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五章「キノコもの申す」
23. 山林茸子の話(後編)
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取材が進むうちに、なぜか放送業界の話になった。
「民間放送のワイドショー、災害とかで多く人が死んだら大々的に流すでしょ。何人死んだとか、なぜ被害を止められなかったのかなんてのを」
「ふむ」
「でも車にひき殺される人が毎日どれだけいるのか、知っているんでしょ。まあ確かに年々減ってきてはいるみたいですけどね」
「そうであろうな」
実はアタシ、両親を二人とも交通事故で亡くしたの。
「でも仕方ないですよね。そんな日常茶飯事なんかにニュース性ないもの。視聴率とれないもの。自動車メーカーとか敵にまわしたくないもの」
「ふむ」
「公共放送は、ちゃんと流してるほうですよ。でも暗い番組だけじゃダメだもの。ほかの明るいニュースとか、政治・経済関連とか、国際情勢とか、娯楽番組とか、教養番組とか、体操とか、生活百科とか、災害情報とか、バランスよく組まないといけないもの。それはアタシだってわかってます。アニメとか好きだったし」
「そうか」
「受信料ちゃんと払う価値はありますよ。あのアニメとかドラマとか。でもその価値判断は、あくまで個人的な基準ですけど」
「ふむ」
さっきからアタシばっかしゃべってて疲れちゃった。先生は「ふむ」とか「そうか」とかくらいしかいってくれないし。
「先生、ちゃんと聞いてます?」
「聞いておるとも。それで、キノコちゃんは公共放送を誉めておる様だが、一体何処の国の話だ?」
「さあ、どこの国でしょうね」
先生、アタシの話ちゃんと聞いてたんだ。ちょっと意外だわ。
「こんばんわー。キノコおねいちゃ~ん」
ナラオちゃんがきた。この子は、アタシの一番上の姉・ワラビお姉ちゃんの一人娘なの。つまりアタシの姪っ子。ポニーテールが可愛く似合う中学二年生。髪がサラサラで羨ましいのよね。
「おおナラオちゃん、今晩は」
「あっ落花傘先生、こんばんわ」
「どしたの? ナラオちゃん」
「あのね、数学の宿題がわかんなくて。それでキノコおねいちゃんに教えてもらいたくって」
「そう。じゃあちょっと見せて」
「うん、これなんだけど」
ナラオちゃんがアタシにノートを開いて見せてきた。落花傘先生もそれを横から眺めている。
【問題】体育の先生が、地面に置いてある三本のロープを指さして、A君・B君・C君の三人に、「あとで職員室に、このロープを一人二本ずつ持ってきなさい」と言いました。さてどうすればいいのでしょう。A君になったつもりで答えなさい。
「何だ簡単だ。ロープを半分ずつに切って六本にすれば好い」
「切ったりしたらダメでしょ」
「うん。ぼくもそう思う」
「では、体育用具置き場からあと三本持ってくれば好い」
「はあ?」
「体育用具置き場はかんけいないよお」
「ふ~む」
落花傘先生が唸っている。実はアタシ答え知ってるの。そろそろいっちゃおうかなあ。
「アタシが――」
「おお、判った判った」
あ、先生わかっちゃった?
「えっなになに?」
「無理難題を吹っ掛けるなと云いながら木刀で体育の先生を殴れば好い」
「あのねえ……」
「だめだよぉ校内暴力は!」
あーやっぱりわかってなかったか。それじゃ今度こそアタシの番ね。
「アタシが答えるわ。まず一本の両端をB君とC君それぞれの片方の手に持たせるの。そして残り二本の端を自分で両手に一本ずつ持って、それらの反対の端をB君とC君のもう一方の手に持ってもらって、そのまま職員室へ行けばいいのよ」
「ふむ。成程なあ。流石はキノコちゃん」
「わあほんとだ一人二本ずつもってる。キノコおねいちゃんって頭いいんだぁ」
「えへへぇ」
まあ知ってただけだから。
「おい何やってんだ」
「げ、クリオおじさん」
「今晩は。クリオ君」
「あっ落花傘先生まで。こんばんは。珍しいですね、こんな所で」
「ふむ」
こんな所で悪かったわね。でもウザいのがきたものだわ。アタシせっかくいい気分だったのに。
「キノコおねいちゃんに数学を教えてもらってただけだよ」
「数学?」
お兄ちゃんがノートを覗き込んでくる。シャンプーのニオイが……うん、やっとお風呂入ったのね。
「お兄ちゃんには無理よ」
なにしろ二十七歳にもなってぶらぶらしてるだけなんだもの。
「こんなの簡単だよ」
「クリオ君判ったのか?」
「えっ、ほんと?」
ふん、どうせ落花傘先生と似たり寄ったりの答えでしょうよ。
「うん。まず一本使って、背中合わせにしたB君・C君の両足首を固く縛ってから蹴り倒す。そして残った二本を持って一人で職員室へ行けばいいんだよ」
「そうか、その手があったか!」
「ええぇー、なんでなんでぇ?」
「…………」
お兄ちゃん、ダメでしょそれ。
「今のこんな世の中だと、他人を蹴り倒してでも先へ進まないとやっていけないんだよ」
ニートのあんたが、それをいうなっつーの!
