キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですわよ!

紅灯空呼

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【第十二幕】青春恋愛シミュレーションゲーム

少年一人と少女三人&ピクルスの話

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 少しして西風から内線で連絡が入った。どうやら少女の方の脳波に異常が見られるとのこと。それで、黄瓜博士が検査室へ様子を見に行くこととなった。

「ワッフルを食べ終わってからでいいから、緋紅りんも後からきてくれ」
「うん!」

 黄瓜博士は研究室から出て行った。
 それからしばらく、姉妹はワッフルとモンキーバナナパンチティーを楽しんだ。他愛のない会話でいるうちに、三十分くらいが過ぎ去っている。

「スペシャルワッフル! 最高だったぁ、藍ちゃん、ごちそぉさま!」
「どう致しまして、お姉様に喜んで貰い、わたくしも嬉しいですわ」
「あ、そうそう、あたしそろそろ西風さんとこ行くね」
「行ってらっしゃ~い」

 手を振ってくれる妹に見送られて、緋紅瑠素は検査室へ向かった。
 処置台の上で静かに呼吸しながら眠り続けている烏賊を見つめながら、緋紅瑠素が西風に訴えかける。

「彼女、助からないの?」
「現代の医学では無理ね」

 実直な性格の西風は、誰に対しても正直に話す。それは相手が緋紅瑠素であっても同じこと。

「つまり、助からないってことなのね」
「この時代では、そういうこと」
「そう……」

 緋紅瑠素は肩を落とした。
 悲しそうな表情をしている孫娘に、どんな言葉をかけてやれば良いものか、先ほどから黄瓜博士は、その天才と呼ばれている頭脳で考えていた。けれど、この難問は、物理学では解決できない人の機微。
 博士は悩みながらも言葉を発する。

「この時代で無理でも、未来ならどうなのだ?」
「未来?」

 緋紅瑠素が顔を上げて祖父に問い返した。しかし黄瓜博士は、すぐには続ける言葉を見つけられず、ただ小さく一つため息をつくだけだった。
 そんな博士に代わって西風が応える。

「二百年後でも無理なのかと。それで彼女は――」

 この時、緋紅瑠素が西風の言葉を遮る。

「それじゃあ、もっと未来なら、どうかしら?」
「そうだな。その線で検討してみるか」
「そうですね」

 三人は、ある一つの合意に達した。
 そして、研究所は夜を迎える。
 緋紅瑠素によって連れてこられた、百年後の少年と二百年後の少女は別の検査室で今も眠っている。西風からの説明によると、二人とも明日の午後には覚醒するだろうとのこと。
 緋紅瑠素の十九歳を祝うパーティーが始まっている。西風から手渡されたプレゼントは『烏賊令嬢、世界を救う(エピソード1)』というアニメのブルーレイ初回限定生産版だった。初回限定特典として「特大烏賊天うどん定食」の無料お食事券が二枚封入されている。

「あこれ、駅前の洋菓子店の斜め向かいにあるうどん屋さんで使えるよ。ねえ藍ちゃん、今度一緒に食べに行こうよ」
「はい、お姉様、楽しみですわ」

 そのうどん屋というのは全国的に展開しているチェーン店である。今回のブルーレイ発売を記念して、来月から三か月間だけ「特大烏賊天うどん定食」がメニューに加わる。
 通常より二倍も大きい特大烏賊天が二個載る特別なうどん――それによって、二百年後から連れてきてしまった少女の運命が大きく変わる。そうなることを、もちろん知らない今の緋紅瑠素は、特大烏賊天を楽しみにして九月一日を待つのである。

 Ω Ω Ω

 丸一日近く眠っていた少年と少女が目覚め、リビングルームに通されている。
 緋紅瑠素と藍李酢を前にして、まず二人が簡単に名乗った。
 それに続いて、少年が自己紹介をすることになる。三人の少女からまじまじと眺められているのだが、彼に臆する様子は見られない。

「ボクの名は、ミネストロウネ‐カペリイニ。出身はアルデンテ王国だ。訳あってこのトンジル国の今から百年後にいて、窮地に立っていたところを、緋紅瑠素さんが救ってくれた。それについては、とても感謝している。サンキュー・ベリー・マッチ! あははは!」

 カペリイニは、少女たちの視線をものともせず、最後まで一気に語り終え、ゆっくりとソファーに着席した。
 緋紅瑠素にとっては、その機微の尺度にそよ風を選択したとしても、半分に満たない程度ではあるが、「ちょっと格好いいかも」と思える自己紹介だった。
 次は少女の番だ。

「わたくしは、キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですわよ! わたくしも訳あってこのトンジル国の今から二百年後にいて、建物の屋上から飛んだあとに気絶したところを、緋紅瑠素さんが救って下さいました。それについては、とても感謝しておりますわ。モロキュー・ブルーベリー・ジャム! おほほほ!」

 少女の言葉は、夏の森に漂う風と熱のようだった。
 それをまともに受け、カペリイニは柔らかな緑色をした瞳で見つめ続けている。
 そして少女の長い話が始まった。ある日突然烏賊の姿になってしまった不運についてだ。

「――そうして、わたくしはお医者に診て貰うこととなりました。その診断結果は残酷なものでした。どうやら、わたくしの身体に起きている病は、突発性烏賊着ぐるみ症と呼ばれます、稀に見る不治の難病らしいとのことでしたの。わたくし、目の前の景色が真っ黒に見えましてよ。それは、まるで空気が烏賊の墨のようなあり様でしたわ。おほほほ。ですが、そのような悲劇のヒロイン然として、ふさいでいたところで、しようがありませんもの。わたくしは、烏賊墨的な気分を一掃するために、いつも愛用しています飛行機のブルーカルパッチョに乗って、たった一人で海へ向かって飛ぶことにしたのです。ええ、そうしましたの」

 少女は話すのをいったん止めた。
 手元に置かれているマイセンカキエモン磁器茶碗を持ち上げて、中ほどまで透けている紅色をゆるりと口に含ませる。
 両のささやかな鼻孔から抜け広がる芳香を迎えつつ多方的かつ多角的に、その豊かな熱と味が喉の奥へも伝導する快悦を懐かしく感じみた。夏摘みモンキーバナナパンチと藍李酢とが織りなしたコラボレーションが産む心・骨・身の結晶である、のだがそれはU大陸W国の伯爵家令嬢ピクルスの気品溢れる仕草であればこそ、絵になる蝶のプシュケーが地に咲けて、詩に咲く花のエロスが宙を舞える――この哲学を無自覚的に感じながら、緋紅瑠素と藍李酢は黙って眺めている。
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