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5.帰り道で。
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本当は部活に行こうとしていた将だったが、香奈に送ってくれと言われて行けるはずがない。
急いで他の部員に行けないとメッセージを入れる。
もっとも行ったところで漫画を含む本を読んでいるか、動画を見ているかなので、読まれたのが確認できれば返信はいらない。
おろおろと靴を履き替え出入り口で待つ香奈の元へ。
「ごめん、待たせた」
「ううん、いっしょにってお願いしたのはこちらだし……」
幸いに周りはみんな部活へと急ぐ生徒が多く、ふたりを冷やかす者はいなかった。
いたら慌てて否定して拗れてしまっていたかも知れないな、と将は思った。
そして、香奈はおそらくさらっとスルーしそうだ、とも。
校門を出ると、しばらく民家やコンビニエンスストア、雑貨店などが、ゆったりとした間隔で並ぶ通りだ。車道は広めの片側一車線で、歩道もガードレールなどで仕切られているでもない、平坦な道。
ふたりは、微妙な緊張感を持って黙々と歩いていた。
喋るチャンス、お互いを知るチャンス、将は必死で話しかけるタイミングを図るのだが、これがなかなかに難しかった。
香奈ちゃんちはどこらへん?
香奈ちゃんはどこの中学から?
香奈ちゃんの家族は? 兄妹姉妹はいるの?
香奈ちゃんの好きな音楽は? 作家は? 食べものは?
香奈ちゃんの……。
頭の中ではぐるぐるしているのに、言葉が出て来ない。
だからといってため息なんてついたらダメだ、うん。
必死で深刻な顔つきのまま、空を仰ぐのが限界な将だった。
都会ではないが、田舎と言い切るのも抵抗がある、あえて言えば郊外型の街。
将の両親が家を建てた頃は人通りも少なく、盛んに宅地造成しはじめた感じの場所だったとも聞く。
六区公園はそうしてできた民家が途切れだした辺りにあった。
そう、不審者が出るだの、あれこれ言われて都市伝説しつつある公園。
小山もあり木々も多くそれなりの広さで、春には花見で賑わうが、平日は散歩するお年寄りか、子連れの主婦しかいない。
そして近道の公園裏通りは夕方近くなると人通りはかなり減る。女性ならよほどでなければ独りで通りたくない道だろう。
ふたりがその公園に差しかかる頃には、うっすらと暗くなっていた。
学校を出て十五分も経っていない。
まだ暗くなるような時間ではなかったが、空を見上げるとどんよりとした黒い雲が広がってきていた。
近道にして良かった、降られる前に帰れるだろう。
将は楽観的にそう思ったが。
「なんか、雨が降り出しそうだね……オレ、傘持ってないし、急ごうか」
「あ、あたしも持ってない……雨は嫌い」
その声音は、暗くなりつつある空よりも暗かった。
「……香奈……ちゃん?」
「だって、雨は……ううん、やめよ、こんな話」
「……変なの。そういえば……ここら辺なんだったね、不審者が出るって噂」
「そう、ねぇ」
ここだっ、とばかりに将は切り出した。
「あああ危ないし、うちまで送るよ。うち、こっちなんだよねねね?」
ところどころどもったり噛んだりしながら、やや赤面気味に尋ねる。
やったぞ、ここでうまく個人情報の欠片でも……っと意気込んだ将に、香奈は、うふふふ~っと意味深な笑い声を上げた。
「……香奈……ちゃん……?」
隣を歩いていた香奈が、歩を緩めて、やや俯いた。
どうしたの?と少し前に回り込んでその顔を覗き込む。
生暖かい雨風がさぁっとふたりの間を駆け抜け、俯いた香奈のおかっぱな前髪を吹き上げた。
透き通った肌はいつもより白く透明に見えた。
そしてぱっちりとした瞳はやや伏せ気味ではあったが、そのうっすらと開いた瞼の奥に見えた瞳。
紅く、光の加減で金が混じる、人間ではありえないような瞳の色───。
「かかかか香奈ちゃんんんんっ?」
将はものすごい勢いで後退った。
透き通るような白い香奈の顔色とは違う意味で白く青くなる将の顔色。
まさかまさか、香奈ちゃんが、吸血鬼ぃいいいいっ?
香奈は顔を上げて、にっこりと微笑んだ。
その口端には白く輝く牙。
「かかか香奈ちゃん……なにそれ、コスプレ早着替えとか、そういうの?」
とんでもないコトを口走ってる、オレ……と情けない表情で怖々香奈を見遣るが、いかにも吸血鬼にしか見えない香奈は、きょとんと首を傾げた。
「やだぁ、面白いコト言うのね、将くんって」
香奈は後退る将に会わせて近付いてきた。
将が三歩下がれば四歩詰める。
公園付近にはこんな時間、滅多に人通りはない。
ラッキーなのか不運なのか、わからなすぎる……っ。
ちょっぴり泣きそうになりながらも、更に後退ると、背中に固い感触。
自動販売機だ。
その明かりに照らされて、はっきりと見えた香奈の顔。
紅い瞳が明かりでちらちらと金色に輝き、その口端には絵に描いたような牙。
ああああ、すごいレアキャラなイメージ……。
とうとう現実逃避するような思考に陥った将には、間の抜けた笑みを浮かべるしかできなかった。
「んもう……」
呆れたようにも聞こえた香奈の声。
そして近付く顔は、からかうように唇をかすめて首筋に吸い寄せられた。
「ダメだなぁ……ホントに……」
耳元で囁かれて感じる香奈の吐息はひんやりとしていた。
ぷつり。
皮膚を破る感触。
それを痛いとか怖いとか感じる前に、将の意識は飛んでいた。
急いで他の部員に行けないとメッセージを入れる。
もっとも行ったところで漫画を含む本を読んでいるか、動画を見ているかなので、読まれたのが確認できれば返信はいらない。
おろおろと靴を履き替え出入り口で待つ香奈の元へ。
「ごめん、待たせた」
「ううん、いっしょにってお願いしたのはこちらだし……」
幸いに周りはみんな部活へと急ぐ生徒が多く、ふたりを冷やかす者はいなかった。
いたら慌てて否定して拗れてしまっていたかも知れないな、と将は思った。
そして、香奈はおそらくさらっとスルーしそうだ、とも。
校門を出ると、しばらく民家やコンビニエンスストア、雑貨店などが、ゆったりとした間隔で並ぶ通りだ。車道は広めの片側一車線で、歩道もガードレールなどで仕切られているでもない、平坦な道。
ふたりは、微妙な緊張感を持って黙々と歩いていた。
喋るチャンス、お互いを知るチャンス、将は必死で話しかけるタイミングを図るのだが、これがなかなかに難しかった。
香奈ちゃんちはどこらへん?
