人間やめますか?

桐谷雪矢

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7.婚約者。

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「……親父も母さんも……香奈のコト知ってるの……っ?」
 素っ頓狂な声で問う将に、父・美鶴は腕組みをしてソファに背を預ける。
 母・百合亜は、頬に手を当てて、どうしましょ、と心配と言うより面倒を丸投げにするように美鶴を窺う。
「せめて、高校を卒業する頃に……とは思ってたんだが……」
「だからあたしは、高校に受かった時に言ったじゃないの。色気づいて余所見をしないうちにって」
「女はマセているってのは本当なんだな」
「なによその言い種は。いつの時代の話をしてるの。時代錯誤もいい加減にして」
 ふたりは将をよそに侃々諤々の言い合いをはじめた。
「待って、待てったらっ。だから、なんでふたりとも香奈ちゃんのコト知ってるんだよって訊いてるんだけどぉっ」
 将はふたりとを隔てているテーブルの上に手を突いて身を乗り出した。
 そのままテーブルに膝も乗せてふたりの間に割って入ろうとすると、ふたり揃って将に視線を向ける。
 そうそう、と存在を思い出してもらったと安堵したのも束の間、ふたりは声を揃えて言った。
「テーブルの上に乗るんじゃありませんっ」
 妙な沈黙がリビングに流れた。

 だが、親らしいお小言で、おかしな空気になっていたリビングが元に戻った。
 咳払いをして場を取り繕った美鶴は、ふむ、と改めて将を見詰める。
 向かいの椅子で丸くなっている将は、居心地の悪さに首を傾げて上目遣いにふたりを見返すが、なんで叱られてる風になってんの?と眉尻を落とした。

 それより何より状況が飲み込めてないんですけどぉっ?

 文句も言いたいくらいだが、何か喋ってこれ以上藪から蛇は出したくない。
 じっと両親から話を切り出されるのを待つ。

 どれくらい経ったか、いや、思うほど経ってはいないだろうその時。
 将のポケットに入っていたスマートフォンが緊張を解いた。。
 傍からは珍妙に聞こえる呼び出し音がして、数秒、設定した時間だけ鳴らして音が止んだ。

 鳴り終わった瞬間の、ほっとした空気を逃すコトなく、将は切り出した。

「あの、だから、香奈ちゃんのコト……」
 わかってる、と言いたげに、美鶴がこくこく首を振った。
「香奈な……そうだな、もう全て説明した方がいいだろう」
 ごくり。
 将が息を呑む音さえも響きそうな中、美鶴は努めてあっさり軽く言った。

「ちゃんと会わせて紹介するとしよう。将、お前の婚約者に」

 …………………………?

 言葉の意味が理解出来なかった。

「そしてな、香奈も吸血鬼だ」

 …………………………???

 ええっと……?

 将は混乱した。

 呆けたように口をぽかんと開けて。目の焦点が合っていない。
 かくり、かくりと、あれ? え? なに?と、首を左右に傾げては、呟く。
 両親は、あらあらと困ったように眺めているだけだ。
 ゆっくりと、将の脳内が落ち着いて、回線が繋がるのを待っている。

「ええっと……婚約者? なにその時代遅れな感じの単語……ああでも最近、そのネタ流行ってたっけか……」

 ぶつぶつと呟いて、自分でゆっくり事態を飲み込んでいく。

「……で、吸血鬼……えっと、アレ、本物……?」

 首筋に食い込んだような、あの感触は……現実だった?

「……吸血鬼……都市伝説がリアルだったのか……香奈ちゃんも吸血鬼……」

 美鶴の言葉をリピートして、ん?と引っかかりを覚えた。
 すっと頭が冴えた気がした。

「親父……その、もって何? 香奈ちゃんもって……っ?」

 会話が出来る状態に回復した息子に、美鶴は頷き、百合亜はにっこりと微笑んだ。

「その通り、香奈も……俺たちも、吸血鬼、だ」

 にっこりと微笑んでいた百合亜の口端からは、長く伸びた牙がはみ出していた。

「俺たちも……もっ? 俺もっ?」

 再び将は混乱した。

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