キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですわよ!

紅灯空呼

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【第十一幕】烏賊令嬢のお涙頂戴物語

少女三人の戦い『カペリイニ争奪戦』

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 トンジル国のほとんどの学校では、明日から二学期が始まる。
 緋紅瑠素ひくるすは夏休みの宿題などやっていない。そもそも彼女には出されない。
 私立ミネルバ学園は、創立三年の新しい学校で、一芸に秀でた生徒を積極的に優遇している。天才物理学者・黄瓜きうり二夜紋ふたやもんの孫で、本人も既に天才工学者である緋紅瑠素に至っては、寛大過ぎる待遇だ。
 彼女が校舎の窓ガラスを割った時は「剛体の強度について新たな理論を発見したに違いない」と褒められ、自分から買って出た飼育係の仕事をさぼり、ウサギ十匹が全て餓死した時は「生命工学の新たなテーマを見出したみたいだ」と持てはやされた。すなわち、大きな犯罪事件や事故にならない範囲でなら、なにをやろうとも全てが笑って賞賛されるのだ。
 そんな緋紅瑠素の前に、ピクルスが毅然と立っている。

「カペリイニ君はもちろん大歓迎なんだけど、どうしてピクルスさんまで、あたしと同じ学校なのよ?」
「わたくし、是非ともカペリイニ様とご一緒したく、そのように決めましたの。それが、なにか?」
「だって、十七歳なんでしょ!」
「シュアー!」
「だったら、あいちゃんと同じ神聖サフラワー女学院高校でいいでしょ!」
「リフューズ」
「むぅ~~」

 今朝も持論を謳い合う近接戦に発展する。
 エアコンは、ほど良い具合に効いた二十六℃のリビングルームだが、火の花が散るかのように、外よりも熱い空気だ。

「まあまあ二人とも、少し落ち着こうよ」

 少女たちの間に立つのは、ミネストロウネ‐カペリイニという少年。

「うん♪」
「ラジャー!」

 このように緋紅瑠素とピクルスは、カペリイニの意見に対しては従順である。

「朝食できましたよ~、カペリイニさぁん♪」

 第三の少女が登場した。さらなる一悶着は避けられない。

「あ、いつもいつも済みません、藍李酢あいりすさん」
「カペリイニさんのために、私一所懸命作りましたの~」
「ありがとう、それ以上もう感謝の言葉がありません」
「いえいえ大したこと、ありませんわぁ。さあダイニングへ~」

 すかさず身体をすり寄せて、カペリイニの腕に抱きつく藍李酢だ。
 スタイルの良さ、料理の美味しさ、育ちの良さ、常識の備え度合い、総合的な女子力としては少女三人の中でトップ間違いなし。豊かな胸と色気を武器にして、性格はおっとりタイプでありながら、意外と実力行使派なのだ。
 不意打ちで後手に回されてしまった二少女も、黙ってはいない。

「ちょっと藍ちゃん、そんなにくっつかないでよ! カペリイニ君が迷惑がってるわよ」
「藍李酢さん、乱暴ですわ。カペリイニ様のお身体を解放なさい!」
「二人だけで旅行しようよ。緋紅瑠素二号機で、過去にでも未来にでも!」

 緋紅瑠素が、カペリイニへの先制アプローチを仕かけているのだ。
 これにはピクルスも、ただ指を咥えて見るような弾ではない。手八挺口八挺という語句は、いわんや、彼女のためだけにあるといえよう。

「わたくしとともにブルーカルパッチョに乗り、大空のランデブーいかが? 操縦の仕方教えますわよ!」

 さらには、普段から慎ましくおっとりしたタイプの藍李酢であろうとも、立てばカンラン座ればベニバラ歩く姿はハイビスカスのカペリイニに関しては、つとに奥手のままいられる少女ではなかった。

「お食事をして、お湯浴みをして、それから、青空の下ハンモックの上、お昼寝をしませんこと、ふつつか者ながらぁ、この私と一緒に~」
「えっと、あのう……」
「ねえねえ、カペリイニ君、どうなの?」
「カペリイニ様、わたくしとランデブーですわね?」
「カペリイニさんは、お食事とお昼寝ですわ~」
「だから、あの……そんな一斉に違うことに誘われても…………」
「そうよね、だからピクルスさんと藍ちゃん、あっち行ってよね!」
「緋紅瑠素さんたちこそ、姉妹仲良くお散歩でも、されませんこと?」
「ピクルスさんとお姉様~、折角ですし、映画でも観てらしたらぁ」
「藍ちゃんは黙っててよ!」
「お姉様、ひどい~。ねえピクルスさん、そうお思いになりません?」
「シュアー! ここは仲直りして、藍李酢さんと二人の水入らずで、烏賊天うどんをお食べに行かれるのが、きっとよろしくってよ。おほほほ」

 三つ巴の邪魔者排除合戦は、これからしばらく続き、結末は揃って街へと繰り出すことになった。
 四人でブラリブラリと歩くうちに、気づけば昼食どきであった。
 決して空腹そうにも貪欲そうにも見えないカペリイニが、「うどんがメッチャ食べたい気分やねん!」と叫ぶので、三少女は異議なく手放しで賛同した。
 そのまま十数メートル直進して、駅前のうどん屋「ナメトコ」に入店することに帰結した。

「わたくしは、狐うどんですわ」
「あたし、烏賊天うどん!」
「私も、烏賊天うどんを~」
「えっと、ボクは狸うどんにするよ」

 注文の品は滞りなく決まった。後は待つだけ。一時休戦でもある。
 四人は世間話で盛り上がり、その段落タイミングを見計らったかのように店員がやってきた。

「お待たせしました。烏賊天うどんがお二つ、狐うどんと狸うどんがお一つずつ、以上ですね?」
「シュアー!」

 代表して返答するピクルス。それに黙ってうなずく姉妹の笑顔。
 カペリイニは無表情のまま、懐から銀のマイ・フォークを取り出す。
 うどんを食べつつ、そして終えてからも、四人は店内の銀幕を見ていた。反戦をテーマにしたアニメーション映画なのだが、爆撃シーンが多かった。
 眩し過ぎる砂漠の閃光は、四人のうちの三人の目に痛かった。
 一人、ピクルスだけは違っていた。

「えっピクルスさん!」
「キミまさか……??」
「あら~」
「どうか、なさいまして?」

 胴も甲もなかった。烏賊だった。
 店の責任者が駆けてきた。おおよそ、「ここはペット持ち込み禁止です」という叱責があるものと全員思ったが、以外な言葉は、意外に浴びせられるものである。

「是非、うちのマスコット・キャラクターとして、三か月間だけ時給二万ジルでお願いします。お引受頂けますでしょうか?」
「シュアー!」

 単に「願ったり叶ったり」、もしくは「棚から牡丹餅」とは、このことだ。
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