キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですわよ!

紅灯空呼

文字の大きさ
83 / 121
【第十幕】RPGのエンディング

グラハム‐チョリソール五十年の恋

しおりを挟む
 電話回線を隔てた会話でも笑顔を絶やさないが、口元は歪みそうになった。ただそれでも、この場に人がいて見ていたとしても、恐らく読み取れないくらいに微かな変化だった。
 彼はこの商売のプロフェッショナルだけあって、口調に至っては一切の乱れを生じさせていない。

『後ほど暗号通信を送る』
「へえへえ、そらもう承知してまっさ。ほんなら早速」
『頼んだ』
「毎度おおきにっ!」

 老男性グラハム‐チョリソールは頭を下げ、相手の切断を確認してから受話器を置き、すぐさま階段を駆ける。若い頃に較べると、腱の強靭さが落ちていることは仕方ないとしても、まだまだ現役を通せる。

 屋上のポートには、配達用ヘリコプターのPICKLEピックルが、日輪の光を浴びて待っている。メンテナンスは毎日欠かされることはなく、砂粒の一つすらも付着させていない。
 五十年前、朱書きラベル「割れもの・危険物」を貼り、機体内の金庫に保管しておいた深緑色の小瓶――ポセイドンから預かっていた「輪廻転生の精n」を届ける時がいよいよ訪れたのである。

 Ω Ω Ω

 静寂という状態さえも冷気で凍てつくような、マイナス250℃の世界。
 無敵・無敗のヒロインだったピクルスが、囚われの身となっている。

 〉レバニイラ様
 》なんだ?

 RT通信アプリを介して対話を始めたのは5thステージ「ビタミンD」の番人(ボス)を務めている牛千で、通信相手は、ヒスを起こすと手をつけられないことで世界中の番人たちから恐れられている超魔王レバニイラだ。

 〉5thステージ敗退者君に対する処罰が決定しました
 》名前は?
 〉お忘れでしょうか,牛千です.かつてレバニイラ様と
 》お前の名前ではない.敗退者のだ!
 〉失っ弄しました,キュウカンバ‐ピクルスです
 》こらこら、慌てずゆっくり正しくタイプしろ!
 〉あっ,失礼しました(笑)
 》イラっ#
 〉ギョいぃ
 》閑話休題.それで,刑の種類は?
 〉粉砕刑,という死刑です
 》分かった.明日,執行人を遣わそう
 〉御意
 》.$DONE

 報告を終えた牛千は、赤ペンを握って別の内職を始める。送られてくる答案は下手くそな字のものが多いので、とても疲れるそうだ。
 彼は自営業のため、次の挑戦者が現れなければ高報酬の仕事を得られない。今回にしても、ヒロインとの戦闘には至らなかったため収入額が少ない。
 セロリ城のローンが、まだ二百二十五年間も残こっていて、しかも身を削り製造して売っている餃子もさほど売れず、心中穏やかでない。
 ここへ、そういった彼の心の隙を狙い、謎の戦士が潜入して、煌めくハート型の氷塊に末期の水を一滴垂らし、音も風も熱も発せず去った。これには、側近たちも気づかなかった。

 Ω Ω Ω

 レバニイラは、RT通信アプリを終了させて、複写通信アプリを立ち上げる。

 》.$DONE
 》.$START=FACS

 慣れたキーボード捌きで、事務的に淡々と文書を打つ。

 》.$SENDTO=天帝ラアユー様
 》.$SUBJECT=死刑執行の件{至急}
 》.$CONTENTS=
 》罪人キュウカンバ‐ピクルスは死刑です
 》つきましては,死刑執行人を派遣願います
 》{住所地}
 》オニク‐オトト‐ナシゴレン10010系
 》ニクコロ星 ウムラジアン大陸 セロリ城
 》*以上.**************
 》*{ゲーム運営部第四課長レバニイラ}
 》.$SEND

 超魔王といえども、現実世界では一介の万年課長なのだ。地方公務員である彼女は、基本的に定時で退社している。
 今日もこれで勤務を終え、寄り道せず通勤電車で真っすぐ帰宅する。家族も恋人もいない。

 翌日の正午、死刑執行人が予定通りセロリ城の第一チルド室に現れ、プラチナ製ハンマーでハート型の氷塊を打った。ピクルスの凍てつく心のレプリカが粉砕されたのだ。
 ゲームの敗退者君などを弔う者は一人もいなかった。

 》.$TITLE=ピクルス@奪われた聖剣を取り戻せ!
 》.$GAMEOVER=【FREEZE END】
 》.$ROUTE=謎の戦士G.C.

