キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですわよ!

紅灯空呼

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【第十三幕】四級女官は王宮を守れるか?

第二十八番奥義ウィーズル・ウィズ・シクル

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 敷地南東の角に図書館がある。王宮内の者は誰であれ、利用者登録をすれば自由に出入りできる。書籍を借り出すことは不可であるが、調査研究や情報収集から、趣味の読書やら居眠りやらに至るまで、多くの者が重宝にしている施設なのだ。
 ここでピクルスが見つけ出したのが、『刀の技芸・全二十八奥義』という指南書で、図解つきで詳しく紹介されている奥義はどれを選んでも、もし修得できれば刀使いの達人といえそうな見事な技芸ばかりである。

(あ、これですわ!)

 中でも、目を一番に惹きつけたのは、著者グモアクシスが太鼓判を押している第二十八番奥義「ウィーズル・ウィズ・シクル」だった。
 それほどまでに高度な技芸でありながら、型自体は至って単純である。手の平で手刀を形作り、それを胸元ぎりぎりのところから、地面に対して水平に孤を描くようにスイングする。ただそれだけなのだ。
 一見して誰にでもできそうな型ではあるが、奥義としての効力を発揮させるのは極めて難しい。スイングの際に、近傍の空気圧を急変化させる必要がある。つまりは、局所的に真空を発生させなければならないのだ。しかも、作った真空を目標物に向かって正確に走らせる制御が欠かせない。これは、下手をすると、自身に直撃してしまって、衣装でも肌でもスパリと斬られてしまう危険が伴う。
 少なくとも、胸元ぎりぎりに手刀を構えるのは、ピクルスにとって非常に有利な型といえようが、果たして、この最高奥義を修得できるのか。

「これを今日中に完全マスターしますわ。ええ、そうしますとも!」

 紙上入門者は、もう一歩も引けないまでの覚悟を決め込んでいる。
 実際、解説されているウィーズル・ウィズ・シクルの作法αからωまで全てを、すっかり頭に植え込んだ。
 指南書を元の棚に戻して図書館から出ると、鐘が一つ鳴った。九時だ。
 さても覇気湧かせるや、決起勇ましく駆けて「聖なる泉」に辿り着き、その水前に立つピクルス。むろん気迫は重重、自らに「稽古あるのみですわ!」と号令をぶつけ、いざ手刀スイングを始めたのだ。

 泉の澄んだ水面が鏡の如く姿を映すので、型の具合を自身で確認できる。振り出し上々、指南書通りにまずまずの手刀振りが見受けられている。
 ところがどうして、書籍に説明されている理想通りの型で五百回を繰り返し、さらに続けて千回に達しようとも、今のところ真空の発生する様子がいささかも表れていない。

「思ったよりも、格段に難しい奥義ですわねえ。ふぅ~」

 疲れもあって、少々弱気が頭をもたげそうになっている。ここは小休憩を挟んだ後、改めてやる気を取り戻すのが良い。技芸であれ奥義であれ、あるいは他のなにをかなす段に向かっては、焦り急く気持ちというのが大きな障害になってしまう。
 精神を、静かな泉の水面に同調させるべく、ゆるりと深呼吸する。明鏡止水の心構えで、邪念を追い払うのだ。
 だがこの時、その水面の方が揺れているではないか。
 たちまち揺れが渦に変わり、左右に割れた。小動物が顔を出したのだ。

「グッモ・モォグラァであろうや!」
「はっ!?」

 出たのは、水とほとんど同じ色、髭まで水色の水土竜ミズモグラだ。

「驚かせてしまったであろうや?」
「シュアー」
「それは悪かった故、謹んでお詫びしようや」

 水面から上半身だけ出している土竜が、その姿勢のままペコリと頭を下げた。

「どうぞお気になさらず」
「うむや。若者は、先ほどから熱心に稽古しておるようであろうや?」
「わたくしはピクルス大佐ですわ。今日は、ライブラリーでグモアクシス先生のご著書を拝読させて頂き、第二十八番奥義のウィーズル・ウィズ・シクルを稽古しておりましたところですの」
「拙僧こそ、そのグモアクシスであろうや。この泉の番人を務めながら、執筆活動も続けておるやいなや。ロングセラー『刀の技芸・全二十八奥義』を読んでくれたとは、実にありがたいことにあるや、あるやあるや。はたまた、そのうえで叶うのやならや、街の書店で一冊でも購入して下されるようであれば、より一層嬉しいであろうや」

 ピクルスは耳を疑った。
 だが、奇奇とは、まさに小説を越えるもの。目の前に現れた水土竜の老人が、修得しようと努力している型の師匠だったのだ。

「シュアー! 是非とも購入しますわ。わたくし、先生の刀の技芸を、全てマスターしたく思いましてよ」
「精進するとよかろうや」
「ラジャー! まずは夕刻までに、どうしてもウィーズルを会得したいので、こうして稽古に励んでおります……のですが、なかなかどうして、真空がうまく発生しそうにありません」
「ならば拙僧が、ちいっとばかし手本を見せて、差し上げようや」

 グモアクシスは、水中から完全に抜け出て、ピクルスの近くにきた。
 さも全身がずぶ濡れになっていると思いきや、ただの一滴すら、水色の毛に水は付着していなかった。まさに達人といえよう。
 ピクルスは、師匠の一挙手を見逃さないよう、全霊をその小さな腕一本だけに集中させた。
 短い呼吸一つの後、小さな手刀が胸へ行き、「グモ!」と発するやいなや、空を切るスイングで旋風が起きた。到底目には見えない真空弾が飛び、近くに立つ木に咲く白い花を撃った。
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