さとうと編集。

cancan

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001 catch the virtualboy

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 私は天月さとう。
 十八歳。


 高校三年生。夢はライトノベル作家。


 発売したラノベが爆売れして、アニメ化して、グッズもいっぱい売れて――大金持ちになるの!!!


 今度、坂の上にある編集部に持ち込むのは『オレの妹が人気ユーチューバーの訳がない。』という自信作。


 今度こそ月刊ドラゴンマシンガンで連載決定よ!!!


 これがアニメ化したらパチンコの実機に決定ね!


 それからCR『オレの妹が人気ユーチューバーの訳がない。』でビッグが出るたびに流れる【SEIKIMATU(作詞:天月さとう)】で印税も爆発よ!!



 ***



 「……うーん」



 私の目の前で苦虫を噛み潰したような顔をしている中年。


 グラップラー青木と言う名前の編集者。もちろん本名ではない。


 それがなぜかよくわからないが、読者に慕われやすいようにインパクトのある名前にしているとのこと。


 そんな簡単なことで人気出るわけないのに……無駄な努力である。

 某ゲーム雑誌の編集に間違えられるのが関の山だ。



 そのグラップラーが黙々と私が持ち込んだ原稿を読んでいるが、私はいつも考えていた。


 (――お前に私の作品の良し悪しがわかるのかと)


 中年とは言ったが三十代前半。


 正直、作品の良し悪しを判断するのにはまだまだ若いのではないか。


 しかもこいつは転職組。


 大学卒業して広告代理店に入って十年位働いた後、転職したそうだ。


 編集者暦一年半。


 ようするに駆け出し。


 何の実績もない転職したての中年編集者に何がわかるというのだ。


 私の心には疑念と不安しかなかった。



 「いいじゃないっすか、さとう先生」


 難しい顔をしていたわりに最初に出たのはそんな意外な言葉だった。

 私はきっとこの男が原稿の内容を否定するものだと思っていた。


 「はあ……」


 自分でも驚くくらいに間の抜けた返事をした。




 そんな私の返答を聞いても青木の声はなぜか明るかった。


 「このバーチャルボーイというんですか? VR機器をつけた後に叫ぶ『こいつログアウトできない!?』というところ、緊張感があっていいですよね」


 彼はニコニコしている。


 「ええ、まあ……そうですかね」



 「あとは『クソッ! 画面が真っ赤になってやがる! まるで血の海のようだ』とかも迫力ありますし」



 「そ、そうですか……」



 「この主人公がダイブしたゲームはテニスですよね?」



 「そうですね」



 「いいじゃないですか。時代の流れに乗ってる感じが」



 「そこは私も意識しました」


 この小説を書いているときテレビのニュースやネットの記事はこれで持ちきりだった。作家である以上は時代の流れに敏感でなければならないと思っている。



 「いやー、ピンチになった時に主人公が『実はオレ二刀流なんです』といってラケットをもう一本出すところなんて普通考えつかないですよ」



 「……まあ」



 「この主人公が使う必殺技の名前なんでしたっけ?」



 「二刀流剣技上位スキルムーンバーストストリームです!!」

 どこかで聞いたことのあるような技名である。


 「…………」


 「……」

 お互いに言いたいことがあるがいい出せない。

 気まずい沈黙。



 「てかテニスのルールについてなんですけど、試合中にラケット二本使っていいんですか?」


 「……さあ」

 私はテニスなどやったことはない。

 いや、学校で何度かやってはいるが何回聞いてもルールがわからなかった。

 立ち位置が入れ替わったり、ボールを打っていい枠みたいなものがあった気がする。

 つまり私には難解。

 理解不能。


 場に2分ほど沈黙が続いた。


 青木はおもむろにイスから立ち上がると、業務用のでかいシュレッダーに向かう。


 向かった方向から、それが私の原稿を裁断するためだということがわかった。


 「……」


 無言で原稿をグラップラーする青木。


 「あぁぁぁぁぁぁぁ……」

 声にならない声を出している間にすさまじい速度でリサイクル資源になっていく私の原稿。

 私の努力の結晶。

 総製作時間一週間。


 二、三分くらいだろうか青木が薄い板で仕切られた狭い空間に戻ってきた。


 さすが業務用の裁断機は仕事が速い。

 一週間かけた原稿を一瞬で再生不能、バラバラにした。


 「いやぁ、ここが禁煙でなければさとうさんの原稿はライターで燃やしてましたよ」



 「そうですね」

 私の心中も燃えさかっていた。

 メラゾーマを使うことができれば間違いなくこの男に喰らわしていただろう。


 でも私はできる限りの笑顔で言葉を返した……笑えていたかどうかはわからない。
 
 この部屋に鏡は無いのだから。


 十年後、私が大御所ライトノベル作家になった際にまだこいつが坂の上編集部にいたら、他出版社のノストラダムスを調査する部署に飛ばしてやる、絶対に――静かに誓った。


 【注】バーチャルボーイ レトロゲーム機、PS4VRみたいな外見で赤い。なんとなく立体的なゲームをすることができた。
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