 Ω Ω Ω

 ポセイドンは今日も配達を依頼した。
 これで最後となるグラハム便は、「天地無用・高貴・特急便」の扱いだった。運ばれるのは他でもなく、半世紀もの長い眠りから覚めた乙女の魂である。
 操縦席の隣席に置かれている古びた雑誌が気になって、心が騒がしい。

「週刊少年プディング?」
「ああこれな、密かに心を寄せてた人が、買ってくれましてなあ。若い頃や。今はもう、お守りみたいなもんでんなあ」

 最初はフェイクのつもりだったが、今の彼の口調は、この五十年間ですっかり定着してしまった。

「そう……それで、そのお方は?」
「せやなあ、ずうっと若うて元気で、別嬪さん……やろなあ、あははは」

 さも嬉しげに笑うものの、どことなく寂しそうな陰影が見て取れる。
 乙女の魂は、これ以上を尋ねなかった。彼も穏やかな表情に戻り、黙って熟練の操縦を続けている。二人には、快晴の空とプロペラの旋律が心地良い。



【第二部閉幕】
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

無能烙印押された貧乏準男爵家三男は、『握手スキル』で成り上がる!~外れスキル?握手スキルこそ、最強のスキルなんです!

飼猫タマ
ファンタジー
貧乏準男爵家の三男トト・カスタネット(妾の子)は、13歳の誕生日に貴族では有り得ない『握手』スキルという、握手すると人の名前が解るだけの、全く使えないスキルを女神様から授かる。 貴族は、攻撃的なスキルを授かるものという頭が固い厳格な父親からは、それ以来、実の息子とは扱われず、自分の本当の母親ではない本妻からは、嫌がらせの井戸掘りばかりさせられる毎日。 だが、しかし、『握手』スキルには、有り得ない秘密があったのだ。 なんと、ただ、人と握手するだけで、付随スキルが無限にゲットできちゃう。 その付随スキルにより、今までトト・カスタネットの事を、無能と見下してた奴らを無意識下にザマーしまくる痛快物語。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。 王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。 だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。 行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。 冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。 無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――! 王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。 これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜

加瀬 一葉
ファンタジー
 王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。  実は彼は、失われたはずの古代魔法を操る一族の末裔。魔族の脅威が増す時代に、ラフィトは人類を救うことができるのか?  過去と現在が交錯する、魔法ファンタジー。

最弱弓術士、全距離支配で最強へ

Y.
ファンタジー
「弓術士? ああ、あの器用貧乏な最弱職のことか」 剣と魔法が全てを決める世界において、弓は「射程は魔法に及ばず、威力は剣に劣る」不遇の武器と蔑まれていた。 若き冒険者リアンは、亡き叔父から譲り受けた一振りの弓「ストーム・ウィスパー」を手に、冒険者の門を叩く。周囲の嘲笑を余所に、彼が秘めていたのは、世界をナノ単位で解析する「化け物じみた集中力」だった。 リアンの放つ一矢は、もはや単なる遠距離攻撃ではない。 風を読み、空間を計算し、敵の急所をミリ単位で射抜く精密射撃。 弓本体に仕込まれたブレードを操り、剣士を圧倒する近接弓術。 そして、魔力の波長を読み取り、呪文そのものを撃ち落とす対魔法技術。 「近距離、中距離、遠距離……俺の射程に逃げ場はない」 孤独な修行の末に辿り着いた「全距離対応型弓術」は、次第に王道パーティやエリート冒険者たちの常識を塗り替えていく。 しかし、その弓には叔父が命を懸けて守り抜いた**「世界の理(ことわり)」を揺るがす秘密**が隠されていた――。 最弱と笑われた少年が、一張の弓で最強へと駆け上がる、至高の異世界アクションファンタジー、開幕!

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~

あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。 彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。 剣も魔法も得意ではない主人公は、 最強のメイドたちに守られながら生きている。 だが彼自身は、 「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。 自分にできることは何か。 この世界で、どう生きていくべきか。 最強の力を持つ者たちと、 何者でもない一人の青年。 その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。 本作は、 圧倒的な安心感のある日常パートと、 必要なときには本格的に描かれる戦い、 そして「守られる側の成長」を軸にした 完結済み長編ファンタジーです。 シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。 最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。

処理中です...