キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですわよ!

紅灯空呼

文字の大きさ
19 / 121
【第二幕】公爵家令嬢たちの婚約事情

名コンビ・ピクルス大佐とザラメ軍曹

しおりを挟む
 キュウカンバ伯爵家から王宮までは、直線距離にして二十五キロメートルほどの隔たりがある。
 従って時速八百キロを出すピックルでなら、到着まで約二分だ。
 総司令本部の第一飛行場は王宮に最も近い場所にある。だが、そこから走る時間さえも惜しいため、ピクルスとザラメは小型パラシュートを背負って、王宮の真上で飛び降りた。
 パラシュートの傘の部分が小さいので空気抵抗が少なく、落下速度が大きい。そのため一人と一匹はあっという間に王宮の入り口へと降り立った。

「さあ、急いで桃の間ですわよ」
「シュアー!!」

 走ってはいけない王宮の中央廊下を駆けて桃の間に着いたピクルスとザラメは、その部屋の中へ飛び込んだ。メロウリとの通話を終えてから、まだ四分も経っていない。この迅速さは、恐らく誰にも真似できないであろう。
 部屋に残っているのは、メロウリとラデイシュの二人。ここに先ほどまでいたオムレッタルは、一度自分に用意されている客室へ戻ることにしたのだ。

「あ、ピクルス。それよ!」

 メロウリはテーブルの上に置いてある手紙を指差した。

「さあザラメ軍曹、これを嗅ぎなさい♪」
「ラジャー!」

 ピクルスは手紙を手に取り、すぐさまザラメの鼻へ近づけた。

 ――クンクン・クウウゥン

「ザラメ軍曹、この中にいない者の匂いがありますか?」
「ここにいる以外では、四人の人間の匂いがします!」

 ザラメは、嗅ぎ分けコンクールの全国大会に出場して、警察犬で最も優秀なシェパード三号を始めとする数多くの強豪犬たちに勝ち、見事優勝した実績を持っているのだ。

「どのような人間なのですか?」
「一人は十代男性で、ピックルの後部座席にも同じ匂いがありました」

 それは間違いなくオムレッタルの匂いだ。

「後は、十代女性が二人と二十代女性が一人です」
「よろしい。ザラメ軍曹はそのまま待機なさい」
「ラジャー!」

 部屋から弾丸のように飛び出したピクルスは、すぐに、オムレッタルの客室で召使いをしているマヨネエラ、そして栗の間からショコレット、その二人を連れて戻ってきた。

「ザラメ軍曹、このお二人がそうですね?」
「では、少々失礼致します」

 ――クンクン・クンクン!

 ザラメは遠慮がちに、マヨネエラとショコレットを嗅いだ。

「ピクルス大佐の仰る通りです!!」
「ご苦労、ザラメ軍曹」

 そういってからピクルスは、ショコレットを指差す。

「偽のお手紙をお書きになった真犯人は、あなたですわね?」
「ええっ!? な、ななな、なにを根拠に!!」
「匂いですわ、あなたの」
「で、ですが、匂いなら、べべ、べ、別の女子の匂いも、していなくて?」

 このショコレットの言葉を聞いたピクルスは微笑んだ。

「どうしてあなたが、別の女子の匂いもすることをお知りなのかしら?」
「あっ!!」

 こうして偽手紙事件は、発覚からわずか十分で、名コンビのピクルスとザラメによって解決されたのである。

 同じ頃、王の一番大居室では、ヴェッポン国王とデモングラ国第一王子ジャコメシヤが小卓を挟んでチェスの勝負をしていた。
 白のキングは盤上左下の隅にあり、一マス上でポーンが守っている。
 だが、その上方から睨みを利かせる黒のルークを、ジャコメシヤが右手の指で摘んで一直線に前進させる。

 ――カチン!

 白のポーンを弾いた黒い戦車は、キングのすぐ目の前に停止した。

「チェックメイト!」
「むむっ……」

 王は黒のルークを取ることができない。
 そこから一マス上の二マス右には黒い馬面がある。それによって白のキングは右隣へ逃れる訳にもいかない。これは正真正銘のチェックメイトだ。

「……ふうむ。ならば、これでどうだあー!」

 ――ガッツンΩ!!

