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【第四幕】フランセ国第一王子の運命
ピクルスの夢とバスの現実
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夢の中でのことなのか、おぼろげな追憶なのか、どちらかを区別できない意識の波間に揺れて、特別な二つの言葉「ピクルス姫」と「ウムラジアン王家」とが繰り返して響く。
詳しくは聞かされていないものの、間違いなく知っている呼称。それがピクルスの夢であれ追憶であれ、そこに刺激を加えるスパイスのような言葉なのだ。
揺れる精神は、なんらかの目的を達成させるための「力への意志」を求めているのかもしれない。その意志を貫こうと、自らの手を動かして料理している。
赤く良く熟したトマト二個を選りすぐり、ざくざくと切り刻んで適量の水で煮込み、予めミンチ状にしてあった鶏の肉を加え、幾つかの香辛料と油脂により作られた辛いルウを溶かす。そこからは緩やかな弱火で煮込む。
やがてトロみがつけば、その中に、蒸した赤米・黒米・粟・稗・麦・大豆・黒豆を落として混ぜる。皿に平たく盛った白米にかけて完成となるのであるが、そこへ行き着くまでには、まだなにかが足りていないような気がするのだ。
塩の入ることがないまま、「ピリ辛味の鶏トマトシチュウ」は沸々と煮込まれ続けるのである。
そんな中、ジッゲンバーグによる説法が聞こえてくる。
『――――なのであります。その競争についてですけれど、それらが激化して猫も杓子も他者を蹴落としてでも成り上がろうとすることを、法は決して禁止していません。ですから、そこを調停するためには、やはり理性が必要となりましょう。そうでありますればこそ、この社会を構成している人間には、人間として正しい理性を備えることを目指すことが求められるのであります。そしてその正しい理性を備えることは、これすなわち精神を鍛えることから始まるものにございます。そのために使うアイテムの一つが文学であり、文学の目的の一つがそこにあります。お分かりでしょうか?』
『いいえ、さっぱり』
『はあ、左様にて……はあぁぁ~~』
ザラメの方はというと、夢など見ていなかった。大型犬用の牛ストロガノフに隠し味として使われたジフェンヒドラミン塩酸塩が効いているのか、それとも満腹によるものか、どちらとも判然としないが、現実でないことに相違がない。
――キュウルルゥ~~ω!
バスがカーブする際に発生する遠心力が、夢の中にいるピクルスを現実へと引っ張り戻すモーメントとして作用した。
「はっ!」
景色が回転している。道はハイウェイから降りるところである。しかも車体が壁にガタゴト・ドンガシぶつかりながらだ。
「ザラメ軍曹!」
静かに目を瞑っていたザラメが開眼した。
「わおん! おっ、おはようございます、ピクルス大佐!!」
「ザラメ軍曹、大変ですわよ♪」
バスの現実を知ったピクルスが嬉々として運転席を指差した。
ザラメは大きな頭をグイと持ち上げ、開眼したばかりの、それでいて確かな眼力を持って眺めた。そこは既にもぬけの殻になっている。ルーフウィンドウが開きっぱなしということから考えて、ドライバーとシェフは一言の断りもなしに自分たちだけで脱出したのだと判断できた。
「こっ、このバスは自動で運転されているのでしょうか?」
「いいえ、世界の惰性だけで、未だに走り続けているのですわ」
坂道による下方への重力と壁からの反作用とを受け、それで辛うじてぎこちなくカーブしながら走行しているのだ。
――ヅバビΖ・デズΣザゥ!
車体の片側面は、とっくに傷だらけであろう。そのような今の状況でなによりも幸いなのは、前後左右に別の車両がなかったことだ。
「すぐにバスを停止させなくては!」
「そうね。でも困ったことに、わたくしは車の運転免許を取得していません」
「無免許運転は、いけませんからねえ」
「そうだわ、ザラメ軍曹が運転なさい!」
「へっ自分が、でありますか!?」
ザラメは、開眼したはずの両の眼が点となるように感じる、と思った。それというのも「目が点になる」という表現を知っているから、そう思ってみたのだ。非常時に限って、下らないことが頭に浮かんだりするのである。
「さっ、早くなさい!」
「ラジャー!!!」
ザラメはピクルスの指示に従った。自分自身も運転免許を取得していないことに変わりはないので、頭から納得した訳ではない。とはいえ、ピクルスにはちゃんとした考えがあるのだ、と信じる心が勝った。
運転席に飛び乗ったザラメは、まずハンドルを咥えた。こういう場合に備えて、顎は強く鍛えてある。もちろん前脚も使ってハンドルをしっかり支える。
道は下り坂も終わり、そろそろ一般道路への進入地点が近い。さすがにそこには多数の車両が流れているはず。
「ブレーキペダルを踏みなさい!」
「ラジャー!」
ザラメは足元を急いて確認したうえで、右から二番目のペダルを右の後ろ脚で徐々に踏みつけた。同時に車体を緩やかに壁側へ寄せる。
――キュキュ・キュルルゥ~υυ
バスは止まった。タイヤを右いっぱいに回してある。
「ふうぅ~~」
ザラメはエンジンも止めて、すぐさま溜息をついた。
「ご苦労、ザラメ軍曹! 怪我はない?」
「あっつつ、ありません。ピクルス大佐も、ご無事でしょうか?」
「わたくしも平気ですわ♪」
「それはなによりです!!」
