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【第四幕】フランセ国第一王子の運命
父と娘のドラマチックな旅立ち
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ショコレットはポークビルスキーに送る手紙の文章を考えながら、なんとはなしに外の空気を吸いに出た。
フラッペが芝に仰向けで横たわっていた。彼の左胸に立つ、細い白樺の空を向いている黒い羽根は、目に映したくもない灰色の現実である。
「おっ、お、おお、お父様!」
父親が呼吸をしていないことを、どんなに認めたくなくても、どんなに信じたくなく意に添わなくても、これが自分の気持ちとは無関係に自分の目の前に訪れた真実であって虚実なのではない、と否応なしに受け入れざるを得ない状況なのだ。
「これは、きっとソシュアル国の不敬な輩たちの仕業ですわね」
父親が暗殺されてしまったのだと思ったショコレットは、今が自宅謹慎期間中であることも忘れて邸から出ようとする。
しかし、どこへ行くかは決めていない。
「いいえ、あの性悪女ですわ。ソシュアル国で出過ぎた真似をしたから!」
少し前に見たピクルスの得意顔が、脳裏から心に通じる導火線を焚きつけてしまい、それが短絡して一気に爆発したのだ。
「今この平和なウムラジアンの大衆は、概してヒーローやヒロインを求めたがる傾向にありますもの。その文学的価値はどうであれ、多種多様の思慮浅い頭に対するウケという要素がそもそも重要であって、どこかの国の重要人物を窮地から救い、国家間の紛議を未然に防いだ若い男女ともなれば、人々は歓び関心を寄せると。私とのお見合いは立ち消えとなって、ブタノピロシキ様はピクルスと結ばれるのね。ヒロインの悲劇。お父様が殺されてしまったこの瞬間、健気な令嬢ショコレットは暗闇に包まれました。ここからドラマが始まります。私は、苦しみと悲しみの先に見えるか見えないか際どい一縷の願いの火を求めます。ええそうよ、七転八起の冒険を経て、あの偽ヒロインにして極悪女のピクルスを倒し、ブタノピロシキ様と結ばれることで完結に至るのだわ。題名を『令嬢ショコレットの荊の断罪道』にしましょう。序章は『マルフィーユ家の悲劇』ね。うふふふ」
王立第一アカデミーで生徒たちには不評の「大衆文学論」という講義で、先日聴いた構成に沿って、自身に起こりつつある現実を恋愛ドラマに仕立て上げようと決めたのだ。
「二章の冒頭は旅立ち。ええ、もちろんですとも!」
だが、両の拳を握って歩き出そうとした時、なんと死体のはずのフラッペが立ち上がった。昨日クリーニングしたばかりの軍服には、芝やら砂やらがついてしまっている。
「そうだとも。旅立つが良いショコレット!」
「ええっ!!? お、おお、おおっ、お父様???」
「ピクルスちゃんのように、強く、前を見なさい。私のことは、もう永遠に死んだものとしてきっぱり忘れ去り、さあ進め、荊の断罪道へ!」
「はい、お父様!!」
ソシュアル国へ旅立つという意志は、たとえ父親の死が嘘だと判明したところで揺らぐことはない。そればかりか、ピクルスを引き合いに出された以上、もう引き下がることはできない。ショコレットは改めて一歩を踏み出す。
十七年目の少女が、殻を破って羽を拡げる蝉のように、新成人の身空として大気を感じる瞬間となった。ここから彼女は鳴かない蝉になり、涙を振り落として飛んで行くのである。
父親フラッペの涙は表面張力のみを頼りに留まり、それが故に見る見る遠ざかるショコレットの姿を、鮮明に記録させてはくれなかった。
愛する娘との別れは、早かれ遅かれ訪れると思っていたのだが、それにしてもこの胸の痛みは想像を超えている。まるで氷の矢が刺さって妙に熱い感覚が伝わってくるようだった。
フラッペの左胸に突き立った矢はフェイクだった。だからこそ、逆に痛みがじわじわと纏わりついてくる。
「マルフィーユ少将、身体の方は無事かい?」
サラッド‐ラデイシュが背後に立っている。
「はい、なんともありません」
「そうか。良かった」
ラデイシュがいつ近づいたのか、フラッペは百も承知だった。感慨に耽る時間に少々忙しかったため、不本意ながら無視していただけだ。
「この度はお手数をおかけしました」
「こちらこそだな。誘導矢の実用試験を兼ねていたのだから」
「そうでしたね。試験成功のようでなによりです」
「ありがとう。はははは」
屋根の上から矢を放った張本人は高らかと笑声を上げた。誘導矢というのは、もちろんサラッド電器で開発した玩具だ。
「しかし娘さんの方は、あれで良かったのだろうか?」
「はい。今までのショコレットに欠けていたことなのです。あの子には冒険と仲間が必要です。それに、ピクルスちゃんだけに危険な任務を負わせている現状が嫌になったのです。あいえ、むしろ私の方こそ、大きく欠けていました。私も最前線に行かなければならないのだと今朝は強く実感しましたよ」
「すると例の案件を?」
「はい。私も旅立ちます。今日これからすぐに!」
以前からフラッペには、ネパ国海軍で総督の仕事をやって貰えないかという依頼があった。今朝ソシュアル国へ向けてピクルスが飛び立つのを見送った直後、ネパ国で第二の人生街道へ踏み出すことを漸く決心したのである。