でも……それもまあ一理あるかも。体育の先生が求めているものを共同意識とみなすか競争意識とみなすかの違いね。学校教育的には絶対前者なんだろうけど。
数学の先生はどうなんだろう? 抽象化能力だとか対称性を見つける発想力だとか、きっとそういうのを求めてるんでしょうねえ。なんだか現代の子供もいろいろ大変なのね。
「民間放送のワイドショー、災害とかで多く人が死んだら大々的に流すでしょ。何人死んだとか、なぜ被害を止められなかったのかなんてのを」
「ふむ」
「でも車にひき殺される人が毎日どれだけいるのか、知っているんでしょ。まあ確かに年々減ってきてはいるみたいですけどね」
「そうであろうな」
実はアタシ、両親を二人とも交通事故で亡くしたの。
「でも仕方ないですよね。そんな日常茶飯事なんかにニュース性ないもの。視聴率とれないもの。自動車メーカーとか敵にまわしたくないもの」
「ふむ」
「公共放送は、ちゃんと流してるほうですよ。でも暗い番組だけじゃダメだもの。ほかの明るいニュースとか、政治・経済関連とか、国際情勢とか、娯楽番組とか、教養番組とか、体操とか、生活百科とか、災害情報とか、バランスよく組まないといけないもの。それはアタシだってわかってます。アニメとか好きだったし」
「そうか」
「受信料ちゃんと払う価値はありますよ。あのアニメとかドラマとか。でもその価値判断は、あくまで個人的な基準ですけど」
「ふむ」
さっきからアタシばっかしゃべってて疲れちゃった。先生は「ふむ」とか「そうか」とかくらいしかいってくれないし。
「先生、ちゃんと聞いてます?」
「聞いておるとも。それで、キノコちゃんは公共放送を誉めておる様だが、一体何処の国の話だ?」
「さあ、どこの国でしょうね」
先生、アタシの話ちゃんと聞いてたんだ。ちょっと意外だわ。
「こんばんわー。キノコおねいちゃ~ん」
ナラオちゃんがきた。この子は、アタシの一番上の姉・ワラビお姉ちゃんの一人娘なの。つまりアタシの姪っ子。ポニーテールが可愛く似合う中学二年生。髪がサラサラで羨ましいのよね。
「おおナラオちゃん、今晩は」
「あっ落花傘先生、こんばんわ」
「どしたの? ナラオちゃん」
「あのね、数学の宿題がわかんなくて。それでキノコおねいちゃんに教えてもらいたくって」
「そう。じゃあちょっと見せて」
「うん、これなんだけど」
ナラオちゃんがアタシにノートを開いて見せてきた。落花傘先生もそれを横から眺めている。
【問題】体育の先生が、地面に置いてある三本のロープを指さして、A君・B君・C君の三人に、「あとで職員室に、このロープを一人二本ずつ持ってきなさい」と言いました。さてどうすればいいのでしょう。A君になったつもりで答えなさい。
「何だ簡単だ。ロープを半分ずつに切って六本にすれば好い」
「切ったりしたらダメでしょ」
「うん。ぼくもそう思う」
「では、体育用具置き場からあと三本持ってくれば好い」
「はあ?」
「体育用具置き場はかんけいないよお」
「ふ~む」
落花傘先生が唸っている。実はアタシ答え知ってるの。そろそろいっちゃおうかなあ。
「アタシが――」
「おお、判った判った」
あ、先生わかっちゃった?
「えっなになに?」
「無理難題を吹っ掛けるなと云いながら木刀で体育の先生を殴れば好い」
「あのねえ……」
「だめだよぉ校内暴力は!」
あーやっぱりわかってなかったか。それじゃ今度こそアタシの番ね。
「アタシが答えるわ。まず一本の両端をB君とC君それぞれの片方の手に持たせるの。そして残り二本の端を自分で両手に一本ずつ持って、それらの反対の端をB君とC君のもう一方の手に持ってもらって、そのまま職員室へ行けばいいのよ」
「ふむ。成程なあ。流石はキノコちゃん」
「わあほんとだ一人二本ずつもってる。キノコおねいちゃんって頭いいんだぁ」
「えへへぇ」
まあ知ってただけだから。
「おい何やってんだ」
「げ、クリオおじさん」
「今晩は。クリオ君」
「あっ落花傘先生まで。こんばんは。珍しいですね、こんな所で」
「ふむ」
こんな所で悪かったわね。でもウザいのがきたものだわ。アタシせっかくいい気分だったのに。
「キノコおねいちゃんに数学を教えてもらってただけだよ」
「数学?」
お兄ちゃんがノートを覗き込んでくる。シャンプーのニオイが……うん、やっとお風呂入ったのね。
「お兄ちゃんには無理よ」
なにしろ二十七歳にもなってぶらぶらしてるだけなんだもの。
「こんなの簡単だよ」
「クリオ君判ったのか?」
「えっ、ほんと?」
ふん、どうせ落花傘先生と似たり寄ったりの答えでしょうよ。
「うん。まず一本使って、背中合わせにしたB君・C君の両足首を固く縛ってから蹴り倒す。そして残った二本を持って一人で職員室へ行けばいいんだよ」
「そうか、その手があったか!」
「ええぇー、なんでなんでぇ?」
「…………」
お兄ちゃん、ダメでしょそれ。
「今のこんな世の中だと、他人を蹴り倒してでも先へ進まないとやっていけないんだよ」
ニートのあんたが、それをいうなっつーの!
でも……それもまあ一理あるかも。体育の先生が求めているものを共同意識とみなすか競争意識とみなすかの違いね。学校教育的には絶対前者なんだろうけど。
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