この時ザラメは、溜息をついている暇があるのなら、それよりも先にピクルスの身体の無事を第一に確認すべきだった、と深く反省した。そして、真っ先に怪我がないか心配してくれるピクルスに、これからもずっと忠実につき従って行かねばならないと決意するのだった。
詳しくは聞かされていないものの、間違いなく知っている呼称。それがピクルスの夢であれ追憶であれ、そこに刺激を加えるスパイスのような言葉なのだ。
揺れる精神は、なんらかの目的を達成させるための「力への意志」を求めているのかもしれない。その意志を貫こうと、自らの手を動かして料理している。
赤く良く熟したトマト二個を選りすぐり、ざくざくと切り刻んで適量の水で煮込み、予めミンチ状にしてあった鶏の肉を加え、幾つかの香辛料と油脂により作られた辛いルウを溶かす。そこからは緩やかな弱火で煮込む。
やがてトロみがつけば、その中に、蒸した赤米・黒米・粟・稗・麦・大豆・黒豆を落として混ぜる。皿に平たく盛った白米にかけて完成となるのであるが、そこへ行き着くまでには、まだなにかが足りていないような気がするのだ。
塩の入ることがないまま、「ピリ辛味の鶏トマトシチュウ」は沸々と煮込まれ続けるのである。
そんな中、ジッゲンバーグによる説法が聞こえてくる。
『――――なのであります。その競争についてですけれど、それらが激化して猫も杓子も他者を蹴落としてでも成り上がろうとすることを、法は決して禁止していません。ですから、そこを調停するためには、やはり理性が必要となりましょう。そうでありますればこそ、この社会を構成している人間には、人間として正しい理性を備えることを目指すことが求められるのであります。そしてその正しい理性を備えることは、これすなわち精神を鍛えることから始まるものにございます。そのために使うアイテムの一つが文学であり、文学の目的の一つがそこにあります。お分かりでしょうか?』
『いいえ、さっぱり』
『はあ、左様にて……はあぁぁ~~』
ザラメの方はというと、夢など見ていなかった。大型犬用の牛ストロガノフに隠し味として使われたジフェンヒドラミン塩酸塩が効いているのか、それとも満腹によるものか、どちらとも判然としないが、現実でないことに相違がない。
――キュウルルゥ~~ω!
バスがカーブする際に発生する遠心力が、夢の中にいるピクルスを現実へと引っ張り戻すモーメントとして作用した。
「はっ!」
景色が回転している。道はハイウェイから降りるところである。しかも車体が壁にガタゴト・ドンガシぶつかりながらだ。
「ザラメ軍曹!」
静かに目を瞑っていたザラメが開眼した。
「わおん! おっ、おはようございます、ピクルス大佐!!」
「ザラメ軍曹、大変ですわよ♪」
バスの現実を知ったピクルスが嬉々として運転席を指差した。
ザラメは大きな頭をグイと持ち上げ、開眼したばかりの、それでいて確かな眼力を持って眺めた。そこは既にもぬけの殻になっている。ルーフウィンドウが開きっぱなしということから考えて、ドライバーとシェフは一言の断りもなしに自分たちだけで脱出したのだと判断できた。
「こっ、このバスは自動で運転されているのでしょうか?」
「いいえ、世界の惰性だけで、未だに走り続けているのですわ」
坂道による下方への重力と壁からの反作用とを受け、それで辛うじてぎこちなくカーブしながら走行しているのだ。
――ヅバビΖ・デズΣザゥ!
車体の片側面は、とっくに傷だらけであろう。そのような今の状況でなによりも幸いなのは、前後左右に別の車両がなかったことだ。
「すぐにバスを停止させなくては!」
「そうね。でも困ったことに、わたくしは車の運転免許を取得していません」
「無免許運転は、いけませんからねえ」
「そうだわ、ザラメ軍曹が運転なさい!」
「へっ自分が、でありますか!?」
ザラメは、開眼したはずの両の眼が点となるように感じる、と思った。それというのも「目が点になる」という表現を知っているから、そう思ってみたのだ。非常時に限って、下らないことが頭に浮かんだりするのである。
「さっ、早くなさい!」
「ラジャー!!!」
ザラメはピクルスの指示に従った。自分自身も運転免許を取得していないことに変わりはないので、頭から納得した訳ではない。とはいえ、ピクルスにはちゃんとした考えがあるのだ、と信じる心が勝った。
運転席に飛び乗ったザラメは、まずハンドルを咥えた。こういう場合に備えて、顎は強く鍛えてある。もちろん前脚も使ってハンドルをしっかり支える。
道は下り坂も終わり、そろそろ一般道路への進入地点が近い。さすがにそこには多数の車両が流れているはず。
「ブレーキペダルを踏みなさい!」
「ラジャー!」
ザラメは足元を急いて確認したうえで、右から二番目のペダルを右の後ろ脚で徐々に踏みつけた。同時に車体を緩やかに壁側へ寄せる。
――キュキュ・キュルルゥ~υυ
バスは止まった。タイヤを右いっぱいに回してある。
「ふうぅ~~」
ザラメはエンジンも止めて、すぐさま溜息をついた。
「ご苦労、ザラメ軍曹! 怪我はない?」
「あっつつ、ありません。ピクルス大佐も、ご無事でしょうか?」
「わたくしも平気ですわ♪」
「それはなによりです!!」
この時ザラメは、溜息をついている暇があるのなら、それよりも先にピクルスの身体の無事を第一に確認すべきだった、と深く反省した。そして、真っ先に怪我がないか心配してくれるピクルスに、これからもずっと忠実につき従って行かねばならないと決意するのだった。
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