上 下
27 / 60
六章「シマの御主人様」

27. 縞栗鼠シマの話(急)

しおりを挟む
 それで拙僧は――

「おいシマ」
「なんだもぉ! 今すごくいい所だもぉ。ここでとめるなもぉ!」
「おお済まぬ済まぬ。だが死んでいるお前がどうして温かさを感じたのだ。奇妙ではないか?」
「それは脚色にゃもぉ! 話の流れ上当然そうなるにゃあもぉ。小説家の癖にそんなこともわからんのかにょ!」

 この落ちぶれ作家は、何もわかっていない。拙僧はもう頭にきてしまった。

「そうかそうか。まあお前の云いたい事は判った。少し落ち着け。カルシウムが足りておらぬのか?」
「にゃにがだもぉ。拙僧は落ち着いてるもぉ! 失敬にゃやつぢぁ。あとカルシウムは向日葵の種から毎日にゃんと摂取してるにゃあもぉ。その辺の人間どもと一緒にするにゃーもぉ!」
「判った判った。お前は興奮すると気性がどら猫に戻る様だな。まあそれは好いとして、ど素人のお前の脚色は要らない。ありのままに話してくれたら好いのだ」
「にゃー、ふんがぁ怒ったもぉー」

 拙僧は机の上に置いてあったインク壺をひっくり返した。
 インクがこぼれた。たまたま蓋が開いていたのだ。
 そうしてインクまみれにした拙僧の足を原稿用紙の上にぺたぺたと押しつけてやった。

「こらシマ、やめろ!」
「拙僧の足型ぢぁ。へぼ作家にはこれで十分もぉ!」
「おお、原稿が台無しだ」
「ざまあみろもぉ」

 嵐は去った。
 と言うか、足裏ぺたぺた攻撃に夢中になっていた拙僧は簡単に捕らえられてしまい、移動用バスケットのなかに放り込まれたのだ。蓋が閉まって外からロックされてしまったので、拙僧はもうどうにもできなかった。完全敗北だった。
 で、すっかりへそを曲げた拙僧は、取材拒否をしてやった。
 でも先方が低姿勢で謝罪してきたので、ドングリとクルミと松の実の詰め合わせセット四箱で手を打った。拙僧は食い物には滅法弱いのである。ははははもぉ。
 と言う訳で「それから三年経って事件が起きた。」の所からやり直す。

 それから三年経って事件が起きた。
 拙僧がちょっと散歩に出たとき、車にはねられてしまったのだ。即死だった。
 そこへクリオが通りかかった。

『大変だ。シマがはねられた!』
『シマしんだの?』
『そうよナラオちゃん。埋めてあげましょうね。クリオ、穴をほりなさい』
『ええーオレが?』
『あんた男でしょ』

 しぶしぶながらもクリオが物置からシャベルを引っ張り出してきて、庭に穴を掘り始めた。
 しばらくすると『なにしてるの?』と言いながらキノコさんもやってきた。

『シマが車にひかれて死んだのよ』
『まあ、かわいそうに』

 穴ができた。その穴を囲んで拙僧と人間四人が揃った。

『さあナラオちゃん。シマにさよならをしなさい。そうするとシマは天国に行くのよ』
『さよならシマ』

 誰一人として泣かなかった。
 泣いたのは、それが悲しくて泣いた拙僧ただ一匹だけ。
 ああ御主人様、さようならさようならお達者で。
 この三日後、御主人様の元に別の猫がきた。真っ白いやつだ。名前はシロ。

「これがありのままぢぁ」
「何だシマ。先程の話は脚色と云うより全部嘘ではないか」
「フィクションとはそう言うものぢぁ! 先生は小説家にゃんだから、そこん所を察しろにょ!」
「はははは、まあそれもそうだ。ふむ。お前も小説家にならんか。吾輩が指南してやる事にしよう。ふぉふぉふぉ」
「…………」

 笑いごとぢぁないぞ。このジジイ作家大丈夫か?

「それよりシマ。お前の文末は体言止め以外は『もぉ』と『ぢぁ』だけではなかったのか? 今『にょ』って云ったであろう。確か先程も一回云ったな」
「うっ……そ、それは『にゃ』と言いかけた瞬間、ヤバって思って『もぉ』に言い直そうと悪あがきして、あげくの果てにその二つが混ざって『にょ』になってしまったんぢぁ」

 ジジイの癖にするどい突っ込みをしてきやがったぞ。油断できんなもぉ。

「ふむ。だが設定と矛盾してしまうな」
「もぉーいちいちそんな細かいことまで気にするなもぉ。『にょ』も設定に加えておけばいいのぢぁ」
「はははは、まあ好い。それでその後どうなったのだ。さあ早く続きを話せ」
「そんなに慌てるなもぉ。これから話すのぢぁ。まったく、ジジイの癖にせっかちなやつぢぁもぉ」
しおりを挟む

処理中です...