香奈ちゃんはどこの中学から?
香奈ちゃんの家族は? 兄妹姉妹はいるの?
香奈ちゃんの好きな音楽は? 作家は? 食べものは?
香奈ちゃんの……。
頭の中ではぐるぐるしているのに、言葉が出て来ない。
だからといってため息なんてついたらダメだ、うん。
必死で深刻な顔つきのまま、空を仰ぐのが限界な将だった。
都会ではないが、田舎と言い切るのも抵抗がある、あえて言えば郊外型の街。
将の両親が家を建てた頃は人通りも少なく、盛んに宅地造成しはじめた感じの場所だったとも聞く。
六区公園はそうしてできた民家が途切れだした辺りにあった。
そう、不審者が出るだの、あれこれ言われて都市伝説しつつある公園。
小山もあり木々も多くそれなりの広さで、春には花見で賑わうが、平日は散歩するお年寄りか、子連れの主婦しかいない。
そして近道の公園裏通りは夕方近くなると人通りはかなり減る。女性ならよほどでなければ独りで通りたくない道だろう。
ふたりがその公園に差しかかる頃には、うっすらと暗くなっていた。
学校を出て十五分も経っていない。
まだ暗くなるような時間ではなかったが、空を見上げるとどんよりとした黒い雲が広がってきていた。
近道にして良かった、降られる前に帰れるだろう。
将は楽観的にそう思ったが。
「なんか、雨が降り出しそうだね……オレ、傘持ってないし、急ごうか」
「あ、あたしも持ってない……雨は嫌い」
その声音は、暗くなりつつある空よりも暗かった。
「……香奈……ちゃん?」
「だって、雨は……ううん、やめよ、こんな話」
「……変なの。そういえば……ここら辺なんだったね、不審者が出るって噂」
「そう、ねぇ」
ここだっ、とばかりに将は切り出した。
「あああ危ないし、うちまで送るよ。うち、こっちなんだよねねね?」
ところどころどもったり噛んだりしながら、やや赤面気味に尋ねる。
やったぞ、ここでうまく個人情報の欠片でも……っと意気込んだ将に、香奈は、うふふふ~っと意味深な笑い声を上げた。
「……香奈……ちゃん……?」
隣を歩いていた香奈が、歩を緩めて、やや俯いた。
どうしたの?と少し前に回り込んでその顔を覗き込む。
生暖かい雨風がさぁっとふたりの間を駆け抜け、俯いた香奈のおかっぱな前髪を吹き上げた。
透き通った肌はいつもより白く透明に見えた。
そしてぱっちりとした瞳はやや伏せ気味ではあったが、そのうっすらと開いた瞼の奥に見えた瞳。
紅く、光の加減で金が混じる、人間ではありえないような瞳の色───。
「かかかか香奈ちゃんんんんっ?」
将はものすごい勢いで後退った。
透き通るような白い香奈の顔色とは違う意味で白く青くなる将の顔色。
まさかまさか、香奈ちゃんが、吸血鬼ぃいいいいっ?
香奈は顔を上げて、にっこりと微笑んだ。
その口端には白く輝く牙。
「かかか香奈ちゃん……なにそれ、コスプレ早着替えとか、そういうの?」
とんでもないコトを口走ってる、オレ……と情けない表情で怖々香奈を見遣るが、いかにも吸血鬼にしか見えない香奈は、きょとんと首を傾げた。
「やだぁ、面白いコト言うのね、将くんって」
香奈は後退る将に会わせて近付いてきた。
将が三歩下がれば四歩詰める。
公園付近にはこんな時間、滅多に人通りはない。
ラッキーなのか不運なのか、わからなすぎる……っ。
ちょっぴり泣きそうになりながらも、更に後退ると、背中に固い感触。
自動販売機だ。
その明かりに照らされて、はっきりと見えた香奈の顔。
紅い瞳が明かりでちらちらと金色に輝き、その口端には絵に描いたような牙。
ああああ、すごいレアキャラなイメージ……。
とうとう現実逃避するような思考に陥った将には、間の抜けた笑みを浮かべるしかできなかった。
「んもう……」
呆れたようにも聞こえた香奈の声。
そして近付く顔は、からかうように唇をかすめて首筋に吸い寄せられた。
「ダメだなぁ……ホントに……」
耳元で囁かれて感じる香奈の吐息はひんやりとしていた。
ぷつり。
皮膚を破る感触。
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