 なんと白のキングが黒のルークを弾き飛ばした後、一歩後退。つまり結果的には位置を変えずに黒い戦車を盤外へと退けたのである。
 どちらかというと温厚なジャコメシヤなのではあるが、さすがに声を荒げずにはいられない。

「ヴェッポン国王、それは卑怯ですよ!」

 だが王は、怯む様子など全く見せない。

「向かってくる敵には迎撃あるのみ。そして、このヴェッポン国王の辞書に卑怯というワードは載っておらぬわ」
「チェスに今のような動かし方はありません。明らかにルール違反です!」
「黙れ若造! この一番大居室においては、白のキングが絶対的かつ唯一のルールなのだ。わっはははは!!」
「くっ……」

 ジャコメシヤはそれ以上なにも返せなかった。所詮はアウェイでの不利な戦いに過ぎないのである。
 この時、召使いのオイルーパーが姿を見せる。

「国王陛下、お伝えすることが、ございますけれど……」
「構わぬ。さあ話せ」

 テーブルを挟んで座っている二人は、オイルーパーの口元を注視する。

「先ほど、サラッド‐メロウリ様のお見合い、マルフィーユ‐ショコレット様のお見合い、ともに終焉致しました。どちらも破局にございます」
「なんだと!?」
「えっ、そんなぁ!」

 Ω Ω Ω

 デモングラ国の第二・第三王子、サラッド公爵家の父娘、マルフィーユ公爵家の父娘、召使いのマヨネエラ、そしてピクルスとザラメ、合わせて八人と一匹が一番大居室に呼び出された。
 チェスの駒が散らかったままの小卓とは別の、より大きな丸テーブルの周りに総勢十人が囲んで腰かける。ザラメだけはテーブルの下でお座りの姿勢だ。

「これら二通の手紙をショコレットが書いたというのは、事実であるか?」

 ヴェッポン国王が低い声で問いかけた。
 ショコレットは落ち着いた口調で応える。

「はい、事実にございます」
「ふうむ……」

 国王は短く唸り、腕を組んだまま目を閉じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

異世界で大往生した私、現代日本に帰還して中学生からやり直す。~最強の補助魔法で、冴えないおっさんと最強美女を操って大金持ちになります~

タカノ
ファンタジー
異世界へ転移し、聖女として崇められ、愛する家族に囲まれて88歳で大往生した……はずだった。 目が覚めると、そこは現代日本。 孤児の中学2年生、小金沢ヒナ(14)に戻っていた。 時間は1秒も進んでおらず、待っていたのは明日のご飯にも困る極貧生活。 けれど、ヒナの中身は酸いも甘いも噛み分けたおばあちゃん(88歳)のまま! 「もう一度、あの豊かで安らかな老後(スローライフ)を手に入れてみせる!」 ヒナは決意する。異世界で極めた国宝級の【補助魔法】と【回復魔法】をフル活用して、現代社会で大金を稼ぐことを。 ただし、魔法は自分自身には使えないし、中学生が目立つと色々面倒くさい。 そこでヒナがビジネスパートナー(手駒)に選んだのは―― 公園で絶望していた「リストラされた冴えないおっさん」と、 借金取りに追われる「ワケあり最強美女」!? おっさんを裏から魔法で強化して『カリスマ社長』に仕立て上げ、 美女をフルバフで『人間兵器』に変えてトラブルを物理的に粉砕。 表向きはニコニコ笑う美少女中学生、裏では彼らを操るフィクサー。 「さあ善さん、リオちゃん。稼ぎますよ。すべては私の平穏な老後のために!」 精神年齢おばあちゃんの少女が、金と魔法と年の功で無双する、痛快マネー・コメディ開幕!

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~

あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。 彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。 剣も魔法も得意ではない主人公は、 最強のメイドたちに守られながら生きている。 だが彼自身は、 「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。 自分にできることは何か。 この世界で、どう生きていくべきか。 最強の力を持つ者たちと、 何者でもない一人の青年。 その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。 本作は、 圧倒的な安心感のある日常パートと、 必要なときには本格的に描かれる戦い、 そして「守られる側の成長」を軸にした 完結済み長編ファンタジーです。 シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。 最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。

処理中です...