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【第一幕】デモングラ国が攻めてきた!?

高原を歩く国際法規違反者たち

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 愛娘ショコレットと別れて指令本部へ戻る途中、フラッペは十日前のことを思い返していた。デモングラ国の王室を訪れて、王子たちと交わした会話だ。

『ショコレット嬢とのお見合い当日に、貴国へボムキャベッツで乗り込んで見せましょうか?』
『ははは、お戯れを……』
『冗談などではありません。ねえ、オムレッタル兄さん』
『そうだな、サラミーレ。それならマルフィーユ公爵と賭けをしよう』
『兄さん、どういうことです?』

 この時フラッペは、若者の他愛ない軽口だと思っていた。

『俺たちが、ボムキャベッツでヴェッポン国の王宮へ辿り着けるかどうかだ』
『無理ですよ。私どもの自衛軍によって撃ち落とされますから。ははは』
『ようし、もし辿り着けたら、僕をヴェッポン国自衛軍の大将にして貰おう』
『それなら、俺は元帥だ。あっははは』
『ははは、お二人とも、ご冗談はもうおやめ下さい……』

 王家の人間の中には、時として平民が持たないような非常識さを持ち合わせている者がいたりする。王子二人がデモングラ国軍の若いパイロットを威して、戦闘機ボムキャベッツを飛ばしてくるなど、全く思いも寄らないことだった。このためフラッペは、あの時もっと真剣に注意しておくべきだった、と後悔して深く反省もしている。
 一方、フラッペの一人娘ショコレットは、王立第一アカデミーの高級クラス専用教室に到着した。
 早速ピクルスの姿を探す。

「まだのようだわ。そうね、いつも遅いのだったわね」

 同じ高級クラスの一員であるピクルスは、軍人として優秀かもしれないが、学業においては劣等生で家の爵位も下だ。さらには授業中に居眠りをして涎を垂らしたりしていることもある。そのような品位に欠ける同級生に対して、ショコレットは少なからず優越感を持っている。
 だが、なにかが不安なのだ。今のショコレットには判然としていない、そんな名状しがたい焦燥感を抱きながら、今か今かとピクルスを待つのだった。

 Ω Ω Ω

 ヴェッポン国の北西には、ハーキュリーズという標高四千メートル級の山岳が立ちはだかっていて、その北側はデモングラ国の領土である。
 この山岳の南麓に広がる丘陵地帯はブルマアニュ高原と呼ばれている。かつてはデモングラ国軍を迎え撃つために、ヴェッポン国自衛軍が軍用に使っていた土地だが、デモングラ国と不可侵条約を結んで以降、今では夏の避暑地として、国内だけでなく国外からも人気の高いリゾート地となっている。
 この澄んだ空気と緑の美しい地にパラシュートで降りてきた三人の若者が、南へと向かって歩いている。

「ホントに攻撃されちゃったね」
「ああ、しかもいきなりだ。警告もなしに撃ちやがった」
「ですから自分は、あれほど繰り返して、無茶だと申したのです」
「確かに無茶だったよ。あははは」

 先頭を歩いているのは、デモングラ国の第三王子サラミーレ。そのすぐ後ろが、第二王子オムレッタルとデモングラ国の空軍兵士パボチャップルである。
 彼らは、まず誰か人を見つけ、自分たちがデモングラ国の王室に関わる人間であることを伝えたうえで、ヴェッポン国の王宮まで案内して貰おうとしている。三人のうちで最年長である二十二歳の戦闘機乗りパボチャップルによる提案だ。

「あ、オムレッタル兄さん、あれ見てよ。ヘリが二機飛んでくるよ」

 サラミーレが前方の空を指差した。

「おおそうだな。さっきのと似ているな」
「はい、あれも同じくデパッチでしょう」

 デパッチはヴェッポン国自衛軍の軍用ヘリコプターである。ディラビスが部下を連れて、領空侵犯という国際法規違反をした者たち三名を拘束するために、今こちらへ向かってくるのだ。

「おおぉ~~~いぃ!」

 間もなく捕虜にされるとも知らずに、十七歳の王子サラミーレは笑顔で大声を出して、高く上げた両手を振っている。

 Ω Ω Ω

 ピクルスたち三人が高級クラス専用教室までやってきた。

 ――パパァーンχ、パンパアンχ、パァーン!

 アカデミー内への銃等の持込みは学則で禁止されているため、その替わりとしてピクルスはいつもクラッカーを鳴らして教室に入ってくる。

「ピクルス、みなさん驚いていてよ」
「そうだね、少し音が大きいしね」

 後について並んで歩いてきたメロウリとマロウリがやんわりと注意するのも、普段通りのことである。
 教室内にいる生徒の大半はもう慣れてしまっているのだが、それでも突然の破裂音にビクリとする者も何人かはいる。

「相も変わらず、常識知らずですこと」

 ピクルスに歩み寄ったのはショコレット。今日に限って彼女は、その常識知らずの破裂音を待ち兼ねていたのだ。

「ご機嫌ようショコレット。わたくしにご用かしら?」
「いいえ、私の用事ではなく、お父様から言伝を」
「フラッペ少将から?」
「そうよ。でも気安くフラッペなどと仰らないで下さるかしら」

 ピクルスの顔を、きっと睨みつけるショコレット。

「そう。ではマルフィーユ少将なら、よろしいかしら?」
「ええ、是非そうなさって」

 親しみの気持ちを表したいと考えて、普段からピクルスは軍人仲間に対し、下の名前で呼んでいる。だがショコレットにはそれが分からず、尊敬する父親に対する侮辱と受け取っているのだ。
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