ラデイシュの協力で、唯一の気がかりであった娘ショコレットとの子離れを成し遂げたフラッペは、それなりにドラマチックだったと思った。
フラッペが芝に仰向けで横たわっていた。彼の左胸に立つ、細い白樺の空を向いている黒い羽根は、目に映したくもない灰色の現実である。
「おっ、お、おお、お父様!」
父親が呼吸をしていないことを、どんなに認めたくなくても、どんなに信じたくなく意に添わなくても、これが自分の気持ちとは無関係に自分の目の前に訪れた真実であって虚実なのではない、と否応なしに受け入れざるを得ない状況なのだ。
「これは、きっとソシュアル国の不敬な輩たちの仕業ですわね」
父親が暗殺されてしまったのだと思ったショコレットは、今が自宅謹慎期間中であることも忘れて邸から出ようとする。
しかし、どこへ行くかは決めていない。
「いいえ、あの性悪女ですわ。ソシュアル国で出過ぎた真似をしたから!」
少し前に見たピクルスの得意顔が、脳裏から心に通じる導火線を焚きつけてしまい、それが短絡して一気に爆発したのだ。
「今この平和なウムラジアンの大衆は、概してヒーローやヒロインを求めたがる傾向にありますもの。その文学的価値はどうであれ、多種多様の思慮浅い頭に対するウケという要素がそもそも重要であって、どこかの国の重要人物を窮地から救い、国家間の紛議を未然に防いだ若い男女ともなれば、人々は歓び関心を寄せると。私とのお見合いは立ち消えとなって、ブタノピロシキ様はピクルスと結ばれるのね。ヒロインの悲劇。お父様が殺されてしまったこの瞬間、健気な令嬢ショコレットは暗闇に包まれました。ここからドラマが始まります。私は、苦しみと悲しみの先に見えるか見えないか際どい一縷の願いの火を求めます。ええそうよ、七転八起の冒険を経て、あの偽ヒロインにして極悪女のピクルスを倒し、ブタノピロシキ様と結ばれることで完結に至るのだわ。題名を『令嬢ショコレットの荊の断罪道』にしましょう。序章は『マルフィーユ家の悲劇』ね。うふふふ」
王立第一アカデミーで生徒たちには不評の「大衆文学論」という講義で、先日聴いた構成に沿って、自身に起こりつつある現実を恋愛ドラマに仕立て上げようと決めたのだ。
「二章の冒頭は旅立ち。ええ、もちろんですとも!」
だが、両の拳を握って歩き出そうとした時、なんと死体のはずのフラッペが立ち上がった。昨日クリーニングしたばかりの軍服には、芝やら砂やらがついてしまっている。
「そうだとも。旅立つが良いショコレット!」
「ええっ!!? お、おお、おおっ、お父様???」
「ピクルスちゃんのように、強く、前を見なさい。私のことは、もう永遠に死んだものとしてきっぱり忘れ去り、さあ進め、荊の断罪道へ!」
「はい、お父様!!」
ソシュアル国へ旅立つという意志は、たとえ父親の死が嘘だと判明したところで揺らぐことはない。そればかりか、ピクルスを引き合いに出された以上、もう引き下がることはできない。ショコレットは改めて一歩を踏み出す。
十七年目の少女が、殻を破って羽を拡げる蝉のように、新成人の身空として大気を感じる瞬間となった。ここから彼女は鳴かない蝉になり、涙を振り落として飛んで行くのである。
父親フラッペの涙は表面張力のみを頼りに留まり、それが故に見る見る遠ざかるショコレットの姿を、鮮明に記録させてはくれなかった。
愛する娘との別れは、早かれ遅かれ訪れると思っていたのだが、それにしてもこの胸の痛みは想像を超えている。まるで氷の矢が刺さって妙に熱い感覚が伝わってくるようだった。
フラッペの左胸に突き立った矢はフェイクだった。だからこそ、逆に痛みがじわじわと纏わりついてくる。
「マルフィーユ少将、身体の方は無事かい?」
サラッド‐ラデイシュが背後に立っている。
「はい、なんともありません」
「そうか。良かった」
ラデイシュがいつ近づいたのか、フラッペは百も承知だった。感慨に耽る時間に少々忙しかったため、不本意ながら無視していただけだ。
「この度はお手数をおかけしました」
「こちらこそだな。誘導矢の実用試験を兼ねていたのだから」
「そうでしたね。試験成功のようでなによりです」
「ありがとう。はははは」
屋根の上から矢を放った張本人は高らかと笑声を上げた。誘導矢というのは、もちろんサラッド電器で開発した玩具だ。
「しかし娘さんの方は、あれで良かったのだろうか?」
「はい。今までのショコレットに欠けていたことなのです。あの子には冒険と仲間が必要です。それに、ピクルスちゃんだけに危険な任務を負わせている現状が嫌になったのです。あいえ、むしろ私の方こそ、大きく欠けていました。私も最前線に行かなければならないのだと今朝は強く実感しましたよ」
「すると例の案件を?」
「はい。私も旅立ちます。今日これからすぐに!」
以前からフラッペには、ネパ国海軍で総督の仕事をやって貰えないかという依頼があった。今朝ソシュアル国へ向けてピクルスが飛び立つのを見送った直後、ネパ国で第二の人生街道へ踏み出すことを漸く決心したのである。
ラデイシュの協力で、唯一の気がかりであった娘ショコレットとの子離れを成し遂げたフラッペは、それなりにドラマチックだったと思った。
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