのは、血だった。
脇腹を刺されたか切られたかしている。
「……きゅ、救急車……呼び……」
「いらん。呼ぶな。見なかったフリして、もう行け……」
「いや、それは無理ですって、怪我人を放置とか……っ」
「……なんだ……それが、地か? そんな真面目な坊ちゃんが……なんでまた……」
あの夜のコトを言っているらしい。
痛そうにしてはいるが、意識はしっかりしているし、なんだか死にそうには思えない。
そんなコトを思えるのも、人間ならざる部分のひとつであっただろうが、やはり自覚はしていないようだった。
黒服は、痛そうに歪めた顔で将を見詰めた。
「……あんた……あの嬢ちゃんと知り合い、なのか?」
「嬢ちゃん……?」
将にとって嬢ちゃんと言われて思い浮かぶのは香奈だけだったが、まさかと思い直して、誰?と問い返した。
「……ああ、松野の嬢ちゃんだよ……嬢ちゃんのアニキとは知り合いで……」
そこまで言って咳き込む。将は気が気ではなかったが、救急車を呼んではいけない場合もあるとは、漫画やドラマでも見かける話で、下手に呼べば自分も取り調べとか受けるハメになるのでは?と、うっすら不安も覚え始めていた。
「松野……」
「知らない、のか? 嬢ちゃんは……同じ学校とか……」
そこまで聞いて、あ……と間の抜けた声を上げる。
もしかして……こんなコト考えそうな女なんて、あいつしか……。
「ケイちゃんって、香奈ちゃんが呼んでた……そいつなのか……?」
「……ああ、アニキも、ケイって呼んでたわ、嬢ちゃんのコト……っくっ……ははははは」
笑いかけて傷が痛み、それでもまた笑い出す黒服。
「嬢ちゃんの連れがな……ずっとスマホ構えててな……俺は撮るなって言ったのにな……映り込んでるところまで、動画サイトに……上げやがった……」
ぱぁっと脳裏のもやが晴れた。
「要するに……俺と香奈ちゃんがこれ以上……て、くっつかないようにとか、それで騒ぎを起こさせようと……あの女ぁあああっ」
怒りがふつふつと湧いてきて、口調が荒れる。
黒服はため息を漏らし、くそぅ、と呟く。
「俺は、ちび助をいたぶってるところが上げられてて、アニキのご機嫌損ねてコレだ……あのクソガキぃ……」
「ケイの他にも誰か?」
「あの、動画をな、撮ってた野郎が……名前とかは知らん……よく見てなかったが、どうせお前のご学友だろ……」
喋りすぎたのか、少しずつ呼吸が荒れてきた。はぁあ、と深く息を吐き、おい、と凄む。
「嬢ちゃんたちと……なにしてもいいけどよ……俺のコトは一切……口外するなよ……今度こそアニキに簀巻きの刑だ」
「……うん、わかった……」
強く頷き、立ち去りかけて、また引き返す。
スマホを取り出すとしゃがみ込んで、横たわる黒服の目線に合わせて問いかけた。
「連絡先、教えてもらってもいい?」
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