さとうと編集。

cancan

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008 soba noodles

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 今日は早めに学校が終わった。
 いつもと同じ裏道を歩き、それなりにきつい坂を上ると編集部がある。
 
 思うのだが全く意味のないセキュリティ。
 おそらく誰が来ても顔パスの受付。
 
 儲けている割には貧相なつくりのエレベータのボタンを押し上の階に行く。
 
 編集部に近づくと青木の話し声が聞こえた。
 ドアを少しだけ開け中を覗き込む。
 
 彼と話していたのは有名な大御所作家だった。
 和装で自慢げにたくわえたヒゲ。

 見るからに大物です。
 ――といわんばかりの貫禄。
 神田の奥に存在するという伝説の蕎麦屋で盛りそばをすすり、日本酒を呑んでいそうだなと思った。

 ちなみによく雑誌に載っている人で、新聞にもコラムを連載している。


 「いやぁ、先生! ありがとうございます」

 ペコペコする青木。

 「きちんと締め切りは守ったよ」
 
 私も一度はいってみたいセリフである。

 「ありがとうございます!」

 またペコペコしてる。

 「……」

 まるでコメツキバッタのようだ。
 どんなバッタかは知らないけど。


 「いやぁ、やはり先生の原稿はオーラが違いますね。迫力がありますよ」

 「ぇ……」

 また新米中年編集者の青木は意味の解らないことをいっている。
 レーザープリンタで文字が印刷された原稿のどこからオーラが出るというのだ。

 やはりこの編集の目はふし穴だな。


 「いやぁ、読まなくてもわかります。これぞ玉稿!」

 「えぇぇ…………」

 読めよ。
 てか私の原稿も読まないでOK出して欲しい。


 「これからお時間あればどうでしょう? 天然物の鰻を出す、いい店があったんですよ」

 「いやいや、これから用事があってね。また今度」

 右手で話をさえぎる仕草。

 私はトンカツなのに鰻……

 「絶対に許さない」

 御大には鰻で現役女子高生はトンカツ。
 私は日本の格差社会を垣間見た。


 「では次回もお願いします」

 また頭を下げている。

 「ははは、考えておくよ」

 素っ気ない返事。


 「…………」

 編集部から二人は出て行く。
 きっとエレベーターまで見送るのだろう。

 あるいは玄関まで行くのかもしれない。


 三、四分後に疲れたような、安心したような何ともいえない表情で帰ってくる青木。

 「鰻とはまた豪勢ですね」

 私が言葉を発すると、ハッとした顔になった。


 「ああ……着てたんですね」

 言葉から考えるに、私が居たことに気づいてなかったのだろう。


 「あんな有名な作家先生なら、事前に予定を話しておかないと一緒に食事はできないと思いますよ」

 きっと忙しいはずだ。取材や、付き合い、原稿。
 あとはキャバクラ嬢との交流。


 「ああ、そんなのわかっていますよ。わざとですから」

 断られるのが解っているのに提案したわけだ。


 「ふーん。疲れるから?」

 「経費の節減ですよ。今は厳しいんです」


 「こんなに儲かってるのに節減するの!?」

 どれだけ金が好きなんだこの会社は。
 

 「そうですよ。経費は節約するものです」

 「……私も鰻を食べたい」


 「高校生の時からそんなもの食べているとロクな大人になりませんよ」

 「それでもいいです。鰻を食べたくらいで駄目な大人になるのならそれまでの人間だったということでしょう」

 「……いや、いさぎよい感じの言い回しになっていますが駄目ですよ」

 「あぁ……」
 
 やはり駄目か。


 「一千万部売れたら好きなだけ食べてください。自分の金で」

 「それだけ売れても自腹なの!?」

 一冊五百円の本を一千万部も販売したら日本経済に五十億(単純計算)は貢献しているはずなのに自腹!
 こんな理不尽があっていいのだろうか……

 「むしろ、それだけ売れたら僕に奢って下さいよ」

 ため息をつく青木。

 「いいですよ。好きなだけ食べて」

 私もため息をつく。

 「本当ですか!?」

 驚く青木。

 「ええ。約束です」

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